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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-6

「ユウ、来てください」

 まさに読もうとしていたところに五島がやってきて、それを手に五島と共にモニタリングルームに入る。どうやら、五島はねぐらにしているようだ。

「軍が爆破を主導したわけではなく、ただの事故だったようですね」

「ええ。こちらに詳しいことが」

「ふむ」

 勇介の手にあるロシア語に翻訳された文書に目を通した五島が、一通り読み終わって目元を覆った。

「なんてことだ」

「どうしたんですか?」

「まずいです。一刻も早く、軍を止めなければ……。いや、まず、あそこの研究所をつぶすことから始めましょうかね。ヴィアドロローサとの兼任、か。少し重いかもしれないな。ユイは、くたばっている……」

「どうしたんです? 五島さん」

「ああ、いえね、……これは上、だれか、ミヤビとユイ、アタエを」

 また、そこらへんか、と思いながら五島の手に渡った報告書を見る。

「……研究……?」

「そう。破棄したはずの研究が悪用されていたようです。呼んできましたね」

 顔色の悪いユイとミヤビ、けろりとしたアタエがやってきて、元からあった会議用の円卓につかせる。

「場合によっては東の連中も使うかもしれないのでユウもそこにいてくださいね」

 面倒事だから逃げようとあたりを見ていたのがばれていたらしい。ユイがくたばっているとなると一番いいように使われるかもしれないなと思いながら勇介はアタエに救いを求めるように目線を送った。

「覚悟しとけ」

 その宣告に、勇介はうなだれて、円卓についた。

「んで、勇介が持ち帰ってきた書類にゃなんと?」

「……因縁ですよ、ユイ。キミと私がここに来ることになった……」

「……人体強化についてか?」

「ええ。あの研究が勝手に持ち出されていたようです。いや、多分、ここまで詳細に知っているのはかつての助手でしょう」

「荒居か?」

「その通り。彼が研究部の主任となってから、あの研究を進めて……」

「話が見えないんだが?」

「同じく」

 手を上げるアタエとミヤビに勇介も加わっておく。二人の間で交わされる話はちんぷんかんぷんだった。

「……そうですね。私が国軍時代に進めていて、その危険性に破棄した研究が助手に持ち出されて勝手に進められている、というありきたりな話です。そして、その研究の危険性ゆえに、国軍が組織ぐるみでその研究をなかったことにしようとして、爆破に至ったと」

「それで、その研究は今も?」

「ええ。細々と、とある研究で進められているでしょう。道理でこんなものが送り付けられて……」

 そういって五島がポケットから出したのは、一枚の封書。開いて見せると、汚い字で、過去のデータ求む、と一言だけあった。

「それで、その研究とは?」

 首を傾げて切り込むと、五島は珍しく口ごもり、視線を逸らした。ユイは表情を消している。

 今まで見たことのない二人に戸惑っていると、アタエがすっと目を細めた。

「たしか、お前らの確執は、薬物だったよな。それも、人の体質を一気に変えるような劇物」

「……ええ。ユウ、あなたにユイが飲ましたのもその一部で、適切に用いれば安全性が保障されるものです。ですが、私は、その、創傷の治癒力促進する薬物のほかに、身体能力の強化を薬物によって試みようとしていました」

「それってドーピング?」

「いってしまえばそうですね。でも、私が求めたのは単純な筋力だけじゃない。五感の働きを鋭敏にしたり、するようなね」

「……その被験者に選ばれた政治犯は、だれもくるったがな」

 皮肉気なユイの言葉にミヤビの口が閉じた。アタエは痛ましそうに顔をしかめている。

「そういや、聞いたことあるな、それ。……半端なかったって言っていたな」

「ええ。その通り。被験者の九十パーセント以上が狂いました。残りの十パーセント近くは死にました」

「死ねなかったのか」

「ええ、まあ、仕方ありませんから、屠殺しましたけど」

 しれっという五島の言葉に、彼の異常さを感じながら、勇介は、五島を見ていた。

「その人体実験場が、爆心地近くにあったようです。さすがにこれも私は知らなかった」

 地図を広げて、爆心地を示し、そして、隣接する土地、おそらくビルだったろうところにピンが刺される。

「おそらく、ビルが粉砕されるほどの爆薬で……」

「それの指揮を執っていたのが父さん?」

「いえ、彼は本当に汚名をかぶっただけ、です。指揮を執っていたのは、その上、准将です」

「研究の破棄に准将がでしゃばってくるっておかしいな」

「そこで何かが噛んでいるんでしょう。もしくは、……いえ、これはただの想像」

「聞かせてください」

 勇介がまっすぐ五島をみると、五島は仕方ないとため息をついて目を閉じた。

「君のお父上に、対しての見せしめだったのかもしれない」

「……亜美が軍に殺されたと?」

「その可能性があります。彼が汚名をかぶった、被せることによって、彼の昇進レースを少し足止めできるわけです。そして、家族、子供の居場所についてはすべて握っている、人質を取っているぞ、といいたかったのかもしれない」

「……兄さんはそれを知っていた?」

「いえ、イサムの性格上あの父親と話すことはないでしょう。それに、長澤君は口下手ですから、うまく伝えられないでしょうしね」

「……」

 確かに、いきなり父が逃げてくれなんて言い出したら疑ってかかるだろう。勇介は目を細めて舌打ちをした。

「ということは、俺たちは掌に転がされていた?」

「そういう可能性があります。自宅に盗聴器などがあるかもしれない」

「……母さん」

「一番危ないのは彼女ですね。だが、長澤君もそれは知っているでしょう。それよりも、これをまとめてヴィアに報告しますよ。そして、並行して、ユウ、あなたの部隊に出撃を。まず、この研究を取り仕切っているだろう、この住所を張って、あとで写真を渡します。写真の人物がいるかどうか、確認次第、研究所を落としてください。壊滅状態に」

「……いいんですか?」

「進めてはいけない研究に手を出したバカには相応の報いを。それと、准将が何をたくらんでいたか、それを探れるなら探って」

「……了解です」

 そっとため息をついて感情を殺す。今の顔は父に似ているだろうか。

「ユイ、サポートを。当時のことも……」

「わかってる。ユウ、行くぞ。五島、ミヤビを頼む」

「わかりました。アタエ、キミはヴィアの方に」

「りょーかい。んじゃ、一働きしますかね」

 立ち上がって、指示通りに動き出す。

「今からでいいですか?」

「俺は問題ない。奴らにどういう?」

「別に、任務が来たと。俺の車に理解ある連中をのせれば。ユイ、後方支援頼みます」

 言い切って勇介はユイの反応を見ずに歩き出す。ユイは特に何も言わないようだった。一歩後ろを歩いてくる。

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