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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-10

 それから、五島のカフェには明が待っていて、栄吉を引き取ってもらうと、すぐに勇介は本部に戻った。

「おう、お疲れさん」

 車庫にはアタエが待っていて、首をかしげると、目で一点を示された。

「あそこで婆相手に拷問してる。ユイが今回キレてるから、あいつが落ち着くまでお前をこき使うことにしたわ」

「やめてくれ……」

 呟いてため息を吐く。

「ま、おつかれさん。とりあえず、汗流してこい。それから、ヴィアんところに行くぞ」

「……俺もですか?」

「ああ。当たり前だろ? 頼もしかったってミヤビが言ってたぜ?」

「……」

 うまく掌の上に転がされているような気がしながらもうなずいて、重たい体を引きずるようにして部屋に入って、シャワーを浴び、着替える。

 そして、ナップザックを背にかけてから、適当なものを胃の中に入れて、モニタリングルームに顔を出す。すでに五島は帰った後のようで、ミヤビが待っていた。

「ごめんね、疲れてるところ」

「いえ、構いません」

 げっそりしたミヤビの顔を見ながら、なんとも言えないな、と心の中で呟いて勇介はうなずいた。

「ミヤビさんは体調どうです?」

「東の連中と顔合わせなくなったか寝られるようになっただけましになったわ」

「じゃあ、もっと忙しくしときます」

「よろしく」

 冗談めかして笑う勇介にミヤビも合わせて笑う。

「おう、ビッチに気に入られて副チーフ気取りか? 新人」

 その声に、足を止めて振り返ると、東支部の連中が五人ほど群れていた。たしか、五班の連中だったか、と面子を見て首を傾げる。

「ビッチって誰だ?」

「そこのアマに決まってんだろ? とっとと切っちまえよ」

「俺はお前らと同類になったつもりはないが?」

「そりゃお前の考えだろ? おれたちぁ」

「知らねえよ、てめえらの思想なんざ」

 ミヤビを後ろでかばいながら勇介は腹から声を絞り出す。相当どすの利いた声になったはずだ、と思いながらにらみつけると、バカにしたような顔をして彼は笑う。

「まだ、俺たちはお前を認めたわけじゃない」

 静かな声に勇介はため息をついた。

「そんなに兄さんのこと引きずっているのか?」

 隠すつもりもなくぽろっと出てきてしまった言葉だった。

「あ?」

「そんなに勇一のこと、引きずっているのか? 彼じゃないとだめなのか? え?」

 一歩踏み出して胸ぐらをつかむ。

「てめえっ」

「取り巻きは黙ってろ、カス」

 兄ならば、これぐらい言う。

 にらみながらそういうとその気迫にか、気圧されて取り巻いていた四人が引き下がる。

「お前よか、ましだな? あいつのほうが。てめえみたいな……」

「……あの人にできることは俺にできるにきまってるだろう」

 胸ぐらをつかみながらそう低くつぶやいて下からにらみつける。

「できるわけねえだろ」

「いいや。できるさ」

 小さく笑う。父も兄も、結局は人をまとめ上げる才は持っていた。父は厳しくもやさしい。だが、兄は優しいだけだったのだろう。ならば自分は――。

「できるにきまってんだろ。あんまり舐めてると、痛い目見るぞ、ごみカス」

 小さく笑って、心の中に決める。自分は、父のように厳しくもやさしく、人をまとめ上げよう。

「勇一は、どうしてた? こういう時。自分に逆らう馬鹿の相手を」

 ミヤビに目を向けると、ミヤビは勇介の顔を見て、ようやく気付いたようだった。

「あなた……。まさか?」

「……どうしていた? ミヤビさん。兄さんはこういう時の対応は。俺が知っている兄さんは、問答無用で切り捨てていたが、この組織ではやり方を変えていたようだね」

 ミヤビは気づいた。ならば隠す必要はない。静かに呟いて勇介は首を傾げる。

「どうしていた? ミヤビさん」

「イサムは、……一人ずつ締め上げていたわ」

「ならばそのやり方にならおうか? あなた方が慕っていた、敬愛する兄さんのやり方に」

 カッと目を開いて胸ぐらを掴み上げていた両手を左に振るう。それに合わせて半分宙に浮いていた彼の体が廊下の壁にたたきつけられていた。

「……」

 完膚なきまでに叩きのめす勇介の姿にミヤビはただ無表情に、そして、取り巻きは青ざめていた。

「どうした? イサムはこれぐらいやっていたんじゃないか?」

 彼らがどう思っているかはわからない。だが、勇介の知る兄が、これぐらいやっていてもおかしくないなという具合までボコると、取り巻きは後ずさって逃げようとし始めた。

「お仲間に言っておけ。イサムの弟は、キレるとイサムよりたちが悪いと。俺の名前は。長澤勇介。長澤和成の息子で、勇一の弟。兄ができること、弟ができないわけないだろう。副チーフ気取り? てめえらが求めるのであれば、気取りでもない副チーフやってやろうじゃないか? 見くびるのもいい加減にしろ」

 逃げ出した彼らのケツを蹴り上げるようにそういうと、勇介は切り替えるようにため息をついた。

「いきましょうか。ミヤビさん」

 小刻みに震えている彼女の肩に手を回しながら勇介は車庫に入った。

「よお? ユウ」

 ヒューという口笛を吹かれて首をかしげると、ばっちり聞かれたらしい。チイとアタエが似たような親父面に同じようなにやりとした笑みを浮かべていた。

「なんです?」

「いんや? ようやく覚悟決めたようだなあ? 副チーフ、やってくれんだって?」

 アタエが嬉しそうに言う。その言葉に、勇介は、言いすぎたと青ざめると、チイはにやっと笑って追いつめる。

「男に二言はねえよなあ?」

「……」

 最後にミヤビを見ると、ミヤビは震えは止まって、達観したような笑みを浮かべていた。

「逃げ場はないわ。ユウ」

「……う」

 うなだれて、確かに言ってしまったことは取り返しがつかない、と心の中で呟いて口を開く。

「二言はないです」

 思えば、そうなるように仕組まれていたのかもしれないなと思いつつ、ため息を吐く。逆に開き直ったら腹が据わったようだった。

「じゃあ、とっととヴィアの一件を終わらせましょう。ミヤビさん」

「うん」

 すこし元気が出たミヤビの声に小さく微笑んで勇介はミヤビと共に車に乗りこんだ。

「五島さんは?」

「遅れてくると。あのおっさん、ヴィアにも顔パスなんだよな」

「まあ、いろんなところに借りを作ってるから、五島直下の俺たちも顔パスだぞ」

「じゃー中に連れてってくれてもよかったじゃないかよ」

「それとこれは話は別。いくら、五島の所属しているレジスタンスでもそれは聞けないといわれちまっていたんだ。問題が問題だから、強行突破するわけにもいかないわけだろ?」

「そりゃあな」

 と運転席で話し続けるアタエたちをしり目にミヤビが耳に近づいてきた。

「ところで、あの話、本当?」

「あの話って?」

「イサムの弟なの?」

「……」

 その言葉に黙り込むとミヤビはくす、と笑った。

「そういうところ、似ているのね」

「え?」

「嘘を吐くのが苦手なところ。普通におっきなところではでっかいはったりかます癖に、こういう身内ネタになると途端に嘘つくの下手なの」

 楽しげなミヤビの言葉に目を見開きながら、勇介は小さく笑っていた。

「……そう、ですねえ。兄さんもそうだったんだ」

「ええ。そうか、長澤だったら隠すわね」

「……今まで言えなくてごめんなさい。文句だったらユイさんに言ってくださいね?」

「ユイに?」

「最初に気付いて、……カメラマン時代に一度入ったときに一発で見抜かれちゃいました。それから、ミヤビさんとか、組織の連中に言うなよって言われていて。特にミヤビさんと、それから東支部に覚られるなよって」

「……余計なこと、とは言えないね。あと、一発で気づいたのは?」

「五島さん、ですね。アタエさんはユイさんが教えて、チイさんは先日俺からほのめかしました。それと……」

「いいわ。あいつなりにあたしに気を使ってくれたわけね」

「ええ。悪気はなかったんです。だから……」

「別に怒るわけじゃないわ。……」

 ミヤビはふっと深い笑みを浮かべてうつむいた。

「さ、副チーフ。私を支えて頂戴ね?」

 大人びた低い声に、どきりとしながらも、勇介は口元に笑みを浮かべてうなずいた。

「ええ。喜んで」

 そんな会話をする若者二人に、助手席と運転席は顔を見合わせて笑っていた。

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