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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-8

 まず、警備系統をダウンさせる。警備員室に別個に別れて向かった班が制圧を完了させてから、研究所の本棟に乗りこんだ。

「研究員は抵抗したら殺せ、無抵抗で投降したら縄でくくっとけよ!」

 その指示におとなしく研究員たちが投降、もしくは部屋に逃げていくが、ひとつづつ部屋を制圧していく勇介たちからは逃げられないようだった。

「一般人はやっぱ手ごたえねえな」

 そうぼやく隊員をなだめておいて、残りの部屋を制圧するために走っていく。

『ユウ! その先の正面。施術中の男がいる! やばいぞ、急げ!』

「施術中って……」

 走っているのか、ぶれたユイのあせった声に勇介は耳を押さえて走り出す。

『五島のだ。五島に送り付けて見たらビンゴだった。俺も行く! 一応、応急処置はできる』

「そんなやばいんですか?」

『俺がやったときは、完了して十分もしないで人格変貌が起きた!』

「うげえ」

 嫌な顔をした隊員に顔をしかめて見せて勇介は見えてきた扉に左右にいる人間を確認してうなずきかける。すっと両脇から人が出て壁に張り付いて、先に突入をして制圧をする。

「いた、あいつだ!」

「邪魔をするな!」

 白衣を着た一人の初老の髪をひっつめた女が点滴を手にしている。その先は一人の男の腕につながっている。

「栄ちゃん!」

 そこにいた顔に驚きながらも、点滴が完了しない方がいいと判断して銃を、引き金を引いていた。

「何をしている!」

 そんな声と共に点滴の伸びていた管が切れて透明な液を吐き出した次には血液が吹き出した。

「管を抜け、針が残らないようにな!」

 勇介が叫ぶと、近くにいた隊員が対応する。施術台に寝かされて、手足を縛られていたらしい。栄吉は無抵抗だった。

「止血を」

 近くの脱脂綿を取って止血をする隊員に勇介は後は頼むと目で言ってから、銃を突きつけながら、点滴を手にわなわなと震えている女を見た。ひっつめた髪はほつれている。

「荒居さんだな?」

 ユイが言っていた名前に女は、荒居は敵意に満ちた目で勇介を見た。

「いやはや物騒だな」

「そうだな。物騒な連中だろう。……だが、五島から聞いた。あんたも相当物騒なことやってるんじゃないか?」

 左手で確保の合図をすると、すっと動いて持っていた点滴を叩き落として両腕に屈強な男をつけた婆が出来上がった。

「物騒なことだと? 彼は貴重な献体に……」

「政治犯からその献体を得られなくなったから、退役するしかない軍人を口先うまく言って……、か。何人殺した?」

「尊い犠牲と……」

「五島は、殺した、と言っていたがな?」

 完全に口調の違う、隊員から見ればイサムのような勇介に、だれもが飲まれていた。ベッドに括り付けられている栄吉ですら、寝ながら勇介を呆然と見ていた。

「ふざけるな、五島先輩は!」

「……そこまでにしな、婆」

 息を切らしたユイが特殊警棒を手に無表情にやってきた。

「あら、由輝、久しぶりじゃない? なあに? 物騒なもの手にして」

「……」

 とたん猫なで声になった荒居の声に、ぞわっと鳥肌を立てながら勇介は真ん中を譲った。

「そりゃ、一つしか、ねえだろうが!」

 跳ね上がるユイの声。怒鳴りながら警棒を振り下ろしたユイの目には、憎悪しかない。何かがあったのだろう。

『ユウ、由輝を止めて。少しでも薬剤が入った子が心配です。そっちの処置をさせてください』

 静かな五島の指示にうなずいて、警棒を振り下ろして何かをわめているユイの腕を取った。

「ユイ、これは本部に連れていこう。その前に、あれを頼む。俺はなにもできない」

 静かに告げると、肩で息をしながらユイが勇介をにらんだ。本部、とりわけ、ミヤビやユイといがみ合っていた東支部の隊員ですら見たことのない感情のこもった瞳にも勇介は動じることなく、それを見つめ返した。

「……わかった」

 低く、感情を抑え込んだ声に、肩を叩いて栄吉を任せて勇介は相当ひどいことをしてきたらしいな、と心の中で呟いて八つ当たり気味に、嘔吐く婆の横っ腹に蹴りを入れる。それから、身体検査をしてから本部に連れていけ、と、命令しておく。

「どういうことなんだ?」

 胡乱気な栄吉の声に、勇介の何かが切れてしまった。

「お前な、ふざけるなよ?」

 ユイが無表情で、おそらく利尿作用のある薬剤を生理食塩水に注入して点滴を施していく隣で勇介は殴りたくなるのを我慢していた。

「だって、腕が……」

「……あの婆はな、俺が軍にいたころ、だから、かれこれ三十年ほど前ぐらいから、ずっと危険薬物、危険性ゆえに軍から研究禁止の指定が入ったブツについて研究していた。俺がいたころ、いや、イサム、長澤勇一君が軍から出ていく直接の原因になった、あの事件まで、政治犯の体を使って、実験を繰り返していたんだ」

「何の確証があって」

「親父の任務指令書の写しだよ」

 低い勇介の声はユイと栄吉にしか聞こえていなかっただろう。

「そんなもの、どうやって……」

「……」

 察せと目で言ってから、点滴の処置が終わったユイが、帰る、とポツリとつぶやいたのを聞いてうなずいた。そして、勇介は撤退の合図を送った。

「車一台、一人運転手付きで残しといてくれ」

「何する気だ」

「美緒の所に送る」

 栄吉の拘束を解いて、暴れる栄吉を背負い、点滴台を手に施設を出ていく。

「お前ら、この若いのがどうなるかわかったうえで止めなかったんだな?」

「我々は……逆らえなかったっ!」

「だからといって何人殺したんだ? お前らがさげすむ俺らと変わらない数を今までぶっ殺してきたんだろ? ……軍部に知られるまで、そこで正座してろ!」

 栄吉を背負いながら勇介が怒鳴り、そして、用意された車に乗りこんで栄吉を座らせる。

「どういうことなんだ?」

「……お前が、手を出そうとしていた薬は、九割がた狂うといわれている禁止薬物だったんだよ。少し、体の中に入ってしまったからどうなるかはわからないと、設計責任者だった人が言っている。……五島さん」

『はい?』

「ろくに説明していなかったようです。おそらく、腕を動かせるようになる、薬だと……」

『彼女がやりそうなことですね。そういう嘘はうまかった』

 ため息交じりの声に勇介は目を細めて、イヤホンを栄吉に差してやる。

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