第8話 ヒット&アウェイ
悩みつつもイベントに参加することにした新とハル
廃工場内に設置されたバトルエリアに現れたのは人身狼頭の怪物だった
ビーストの姿に新は思わず息を呑んだ。
でかい。
身長3.5mはあるだろうか。
ハルが手前にいるのだが同じくらいの距離にいると錯覚するほどの巨体だった。
しかも横幅もある。
青みがかった剛毛の一本一本まで作り込まれているかのような、すさまじく精巧な3Dモデルだった。
ぶっちゃけこうして同じ空間に立っているとリアル過ぎて怖いぐらいだ。
「ハルやれそうか?」
問いかける声も乾いている。
しかしハルはどんな奴が相手だろうとハルだった。
「ふん! 当然でしょ? ちょっと大きいけどどうってことないわ!!」
頼もしく思えることも多いハルの強気だが、今は少し心配だ。
「死ぬかもしれないんだぞ? 本当に戦闘を開始していいんだな?」
新は思わず念を押す。
ハルは見事な渋面になった。
「しつこいわねえ。良いって言ってるでしょ?」
新は一つため息をつく。
それは自分自身覚悟を決めるためだった。
「………分かった。だが戦闘開始タブを押す前に作戦を立てる」
ハルも異存はないようでくいっと顎をしゃくって見せる。先を話せということだろう。
つくづくエラそうなやつである。
「まずお前は見境なく突っ込むな」
「分かってるわよ。あいつのほうがリーチがありそうだし」
ハルもハルなりに考えているらしい。
「それならいいけどな。基本はヒット&アウェイで行く」
「ヒット&アウェイ?」
ハルは首を傾げた。
「ああ。一発攻撃を当てたら、距離をとって回避に専念。隙を見てまた一発当てたら距離を取って回避に専念する。それを繰り返してあいつのHPを徐々に削っていくんだ」
「せせこましいわねえ」
ハルは嫌そうに顔をしかめている。
「もっとガツーンと行く方法は無いの?」
「ない」
新はあえて断言した。
「あいつの戦闘能力が分からない以上、なるべくリスクが少ない作戦で行くのは当然だ。今回は今までの戦闘と別物だと考えろ」
新は厳しい口調でハルを諭す。
「何しろお前が死ぬ可能性があるんだからな。お前だって死ぬのは………消えるのは嫌だって言ってたろ?」
「むう」
ハルは不満そうにほっぺを膨らませた。しかし新が譲りそうにないとみると肩をすくめる。
「しょうがないわね、それでいいわ。心の広いあたしに感謝しなさいよね!」
「へいへい」
いつも通りの傲慢な物言いに苦笑しながら、しかし新は内心嬉しさを感じていた。
メンテ前なら新のこんな提案はハルに一言のもとに拒絶されていただろう。
それを考えると少しはハルと協力することができるようになってきたと思えて嬉しいのだ。
「じゃあやるぞハル!」
スマホに表示された戦闘開始タブに指を置いた新が声をかけると、金髪の少女はガツンガツンと両手に装着されたグローブの金属部分を打ち合わせて、
「ようやくね! いつでもいいわよ!!」
肉食獣の笑みを浮かべて見せる。
新がタブをタップし、そしてついにビースト・ハントが開始された。
・・・・・・・・・・
Ready Fight!!
新は開始を告げる文字が浮かび上がった瞬間うっすらとハルの体が白いオーラに包まれた気がした。
なんだ?
そう言えばこの前のモフリン戦でも水色のオーラみたいなのが出てた気がするが。
首をひねるが考える時間は無い。
中空に表示された文字が消えるか消えないかのうちにハルは駆けだしている。
『ヴオオオオオオオオオオ!!!』
ハルの接近を知覚したビーストが体が芯から震えるような野太い咆哮を上げるが、ハルは一切ひるむことなく突進。
人狼は向かってくるハルを岩のような拳でぶん殴ろうと腕を振りかぶる。
ハル体と人狼の腕が交差。
金髪の少女は腕の下をかいくぐるようにして人狼の攻撃を避けていた。
さらに疾走の勢いを緩めず接近した彼女は怪物のすねを蹴撃。
『ヴオオっ?!』
苦鳴を上げ目を血走らせたビーストが懐に飛び込んだハルを抱きしめるかのように両腕を広げる。
「ハル! 逃げろ!!」
新の指示にさらなる追撃を加えようとしていたハルは即座に反応。
瞬時に攻撃を中止し身を投げ出すように横っ飛び。
その直後空振りしたビーストは自分自身を抱きしめるような間抜けな姿になった。
一転二転。転がりながら体をしなやかにひねってハルが体勢を立て直すのを見ながら、新は思わず冷や汗を拭う。
今のは危なかった。
あのまま捕まっていればベアハッグのような締め技でハルのHPを削られたかもしれないからだ。
最悪脱出できずHPがゼロになることもありうる。
「ハル! あいつに捕まるなよ! 捕まったらヤバイ!」
「分かったわ!!」
ハルも反論せず背中越しに了承を叫ぶ。
彼女もあいつのヤバさを直接感じているのだろう。
声にもあまり余裕はない。
それでもハルは駆けだしていく。
迎え撃つビーストの腕をかいくぐりまたキック。
その攻撃は今度は腹をとらえた。
普通ならそれで敵の動きが一瞬止まるのだが、ビーストはびくともしない。
腕でハルを薙ぎ払おうとしてくる。
しかしハルはすでに回避行動に入っており今度は危なげなく距離を取った。
ここまではヒット&アウェイが成功している形だ。
しかし、
「マジかよ………」
新は思わずうめく。
ビーストのHPがほとんど減っていないのだ。
よほど防御力が高いのか、それともそもそもHPが桁違いに高いのか、そのどちらかだろう。
「どうしたの?!」
新のうめきを聞きとがめたハルが怪物を警戒しながら叫んでくるが、ビーストが思った以上の強敵であることをどう言ったものか。
………いや、正直に言うしかないな。戦っているのはハル自身なんだ。
新は逡巡を振り払い口を開く。
「ハル、そいつはめちゃくちゃ打たれ強いぞ。お前は今やつに蹴りを二発入れたがほとんどHPが減ってない」
「え? そうなの?!」
「ああ。まどろっこしいと思うだろうが、焦らず根気よく叩くしかない」
「ちっ! 体力バカってわけね!」
毒づきハルがまた疾走する。
敵が想定外に強くとも、心が折れることはなかったようだ。
ハルのメンタルの強さは新が見習いたくなるぐらいだった。
「ならこうよ!!」
ハルはビーストの眼前で大きく回り込むように動いた。
巨体のビーストは意外と動きは鈍く、ハルは背後をとることに成功。
「はああああ!!!」
蹴撃、拳撃、また蹴撃の3ヒットコンボが怪物の広い背中に炸裂。
『ヴオオオオオオ!!』
良いように攻撃を受けて怒り狂ったビーストが太い腕を振り回すが、ハルはすでにその攻撃圏内から離脱している。
華麗ともいえる見事な連撃。
しかし新の口から洩れるのは「くそっ!」という悪罵。
それでもHPがほとんど減っていなかったのだ。
正直あり得ない耐久力だ。
こいつを一回の戦闘で倒すとか運営は頭がおかしいとしか思えない。
いったい何回ヒット&アウェイを繰り返せば倒せるのか見当すらつかない。
いくらハルがスピードに秀でたニューマノイドでもこんな攻撃を続けていればいずれは………。
その新の懸念は間もなく現実のものとなった。
四回目の攻撃。
ハルがビーストの懐に入った瞬間その拳が青いオーラをまとい始める。
EXスキル。
新の指示していない攻撃だった。
EXスキルを使うためのメンタルゲージがたまっていたのは知っていた。
それでも新がその使用を指示しなかったのは………。
「ハル! やめろ!!」
慌てて新は止めようとするがハルは指示を無視した。
やはりまだるっこしい攻撃の繰り返しに焦れていたのだろう。
「『フォース・フィスト!!』」
青いオーラに包まれた渾身の拳がビーストの脇腹に突き刺さる。
流石のビーストも数歩後ずさったがそれだけだった。
対して技後硬直でハルは完全に無防備。
そのハルの頭をビーストは無造作につかんだ。
ビーストの巨大な手のひらにハルの頭がすっぽり収まる。
そして、
『ヴオオオオオオオオ!!!!』
これまでの恨みを込めたかのような雄たけびを上げて人狼はハルをぶん投げた。
ハルは野球ボールのように軽々と宙を飛び、すさまじい勢いで壁に衝突!
「がっ!!」
ハルが内臓を吐き出すような苦鳴を上げ、廃工場の壁に蜘蛛の巣状のひびが入る。
衝撃で窓のガラスが割れ粉々に砕け散った。
ずるずると壁伝いに崩れ落ちる金髪の少女ニューマノイド。
そのHPはただの一撃で半分まで減っていた。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ………!!!!
新の頭から血の気が引く。
その眼前で人狼がゆっくりとハルに近づいていく。
その間にハルは朦朧としながらも壁に手をかけ立ち上がっていた。
だがあんなのをもう一発喰らえばHPがゼロになりかねない。
どうする? どうする?
近づく死の影に恐怖に近い感情を覚える新の目にそれが映った。
撤退ボタン。
たまらず新は叫んだ。
「ハル! 撤退するぞ!!」
ハルはかぶりを振り拳を構える。
「あたしはまだやれるわ………!」
その言葉に新の顔が引き攣った。
「馬鹿言うな! 今ので半分もHPを持っていかれたんだぞ!」
「うそ?!」
「だから撤退だ!」
「………………」
ハルは自分のHPが半分になってしまったことを知っても、唇をかみしめたまま撤退を受け入れようとしない。
もうビーストは目の前だ。
その剛腕が再び振り上げられる。
「ハルーーーーー!!!!」
ハルはそれでも構えを崩さない。
新は………。
窮地に陥っても戦う姿勢を崩そうとしないハル
新はいったいどうするのか?!
その答えは次回!




