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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-11

 そして、ヴィアドロローサの本拠地について、とりあえず取りまとめた書類を正門から通して、確認をしてもらって、車で待機すること数時間後、ようやくヴィアドロローサの本部の中に入れた。

「おう? 下っ端」

「口慎んどけ。一応副チーフに昇格した」

「は?」

 先日の門番がバカにしたように声をかけてくるのにそうたしなめておく。アタエがさっそく磨き上げられた強面を発揮している。

「うそだろ……」

「ほんと。だから、智兄、気を付けてね」

 笑ってミヤビの背中を押して、案内された会議室のような殺風景な部屋に入る。

「失礼します」

 立ちっ放しの護衛役二人と、席についている男が一人。向かい合う形で席を勧められて、ミヤビと共に座る。後ろにはチイとアタエがいる。頼もしい古参たちだ。

「……書類、見せてもらったよ。たしかに、和成大佐の筆跡として提出された、日記の写しと筆跡鑑定が一致した」

「そうですか」

 穏やかな声から始まった会話はどこか緊張をはらんでいるのは仕方ないだろう。護衛役同士で火花を散らすような目線を向けているのは気のせいではない。

「しかし、これだけのもの、どこから手に入れたんだい?」

「企業秘密、といいたいところですが、それじゃ納得しない顔をしていますね?」

 悪戯っぽく笑って勇介は少し和ませようとするが、逆効果だった。敵意はないと肩をすくめて見せて男を見据える。

「当たり前だろう? 疑わざるを得ない」

「亨さん!」

 片手を上げてチイの抗議の声を止めた、この場にいるヴィアドロローサのリーダーらしき男がにやりと笑う。

「つまり、俺らが、国軍とつながっていると?」

「当然そういう考えを抱いてもいいだろう?」

「そうですね。あと、これが全くの偽物、俺たちの誰かの日記と筆跡を提出すればいい。そういうことですね?」

 考えていることを言い当てるように言うと、彼は、現場慣れした傭兵とはまた違う日の焼け方をした彼は皮肉気に笑う。

「ああ。なんと、まあ、すらすらと答えてくれる若い子だねえ?」

「それが俺です。そのために、俺がここにいる。我がレジスタンス、クロートーのチーフの負担を軽くするために、ね」

 にこと笑ってミヤビをみるとミヤビもこの手のはったりになれているらしい、満足げに微笑んでうなずく。

「ふーん。んで? どういうことなんだい?」

 気だるげな声に勇介は、小さく笑ってすっと息を整えた。

「まず、自己紹介をさせてください。……ヴィアドロローサ、チーフの、神崎亨さん?」

 だてにマスゴミにいたわけじゃない、と心の中に言い切って首を傾げる。口調が静かに恫喝するような口調に代わっているのは気が付いているのだろうか。すっと表情が冷えた彼、亨を見ながら勇介は微笑みを崩さない。

「なぜ知っている?」

「政治犯認定される前に、カメラマンをやっていて、それなりの情報を、ね」

「カメラマン? 国軍じゃなくてか?」

「国軍にいた後、退役してカメラマンを。……初めまして。長澤勇介、と申します。……件の和成大佐は私の父ですから日記帳の入手なんて造作もないことです」

「……完全に縁が切れているなどどこで……」

 その言葉に、すかさずミヤビがフォローに入る。呆れたようにため息までついている辺り、兄の時もあったやりとりなのかもしれないと思って小さく笑った。

「我々が、長澤和成ととくに因縁があることを考えてもらえれば、……彼をこの席に同席を許していることを見てもらえれば、わかるでしょう? 我々の、前副チーフ、長澤勇一が和成の手によって殺されている。我々にとって、彼の父は、宿敵ともいえるものです。彼も、それを理解している」

「……」

 厳しい顔を作っておく。眉間に寄ったしわが解かれるのを見て勇介は腰を下ろした。

「……それで、どうするんだ?」

 低い声に勇介は笑う。

「まず、我々として、あなた方と共闘関係を結びたい」

「……は?」

「我々は、準備が整い次第国軍に総攻撃を仕掛け、今度こそ、本当に、政権、そして、この国の在り方を変えたい」

「……チーフが国軍に寝返ったばかりじゃないのか?」

「……ええ。ですが、我々もやられっぱなしでは終わらない。今度こそ、きっちり痛い目にあってもらいます。そのための対策、準備も、こちらの総司令、五島を中心に人数配置も済んでおります」

 静かにすごむミヤビに、勇介は微笑んで合わせておく。アタエたちが呆れた視線を送っているのは二人して無視する。彼らの心の声を代弁するに、こんな時だけ息ぴったり合わせてんじゃねえよ、だろうか。

「……で、俺たちにはなにをやらせようと?」

「それぞれ専門性が違います。国民の先導を今度こそ」

「……あの爆発でできなかったこと、か」

「ええ。今度は、写真も持ってきてありますよ?」

 得意げなミヤビの言葉にさすがの亨も目を瞠った。予想していなかったらしい。

「お前らがとった?」

「ええ。とある隊員が、活動、任務の途中、ちょくちょく抜け出して撮りためていたらしいものがありましてね」

「……抜け出してませんよ」

「うるさい」

 ぼそりという勇介の突込みに、ようやく亨の表情が緩んだ。

「夫婦漫才はよそでやれ。やかましい」

「すいませんね」

「ユウ!」

 しれっというとミヤビの手が飛んできた。それを見ずに受け止めて顔を亨に向ける。

「ミヤビさんも、まあ、俺に任せて。俺がとった写真の一覧です。文化系の活動をしているのであれば、俺の写真、何度か目を通したことがあるのではないでしょうか?」

 ナップザックから取り出したのは一冊のノート。

「自分の写真スクラップにしてあるのか」

「いつ首切られるかわからなかったので、他社に自分を売り込む時用に」

「準備いいな。ふーん。……たしかに俺たちも見たことあるわ。これは。うん、そういえば、いい腕持ってる、軍関係者だったのが惜しまれると話したことがあったな」

「それは光栄なことで。で、政治犯認定ぎりぎりじゃなくてもろ政治犯ではないと撮れない写真、いりませんか?」

「俺らより修羅場ってるやつか?」

「ええ。唐崎さんに一枚すっぱぬかれましたけど」

 適当に撮りためていた画像に加えて、先ほどの研究所の映像、や記録写真を加えたデータの入ったSDカードを彼の手に落とす。すぐさま、PCのスロットルに差し込んで確認しはじめた。

「……よくもまあこんなに集めたな。でも、これは、銀塩で現像してから取りこんだな?」

「ええ。ネガも俺の私室に保存してあるので適宜、メールか何かで言ってもらえれば、現像してお渡しします」

「ふむ、銀塩か、古風だな」

「俺のスタイルです。デジタルは便利ですけどデータが目に見えないからちょっとね」

「どこのおっさんだ」

 アタエの突込みを無視して勇介は肩をすくめる。

「データが溜まってきたら整理だって簡単でしょ?」

「……そうだな。紙は?」

「ありますよ」

 ザックからファイルを取り出してホチキスで止めてある数枚の写真のプレビュー付きの紙を取り出す。

「準備がいいな」

「そういう世界でしょ?」

 赤ペンでチェックが入れられていく様を見ながら勇介は、枚数を数えて、手持ちにある分で足りるか数えていた。

「足りるか?」

「足りなかったら買うまでですよ」

「もってけ。銀塩使ってるやつがこっちでも少ない。紙はたくさんある」

「じゃあもらっていきます。これだけで?」

「とりあえず、これを主にコマ割りを決める。手渡しじゃ、あれだ、ああいうふうに集まったところを狙われる。やるなら投函だ」

「……投函であれば人手を食うのでは? 時間差と……」

「夜中にやればいいだろう。それか、印刷社に新聞の形式で刷ってもらって新聞に混ぜる」

「……新聞であれば、いいですね。軍人の家には投函しない。休刊の時に狙いましょうか」

「そうだな。うまく、休刊の時に、休日明けにお前らが合せられるのであれば、な」

 確認するように目線を上げる彼に勇介はミヤビに目を移す。ミヤビは首を傾げて見せた。

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