6-13
それから、本部に戻ると、かなり混乱していた。
「……何の騒ぎですか?」
「何の騒ぎって、五島さん、ユイ、どうにかしてくださいよ!」
悲鳴交じりの声に五島が呆れたようにため息をつく。情けない声を出すなと言いたげな五島に勇介は一歩後ろに下がって逃げていた。
「あれがどうしたんです?」
「また錯乱して……」
「……鎮静剤は?」
「ヨウがブチ込みましたけど、あいつ、耐性あるみたいで過剰量をぶっこんじゃったって……」
「それぐらいでいいです。あの人は肝臓強いですから、薬物は過剰に入れても大丈夫です。……だから特務の暗殺犯に配属されたんですよ」
だから大丈夫。もっと入れても大丈夫だとろくに量も聞かずに五島が断言して、周りを安心させる。
「肝臓が強い?」
言葉じりをとらえて首を傾げた勇介に五島は振り返る。
「薬物代謝が恐ろしく早い。酒は人並みですけどね、アルデヒド分解酵素が人並みなだけで、シトクロムが、ね」
「……?」
にやと笑う五島に勇介は首を傾げた。ちょっと訳が分からない単語が出てきたような気がする、と思いながらはてなを浮かべていると、五島は笑ったまま首を振る。
「いやいや、彼には献体になってもらいたいものです」
そういう五島の黒さに、だれもがぞくりとしながら顔を見合わせて顔をこわばらせた。
「これ以上暴走するなら、それぐらいしてベッドに括り付けるのもいいか」
「ほら、そういうことはいいですから、そういうことでヨウさんが呼んでるんです。新人、レイが呼んでる」
そういうと五島を連れていかれて、レイを探しに歩いていく。とりあえず先ほど話したことを説明するためにだ。
「おい、ユウ!」
「なに?」
あっちも探していたらしく、勇介の姿を見かけた瞬間駆け寄ってきた。
「なにじゃねえよ、ばらしたな?」
「だってめんどくさかったし」
「……」
ため息交じりのレイに勇介は首を傾げた。まずいことがあっただろうかと思っているとレイは顔をしかめる。
「どうした?」
「親父の兄貴どっちの味方だって議論が……」
「親父も、兄貴も俺の肉親にあることは変わらない。レジスタンスにいる以上、親父に刃は、銃口を向ける。あれも、それを望んでいる。だけど、私怨とか、イサムのように妄執的に父を狙うことはしない。ただ、一つの敵として……」
もし、戦場で父と対峙することがあれば、そうするだろう。そうすることを望まれている。
「……ほう?」
「それが父のやることで、俺も父のやり方にならうよ。俺自身は、父のことは尊敬できる人だと、やっと気づいたから」
「尊敬できる?」
「……たとえ、身内でも私情を挟まずに銃を向けられる。兄は、私情を挟んでいたでしょ?」
小さく笑う勇介にレイが目を見開く。
「俺は、ああならない。それが俺と兄貴の差異」
「勇介……」
「やってやるよ。その覚悟を決めてきた。さあ、詳しい説明をした方がいいかな? した方がいいなら集めて」
「了解」
レイが一つ頷いてどこかへ行っていく。勇介はそれを見送ってため息をついて部屋に戻る。
「……ユイさん?」
部屋に戻ると、点滴の管をむしりとって目を爛々とさせたユイが焦点の合わない目でこちらをにらんでいた。
「……」
無感情に込められた敵意に腰を落として構えると同時にユイがとびかかってきた。部屋の扉を足で閉めてカウンター気味に掌底を繰り出す。感情を封じて、とりあえず無力化に努める。
数十手打ち合った時、扉が開いた。
「ユウ!」
どうやら物音を聞きつけて様子を見に来たらしい。驚いた顔をしたレイに勇介は舌打ちをしていた。
「レイ、来るな! 五島呼べ!」
短く告げると、レイが扉を閉めないで走り出す。ユイがそのすきに扉から出ていこうとする。
「くそ!」
なぜ彼が錯乱しているのかは知らないが、誰かを、おそらく、捕虜を目指している。そして、あったら最後、捕虜を殺すまで痛めつけるだろう。
手にスローイングダガーを取って二つ投げる。
ユイの太ももとふくらはぎに突き刺さり、一瞬彼の動きが鈍る。それを狙って後ろからとびかかる。うまく背中にとびかかることができたものの、倒れながらも後ろを振り返ってナイフを突き出す彼に、仕込んである手甲ではじいて腰を押さえ、首筋を押さえて落とす。
「ユウ!」
「大丈夫です。キチガイ仕様にするしかないみたいですよ」
今日はいろいろ落とすな、と思いながらくたりと力の抜けたユイの寝顔に勇介はため息をついた。
「まったく……」
「……こんなになるって、なにがあったんです?」
「……ここで話すことではないですね。けがは?」
「ありません。あ、落とすために、ユイさんには」
「それは大丈夫です。すぐ直りますから」
ぐったりとしたユイを抱き上げて五島がすこし傷ましそうな顔をした。
「五島さん?」
「大丈夫。処置をしておきますので、そちらの用事を済ませてください。東の連中に説明するんでしょ?」
「ええ、では」
何もかもお見通しな五島に、勇介はレイに目を送ってうなずくと、彼を引き連れて半ば詰所と化しているスパールームに入る。
「待たせたね」
「……」
どこか緊張したような目が勇介に向けられる。
「そんなにがちがちになるなよ。たかがイサムの弟だって話に来ただけだろ?」
「だけどよ」
「今まで言わないでごめんな。組織がごたごたしているときにそんなこと言ったら混乱させることもあるだろうとしゃべんなかったんだ。あと、兄貴の笠を着たくなかった。兄貴がこの組織に与えている影響が大きいのは聞いていた。だから……」
「誰が知っていたんだ?」
「ユイと五島とアタエ。妥当で、必要最小限の人数だろ?」
「……ミヤビは?」
「特に教えるなと念を押された。気づいたのはユイと五島だけ。アタエはユイがばらした」
「……じゃ、俺たちがのけ者にされたわけじゃないんだな」
「ああ。当たり前だ」
笑って頷く。それに全員がどこかほっとしたような顔をした。それを見て、ふと、彼らが抱いていた感情を悟った。
「大丈夫だ。俺が、架け橋になるから。誰も、無駄に死なせないよ」
静かに呟いてうなずく。その言葉に、全員が驚いた顔をした。その顔に勇介は笑った。
「これで、隠し事はない。今まで隠しててすまんね、これからも頼むよ」
静かに言って勇介は頭を下げた。
「お堅くなるな、もういいよ。な?」
「ああ。んで、どうすんだ? これから、どうなる」
まとまり始めた空気を漂わせる集団に勇介は小さく笑って、先ほどヴィアドロローサでの出来事を話した。それを聞いて、彼らは一様に眉を寄せた。
「軍部に内通者か」
「考えにくいがなあ」
「最近戦犯も出なくなってきているじゃないか」
と口々に話し始めた全員に、勇介はうなずいて一人、黙り込んでいる男を見た。
「どう思う?」
「……俺か?」
気だるげな顔に勇介はうなずく。彼は、ため息をついて口を開いた。
「戦犯が出なくなっているのは脱走ができる自信がないから。抑え込んでいるのがやつらもわかっている」
「そうだな」
「だから、逃げ出しにくい。だけど、手引きしてやれば、どうにかなると思う」
「……手引き、か。五島さんとか、わかってるよね?」
「んだろうな。あのおっさんはそれぐらいな。でも、それでもぽつぽつ、だと思う。……人数稼ぐなら、現状の打破を訴えて、寝返りを待った方がいい」
「上の方にか?」
「ああ。そうだな。大体、大佐、中佐あたりがいいだろう。知り合いは?」
全員が顔を見合わせて勇介を見る。その視線に肩をすくめてそっぽを向く。
「親父が来るわけねえだろ」
「だよなー」
「つか、来ても願い下げだ。……イサムの仇だ」
「……私情ははさむな。まあ、そんなまさかはないだろうがな」
あの父だし、とそっぽを向いてため息をついた。五島とそこらへんを詰めてみるのも面白いかなと思って、周りを見る。
「まあ、とりあえず、俺たちは前線で動く係。いろんな事情は考えずに、命令を遂行して任務をこなすことを頭に置いて動いてくれ」
「……考えるなってか?」
「考えるのは後だ。軍人だろ? 一応」
その言葉に誰もがうなずく。顔つきが変わる。
「軍人らしくいたいなら、そんな基本的なこと、忘れんなよ」
そういって勇介は、話は以上、何かあったら各自俺を呼べ、と部屋には来るな、といっておいて、部屋に帰る。部屋には五島が待っていた。




