第33話 本契約
SAIラプシェ組に初勝利した次の日。
新とハルはカルマとラプシェに連勝を収めた。
昨日から数えて三連勝だ。
今日は昼からバイトがあったので、新はSOHを手早く切り上げて夜まで働いていたのだが、連勝直後の労働は実に心地いいものだった。
それは表情にも出ていたのか、普段あまり話さないバイト仲間からも「何か良いことあった?」と聞かれたくらいだ。
そして夜。
「………………」
「………………」
バイトを終えて夕ご飯を食べ(珍しく自炊した)、風呂に入った新は、ちゃぶ台の前にあぐらをかいて濡れ髪をワシワシとバスタオルで拭いていた。
目の前のちゃぶ台にはスタンドに立てたスマホが置いてある。
画面ではSOHが起動しており、ホーム画面のハルが映っていた。
ハルはどこか落ち着かなげに、腕を組んだり解いたり、体をゆらゆらと動かしたりしながら、そわそわした様子で時折新をチラチラと見ている。
「ふー………」
新が頭を拭き終わって息を吐く。
肩におっさん臭くタオルをかける。
そんな僅かな動作にもハルはいちいち反応して、警戒心の強いノラ猫のように身構える。
それもそのはず。
今日はSOHサービス開始から十日目。
新とハルの仮契約期間終了の日なのだ。
今日中に契約を更新し本契約を結ばなければ、ハルと新の契約は解消となる。
そして新は新しいニューマノイドと契約できるようになるのだ。
一悶着も二悶着もあったふたりだ。
ハルが神経質になるのも当然であった。
「さてと………」
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、新はスマホに向き直ると言った。
「動画でも見るか」
「ちょっと?!」
ハルが慌ててツッコむ。
「そんなの後でもいいでしょ?! っていうか動画見るならなんでSOHを起動したのよ!!」
「はっはっはっ! 冗談だ」
「~~~~~~~。殴りたい………!!」
鬼の形相でこちらを睨んでくるハルに「ごめんごめん! 悪かった!」と謝って、新は居住まいを正す。
「ハル。今日は仮契約終了の日だ」
「………そうね」
ハルは不機嫌そうに仏頂面をしたまま興味無さそうに応じる。
今更特に気にしてませんよ~、というポーズをとってどうなるというのか。
そんなハルに苦笑しながら新は瞳を少し遠くする。
「なんかさ、お前と出会ってからの十日間はほんとに濃かったよ。今までの毎日が果汁10%だとしたら、果汁100パーセントジュースくらい濃かった」
「………?」
ハルは新の例えがよく分からなかったようで首を傾げているが、彼にとってこの10日間は本当に内容が濃い日々だったのだ。
今まではバイトしてスマホゲーして動画見て寝るの繰り返しだった。
でもSOHをするようになって、そこに『友達とゲームする』や『友達と話す』、『友達とメッセージする』が加わった。
きっと他人から見れば一笑に付すような他愛のない変化だろう。
だけど新にとってそれは大きな変化だった。
新には大学を卒業してからというもの友達と呼べる人間は一人もいなくなってしまっていたのだから。
それは実のところ新自身の責任だった。
大学を卒業し新の友人は全員何らかの形で就職した。正社員になった。
でも新は就職できずフリーターになった。
時は超就職氷河期。
エントリーした会社はほとんどが書類選考で落ち、面接まで行った会社も全て落ちた。
そして新は60社目の不採用でぽっきりと心が折れてしまったのだ。
新はフリータ-になった。
なりたく無なかったがもうどうしようもなかった。
面接官のまるで物を見るような冷徹な視線にこれ以上耐えられなかった。
新が提出した書類を見て面接官にフンと鼻を鳴らされるのも、自分の今までの人生をすべて否定されているみたいで耐え難かった。
自分が品評されることに新は耐えられなかったのだ。
新がフリーターになった一方、環境が変わり友人たちの生活も変わった。
休みの日が変わった。経済力が変わった。他にもいろいろ。
異なった環境で生活する友人達は、少しずつ新たな人間関係を築いていき、就職当初あった新との交流も減っていった。
それでも繋がろうと思えば繋がれただろう。
末永く友人でいられたかもしれない。
でも新はそうしなかった。
少しずつ減っていくメールを、会う機会を、看過した。
自分から遊びに行こうとも誘わなくなった。
そうしてつながる努力をしないでいるうちに、とうとう新には一人の友人もいなくなってしまったのだ。
新にそれをさせたのは劣等感だった。
フリーターの自分と正社員の友人達を比べて勝手に劣等感を抱いてしまったのだ。
自分が社会の枠からはみ出してしまった気がして、友人達を正面から見れなくなった。
今から思えば本当に無精をしたと新は思う。
繋がり無精だ。
俺と繋がりたいならあっちから繋がってくるだろうなんてことを思っていた気がする。
それはなんて傲慢な考えだったろう。
そりゃ友達もいなくなる。
「ちょっとあんた。なにいきなり黙り込んでるのよ?」
ハルの声で新はハッ! と顔を上げる。
いつの間にかネガティブ思考にとらわれて鬱々と考え込んでしまっていたらしい。
新はペチペチと頬を軽くたたいて浮上する。
「いやすまん。まあとにかくだ!」
無理矢理に声を明るくする。
「俺はさSOHで得たものを大事にしたいと思ってるんだ。大事に育てていきたいと思ってる」
それはSAIやアルパカとの他愛のない会話や、何気ないメッセージのやり取り、そしてお互いの知恵と技を振り絞って戦う対戦の時間だ。
「そしてそれはお前のこともなんだハル」
いまいち状況が呑み込めないらしく目をぱちくりさせるハルの前で、僅かに息を整え新は告げた。
「俺と本契約してくれ」
「!!」
ハルが大きく瞳を見開く。
次にどこか探るように目を細めるのが分かった。
「………あたしと契約したいの?」
「ああ」
「なんで? 他にもニューマノイドはいっぱいいるわよ?」
「そうだな。でも俺はお前がいい」
ハルの口元がニマニマと歪むのが見えた。
必死に何かを堪えているようなそんな表情に見える。
「たぶんあんたとあたしは気が合わないと思うわ」
「かもな」
「喧嘩することになるかも」
「するだろうな。この前もしたばっかりだし」
新はくくくっと喉の奥で笑う。なんだか無性におかしかったのだ。
そうだ。きっと俺達は何度もぶつかり合うだろう。
それが分かっているのにまったく揺るがない自分の心がなんだかおかしい。
「そういうことも含めてお前と組むのは面白いと思う」
新はスマホの中のハルに手を差し伸べる。
決して届かないと分かっていてもそうしたかった。
「だからハル俺と契約しよう。明日からも一緒に戦おう。それはきっと楽しいと思うぜ」
「そうねえ~」
ハルはニマニマと口元が緩むのを抑えながら、両手を後ろで組んだ。
彼女はもったいぶるようにそっぽを向いて見せる。
そしてちらっと新を振り返る。
「あんたがそこまで言うなら契約してあげてもいいわ」
そこでハルの言葉が途切れた。
ん? どうした? とスマホの画面を覗き込む新の前でハルは金色の髪を揺らして首を振った。
「いいえ違うわね」
ぴょんと彼に向き直り指を突き付けてハルは告げる。
「あんたが! あたしと! 契約するの! もう逃がさないからね! あんたには金輪際拒否権はないから!!」
桜色の唇には獲物を捕らえたライオンの笑み。
どこまでも不遜に自分勝手に金髪碧眼のニューマノイドは断言する。
そしてハルは手を差し伸べる。
二次元と三次元。
決して届かないはずの二人の手はこのとき確かに重なったのだ。
そして二人は現れた契約書にサインする。
『ハルと本契約を結びました』
システムメッセージが告げる。
『本契約に伴い、ユニークスキル『エモーション・バースト』が解放されました』
『契約おめでとうございます。この契約が末永く続かんことを願っております』
こうして新とハルは本当の組となったのであった。
・・・・・・・・・・
小さな温もりのようだったそれは、新の中で今や熱と呼べるものになった。
これからこの熱はどう育っていくのだろう?
勢いを増し、温度を上げて炎となるのか。
それともどこかで冷や水を浴びせられて、くすぶり消えてしまうのか。
それを知る者はまだ誰もいない。
シンギュラリティー・オブ・ハーツ 第一章 完
というわけでシンギュラリティー・オブ・ハーツ第一章完結です!
ここまで読んで下さった皆様ありがとうございますm(__)m
長いような短いような三か月間の連載でした でも楽しかった(⌒-⌒)
この後書きのさらに下に感想を書くフォームがあるので、第一章を最後まで読んで下さった方は感想に「面白い」「面白くなかった」の一言でも書いてくださるととても励みになります
作者は「読んで下さったのだな」ということを感じたい生き物ですので、是非あなたの足跡を私の作品に残して下さいねd(*^v^*)b
そしてしばらく間が空きましたが、二章始まりました
毎週木曜と日曜更新ですのでお楽しみに~d(*^v^*)b




