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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-9

 そして、栄吉の顔が青ざめていくのを見ながら勇介は電話を手に取っていた。久しぶりの番号だった。

「もしもし?」

 向こう側は宴会の模様。楽しそうだ。

『はいはーい? どなた様ー?』

「長澤です。ちょっといい?」

 おそらく下の名前を言ったら大変なことになるだろうと判断して勇介はそういっていた。案の定、宴会から抜け出したらしい向こう側が静かになるのを聞いてとってため息をついた。

『どうしたの?』

 急に低くなった声に勇介は簡潔に事情を説明した。

「バカやらかそうとした栄ちゃんを保護した。そっちに向かってるから引き取ってくれる?」

『バカ?』

「軍部で研究凍結指定の入った禁止薬物の献体。こっちの事情をよく知っている人曰く、九割狂って一割死ぬ、薬物を入れられたら最期、まともじゃいられないような危ないシロモノの、ね?」

『栄ちゃん大丈夫なの?』

 もっと低くなった声に勇介はうなずきながら栄吉を見やる。

「今のところ。すこし、体内に入ってしまったから、とりあえず尿で排出させようとしている。意識はしっかりしているからまあ、大丈夫でしょう。本当は、こっちで管理したいけど、さすがに栄ちゃんしないだろうから」

『説得する!』

「バカ。んなこと、栄ちゃんが望むわけないだろ。下手したら、政治犯認定される。危ない真似はさせられない」

『命あってこそでしょ?』

「……あの堅物がそういうと思うか?」

 おそらく五島に説得されているのだろう、思い詰めた顔をしている栄吉を振り返りながら勇介は電話をちらりと見る。

『でも……!』

「たしかに、狂った時処理には困らないよ? 俺たちが汚名をかぶればいいから。でも、なんともない可能性が高いのに、レジスタンスに身柄を拘束されて軍に戻るなんてできないでしょ?」

『でもそっちの方が、何かあったときに対処できるでしょ? あたし、聞いたことあるよ? 禁止薬物の話。うちの叔父さんか何かがかかわっていて、相当やばいシロモノだって。その管理と開発は一人の天才にしていて、邪険に扱われていたけど、一人の助手がいたって』

「……その天才がうちのほうにいる。今回、その邪険にされていた助手が栄ちゃんをたぶらかした」

『……』

「たぶん、手元に置いておきたい、って彼は言うと思う。けれど、俺は反対する。社会復帰を考えると危険すぎる。いくら父さんの部下とはいえ、少佐にはいられなくなる」

「……」

 黙り込む栄吉を見ながら勇介はつぶやいた。美緒も黙り込んでいる。

「堅物だからこそ、社会復帰をかけて、それに手を出したのはわかる。その結果、戦犯認定なんてやってらんないよ」

 その原因を作ったのは俺だけど、とつぶやいて勇介は目を閉じてため息をついた。

「これ以上つぶすわけにはいかない」

『人の命を失わしても?』

「ああ。政治犯として死ぬより、軍人として死んだ方が幸せだろう」

『死んで幸せなんてないだろう!』

「……世間体的にだ。だから、父さんも苦労している。父さんの親父、じいちゃんだって最終的に政治犯で死んだ。父さんが大佐に上がれたのだって実家と完全に縁を切ったと証明したから、じいちゃんを手にかけたからだ。その父さんが、今度は兄さんを手にかけて、俺を手にかけようとしている」

 そこまでで一度言葉を切ってため息を吐く。電話の向こう側も、もちろん、こっち側もしんとした空気が流れている。

「世間体を気にして、肉親を殺さなければならない。栄ちゃんのご両親だって、栄ちゃんが政治犯になったら、安住の地として行った田舎から村八分に会うかもしれない」

 一度あったことのある紳士的な夫婦を思い出す。脱サラして農業に転じてみたら意外に面白いっていってねえ、と穏やかに微笑む栄吉の母と、頑固なところがそっくりな父親を思い出す。

「それを考えたら、レジスタンスとして、見なかったふりをして、今回のことをきちんと軍部に報告して、然る処置をしてもらった方が栄ちゃんとしてはいいはずだ。父さんだって、何度かそういうちょろまかしなんてやったことあるだろうから、父さんに説明して、それから、指示を仰いだ方がいいだろう。こっちの判断で、あっちに迷惑をかけるわけにはいかない」

 一気にまくし立てると、美緒は黙り込んだ。栄吉も黙り込んでいる。おそらくマイクがこの声を拾っているだろう。五島にも伝わっている。

「勇介」

「なんだ?」

 栄吉がイヤホンを差し出す。

「なんです?」

『その通りです。でもね、私は見過ごしておけない』

「五島さん!」

『ですから、うちのカフェで彼を引き取って経過観察をします。東支部の連中は君のいうことを聞くようになりましたね?』

「……大体は」

『ならば、私がこちらに詰めている理由がなくなりました。カフェに帰って彼の様子を見つつ、帰宅可能かどうかの判断をしましょう。お世話係の女の子がいるんですね?』

「ええ」

 美緒のことを紹介して、あとのことは五島に任せる。

「五島さんのカフェに頼む」

「りょーかい」

 方向転換をする車に勇介はため息をついて、その場に座り込んだ。

「おい……」

「ごめん」

 這いずって栄吉が座っている椅子の真下に座り込むとそのままうなだれた。

「謝って済む問題じゃないけど、ごめん。やりすぎた」

 いまだ包帯の巻いてある両腕に頭を下げると、案の定、栄吉は黙り込んだ。

「……」

 静かな空気が流れる。栄吉はなにも言わずに、頭を下げる勇介を、見つめていた。

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