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そして、ミヤビに言われた仕事をこなし、隊のメンバーのスパーに付き合い、と、それから毎日が忙しく過ぎていった。そして、五島もカフェに帰った数日後、一本の電話がかかってきた。
「ユウ、五島さんからだ」
「え?」
電話を片手にやってきた隊の一人にうなずいて、受け取ると、疲れた声の五島が向こう側にいた。
「お電話変わりました。勇介です」
『ああ、お久しぶりです。聞きましたよ、ミヤビにこき使われてるんですってね』
「おかげさまで。人遣いあらいのなんの」
笑ってそういうと勇介はため息をついて、すと声を低くした。周りには隊員がいる。人気のないところ、と歩いて少し暗い廊下に入り壁に背中を預ける。
「それで、なにか?」
『……察しがよくて助かります。キミの同級生の子。先ほど手術が終わりました。今は麻酔でぐっすりです』
「……っ。そうですか。どうです? 具合は」
わざわざそれを知らせてくれたのだろうか。時計を見ると十時半ごろ。開店直後で人がいないころだ。仕込みもひと段落したのだろう。
『結構うまくくっついたと思うのでね、一か月もすれば動くようにはなるでしょう。それから、使わなかった間の筋力の減退のリハビリに二月、三月ぐらいかかるでしょう。本格的な復帰は早くて四か月から五か月の間です』
「……そうですか。栄ちゃんの彼女呼んでもいいですか?」
『ええ。構いませんよ。あのカフェに呼んでもらえれば』
「了解です、いつぐらいに……?」
『今は店の営業中ですので。夜か朝。店のやっていないときならいつでもいいですよ』
気前のいい返事にほっとしながら、どうせ警察は暇だろうなと思って苦笑する。
「じゃあ、今日の夜行かせます。お店の名前言ったらわかりますかね?」
『どうでしょうか? でも、そこそこ名の知れているカフェなので』
「なら大丈夫ですね。俺も彼女と話したいので、伺います」
『了解しました。お待ちしてます』
手術直後に話にきたからだろう。疲れた声ながら穏やかな言葉に勇介はよろしくお願いします、と電話口に頭を下げながら言って電話を切った。
「すまん、ちょっと電話しなきゃならんところができた」
そういってスパールームを抜けて、私室に置いてある携帯電話を取って美緒にかけた。職務中だろうが暇してるだろう。
「もしもし」
『……なあに?』
「栄ちゃんの手術終わった」
『なんの?』
「腕。こっちの医務が神経接合やり直してくれた。かなり腕のいい人だから、一か月もしたら動かせるようになるだろうって所見。その人のやってるカフェの地下室に栄ちゃん寝かせられてるけど、行く?」
『いつ行けばいい?』
「確か、バーもやってたはずだから、十時過ぎぐらいかな。それぐらいに、迎えに行く」
『了解。捕まんないでね』
「大丈夫だよ」
誰に運転させようかなと頭を巡らせながら勇介は小さく笑った。久しぶりにアタエを呼ぶのもいいかな、と思いつつ、相変わらずの電話口の美緒にほっとしていた。
『栄ちゃんの体は大丈夫なのね』
「たぶんね。なにも言われてない。もしかしたら、なんかあったら今日言われると思う。俺に言ってこないから重大な障害は見えてないんだと思う」
『……そう』
心底ほっとしたような声に、小さく息をついて深く息を吸い込んだ。
「ごめんな」
『え?』
「栄ちゃん、あんなんしたの俺だからさ、なに言われても何も言えない」
『……』
いくら、敵対同士だからといってあそこまでやらなくとも銃を取り落させて締め落とせばよかったのだ。
『……勇介』
「……なに?」
『栄ちゃんがあんたにしたことに比べたらかわいいものよ。よく、狙撃銃で胸打ち抜かれて生きていたわね』
「聞いたの?」
『〆て聞き出した』
「……」
美緒らしい言葉になにも言えなくなって勇介は苦笑をした。
『長澤大佐も酷な命令を出した、と思ったら、ただ単に政治犯認定されているレジがいたらぶっ殺せっていう命令を出してたっぽいからねー。あんたを狙った命令じゃないだけましだったけど、ほかにいる中であんただけ選んだっていうからねえ……』
「……俺が認定された日に栄ちゃん俺のこと取り逃がしているから、その挽回っていうこともあったんでしょ? 貫通力が強い銃だからやっぱり衝撃波で中身はやられていたみたいだけど、それだけだったからねえ」
『それだけって、それだけどころじゃないでしょ。肺、もうないんでしょ?』
「上の三分の一ほどとったらしい。あんまり息切れとかしないからわかんなかったけど、まだ、気を付けないとね」
『ほんとだよ。もう……』
ため息交じりの言葉に、彼女が安心したことを感じ取って勇介は笑ってしまっていた。
「美緒は俺のことあれなんだね、政治犯とかどうのみたいな考えてないみたいだね」
『当たり前よ。一応幼馴染だし、軍人じゃないし。それに、こんなばかげた現状なんてとっとと終わってもらいたいからね』
「……それは俺たちに頑張ってもらいたいってこと?」
『そういうことよ。さすがに表だっては動けないけど……』
「それなら話は早いや。ちょっと協力して」
『いきなりかい!』
電話口にどなられて思わず受話器を耳から遠ざけて顔をしかめた。あっちも大丈夫なのだろうかと思いながら受話器をまた耳に当てて話し始める。
「ちょうどそういう話をしていてね。ちょっと、国民をあおるのに協力してもらいたいな」
ため息に勇介は笑みを深めて椅子に座る。今はユイもだれもいない。
『あおる?』
「そ、ネットと紙で真実を暴く。で、暴動を設計しようと思ってね」
『暴動、いや、デモ計画として、こっちに提出してくれる?』
「そのつもり。何とかの集い、ってやるんだ。それを見逃してくれるのと、ビラ配りに協力してくれればいい」
『ビラ、……人員配置?』
「も援助してくれると助かる。まあ、それより、兵士の住んでいる世帯の詳細、をリストアップしてもらいたい」
『どうせ、暇だから白地図に書きこんどく。あの偉ぶった連中をどうにかしたいって上司が言っていてね』
「くれぐれもばれないでね。美緒もこっちに来ちゃいやだから」
『あたしはむしろそっちに行きたいわー。楽しそうだし』
「栄ちゃんと会いにくくなるけど?」
『あ、それはやかも』
即答する彼女に勇介は呆れながらため息をついて、じゃあ、夜にまた連絡すると、公園で待ち合わせをして電話を切った。それからすぐに五島に連絡して、夜に連れていくことが確定したことと、もう一つ、一部の警察の協力を得られそうなことを告げておく。
『警察ですか?』
「ええ。彼女、警官ですから、ちょっとどうだって声かけてみたら思いのほか感触がよかったので。規模はわかりませんがビラ配りの人員補充と、世帯の調査を」
『世帯調査は彼らはうまいですね。ふむ、まあ、そこらへんは今日来てからつめましょうか』
「よろしくお願いします」
なんとなく、これが仕事か、と思いつつ五島と電話を切って、部屋の外に出てミヤビに報告に行く。
「仕事が早いね」
「さっき五島さんから電話が来て、保護した国軍兵の再手術が完了したって言われて、……あれの彼女がさっき話してた警官ですから」
「……見舞い行くかどうか聞いてそのついでに話したのね」
「ええ。結構いい感じです。国軍からの協力が得られなくとも警察に目をつむっていてもらえるのは結構うれしいですね。」
「そうね。でも、一番は国軍の協力ね。……」
その言葉にため息をついて肩をすくめる、得難い協力なのはわかっている。
「彼女が嫌がらなければ、そういうことも頼むことにします」
「……お願い。……不本意な顔してるけど」
「あんまり、表の人を引き込みたくないんです。美緒は、俺より社会的に……」
「ユウ」
「わかってます。個人的な意見なだけです。すいません」
「……酷なことを頼んでいるのはわかっているわ。でも」
「大丈夫です。見誤ることはないですよ」
勇介はそういってミヤビに笑いかけた。ミヤビはそれを見てどこか申し訳なさそうな顔をして、それならいいけど、とつぶやいた。
「どうしました?」
「……あんまり隊員の心の負担になるようなことはしたくないのよ」
「負担って、ただ俺がそう思っているだけで……。あっちなんて、彼氏に会えなくなるのが嫌でこっちに入ってない、それがなければ行きたいわーなんて言ってるような子ですから……」
「面白い子ね」
目を見開いたミヤビに勇介はあまり興味を持たないでくれと思いながら、軽く紹介する。
「かわいいくせにおばさん並みにずばずば言ってくるから、苦手にしてた男子もいましたよ」
「尻に敷かれてたでしょ?」
「ええ。でも、あいつと組んだら誰も尻に敷かれてて……」
「一度お会いしてみたいわね。気が合いそう」
「……勘弁してください」
尻すぼみの声にミヤビが楽しそうに笑って、ふと、パソコンのモニターに目を滑らせた。




