6-12
「……ミヤビさん、俺たちは、せめるだけですか?」
「攻める。ええ。とりあえず、そっちに国民の大規模デモをあおってもらって、国軍がその沈静化に手間取ってる間、あたしたちが横っ面をはたいて、本部を押さえちゃおって五島と話していたの」
「じゃあネットも使った方がいいな。ネット民は使えるしな」
亨がすかさず話に入ってくるあたり考えていたことはあるらしい。二人の話を聞きながら勇介はため息をついた。
「決起の日時などは、俺たちの準備次第ってところですね」
「そうだな。だが、お前らの総数では、軍人を制圧するのは難しいんじゃないか?」
「……ミヤビさん?」
「……まあ、そうね。東は使えるのね?」
「一応俺のいうことは、研究所の制圧の時点では聞いてくれています」
「私が持っている部隊は大体三中隊、ですから一大隊と一中隊、千人と三百人ちょっと。『クロートー』のメンバーの総数は、非戦闘員も合わせてせいぜい四千人いるかどうか、でしょう。南に二千人ほど。本部は少数精鋭です。後方の北にあとは大目にいて、東の連中も一応使えるのはそこそこ。数はいます」
ひょいと会話に入ってきたのは遅れてきた五島。ユイを連れてきたのかと思いきや、黒縁のメガネをかけた勇介とそう変わらない年の男が不安げに五島の後ろに立っていた。
「五千人。半師団で、軍を落とす。無理ですね」
振り返って確認すると五島はメガネをいじりながらうなずいた。
「ええ。内通者がほしい局面です。でも、案外ぽろっと来そうですけどねえ。どこかつつけば」
「黒ひげですか?」
「逆黒ひげですねえ。首が飛ばない手紙を差し入れる場所を探さなければならない。ユイの出番ですねえ。今野君。連絡を」
「はい」
影の薄い彼は一つ頷くと、周りに会釈をしてから消える。
「そこはユイもどうにかしてくれるでしょう。内通者が得られ次第、行動を開始したいですね」
「そこが見通しがつかないと、動けないということか」
「そう、ですね。そこは仕方ない。さすがにそれほどの人間を動かすとなるとばれますから」
「つなぎ目になる人間をそれぞれおいて、それが動くしかない、と」
「そういうことです。中央に情報を上げてくれれば何でもしていいです」
こくとうなずく勇介にミヤビが少し心配そうな眼をした。
「俺らもあんたに報告を上げた方がいいか? 記者を飼っている。いろいろ入るぞ?」
「やってもらえますか?」
小さく笑う五島に冷静な面を崩さない亨は近くにいる秘書役に何かを耳打ちする。
「……アタエ」
「はいよ?」
「あなたをヴィアの窓口にします。亨さんも、何かあればあの熊に言ってください。写真に関しても、ね」
「そっちの若いのは忙しいのか?」
「一応副チーフですし、前線部隊の指揮官もしてもらっています。おそらく、本作戦のキーマンになるでしょうし、温存しておきたいんです」
「それはずいぶん買っているな?」
「なんせ、あの長澤くんの息子であり、弟でありますからね。今までもいろいろやってくれていますし。あとは自信と反抗心を抱いてくれれば一人前です」
「五島さん?」
「キミは父親とも兄とも違う人間です。なにも、彼らと同じようにならなくても、あなたらしくやっていけばいいんですよ」
励ますようにぽんと五島は勇介の肩を叩いて小さく笑う。
「……はい」
その言葉に目を見開いてふっと笑った。軽くなる雰囲気に、変わっていく雰囲気に亨をはじめ、ミヤビ、アタエでさえも驚いた顔をする。
「さあ、始めますよ。どんてん返しを」
五島の宣言に誰もがうなずき、アタエが通信役をやることになり、その場に残ることになった。
「五島さん」
帰りの車内、勇介は低い声で五島に話しかけた。ミヤビは疲れ果てているらしくシートに横たわって寝息を立てている。
「どうしました?」
「栄ちゃんは?」
「ああ、彼?」
困ったように笑った五島に勇介は何か言ったのかと眉を寄せた。
「とりあえず、接合済みの神経を切ったのち、私が接合しなおすことにしました。それと、キミに一度投与したあの薬、炎症物質が産出されている部位に作用し、それを鎮めつつ治癒を促進する薬剤を投与することに決めました」
「……あれを?」
「ええ。キミの場合は経口投与、ほとんどユイに盛られた形になっていましたが、今度は点滴、というよりは、もう塗布に近い形で、と計画しています」
「あれは安全なんですよね?」
「ええ。こちらのきちんとした監督によって管理下に置かれていればまず、副作用はありません。もちろん連用、乱用や過剰投与によって腫瘍化などの反応は出てきますが……」
「……俺の時って……」
思わず聞くと五島は呆れたようにため息をついて肩をすくめた。
「そう、ユイが一応計算して溶かしていた、といっていましたが、ね。でも、ユイの報告から聞いた接種量を計算したところ、副作用の可能性は低いでしょう。まあ、普通の人と同じぐらいの腫瘍化の可能性ですね」
「腫瘍化の可能性って」
「ほら、五人に一人は何々癌になる、とか言われるじゃないですか。あれと変わらない値です。気にしなくても大丈夫です」
「……そうですか、それならいいです」
ほっとした顔をした勇介に五島は肩の力を抜くように苦笑して勇介を見た。
「それよりも、今の心配をしなさい。副チーフ、でしょう?」
「あ、どういうことやればいいんですか?」
「ミヤビの今の仕事を引き継いで……、まあ、たとえば、必要なものを全部署から集めて、部署ごとにまとめて金額を計上する、それで、必要なものを買うのがチーフの仕事です。副チーフは部署ごとを管理する仕事ですね。チーフは全体を管理するのに対して」
「北支部とか、後方の仕事知らないんですけど」
「もう時間がないのでいいです。わからなければミヤビに放り投げて。むしろ、ミヤビがやりたがるだろうから、無理のない程度に放り投げて、キミは人間のごたごたをうまく取りまとめてください。ミヤビはできませんから」
いちいち真に受けて傷ついているミヤビに苦笑してうなずく。それが周りが放っておけなくなる点なのだろうか。
「……そうですねえ。東のだってはいはいって聞いておけばいいものの……」
「もともとあの子は、本を読んで暮らすのが好きな子ですからね。本当は食堂のメンバーだったんですけど、イサムに引きずられて表に出てきてしまって……」
「兄さんに?」
「ええ。あこがれて、ってやつでしょう。……幸い、組織に入ってからは長いので、イサムがいなくなった後の、副チーフの引継ぎは簡単でしたけど」
知らないミヤビの一面に勇介は深くため息をついていた。静かな車内は時たま道から外れて揺れる。それでもミヤビは起きる気配を見せない。
「……じゃあ、本来ならば前線にはいない、一般人ってことですね?」
「ええ。一応、こんなレジスタンスですから、戦闘訓練を受けてますけど、実戦経験がない子がいきなり前線に来て、もともと、持つなんて思っていませんでした」
ちらりと眠るミヤビを見て五島が目を閉じた。勇介はしずかな五島の表情を見て首を傾げる。
「それが、イサムが死ぬまで気張って、前線に出てきてもう後ろには戻らない、成長したものですよ」
「……なんか、申し訳ないですね、兄さんが危ない所にミヤビさんを連れてきた……」
「そういうふうに考えることもできますね。でも、それも運命。彼女が選んだ道です」
「……そうですね」
そして、自分もその道を、彼女を支える道を選んだ、と心の中で呟く。車は静かに走り続けている。
「まあ、これから忙しくなります。キミも体を壊さないように」
「わかりました」
うなずいて勇介は深く息を吸い込んでフロントガラスから見える風景に目を細めた。




