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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-4

 そして、それ以上進展はなく、一週間が経った。

「おう、調子はどうだい?」

 待ち合わせ場所に向かうと、軍服に着替えてたばこをくゆらせている唐崎がいた。勇介も、怪しまれないように着替えてきている。袖を通すのは何年振りだろうか。

「さ、とっとと行ってとっとと終わらせるぞ。んで、酒でも飲みに行こうや?」

「いいですね」

 笑って唐崎と並んで歩く。カメラマンの時はありえなかった返事に唐崎が嬉しそうに口の端を吊り上げる。

「勇介、行くぞ」

「承知いたしました」

 唐崎付きの補佐官という役割だ。帽子をかぶりなおして唐崎の一歩後ろを歩いて面を伏せる。そして、適当に敬礼を返して、歩く。

「今日、大丈夫だったのか?」

「仮の場所ですから。引っ越しには慣れてるでしょ」

「そうか?」

「ええ。それより、奴らが気を引いている間に、ってことですから、本当にとっととやらないと」

 いつもより人通りの少ない廊下、階段を歩いて、出払ってほとんど人のいないフロアにつく。ここらが父のオフィスのあたりなのだ。静まった空気を吸い込んでため息を吐く。

「大丈夫だ」

 勇介にそういった唐崎がさっと鋭い目であたりを見回して古典的だが、耳元から針金を取って大佐の部屋の鍵を開ける。

「空いたぞー。入れ」

「ああ」

 うなずいて、入り口にセンサーの類がないのを確認してから入る。

「んで? どこ探すの」

「……とりあえず、そこの棚を。俺はこっちします」

「了解」

 手袋をはめてがさ入れを始める。

「ないな」

「こっちも、報告書じゃないですね」

「奴のことだ、どうせ、机だ」

「机?」

「ああ。大事なものは手の届くところに置いときたいやつだからな」

 笑って調べてみろ、という唐崎に勇介はうなずいて、トラップの類がないか確認してから机のそばに行き、四つの引き出しを見る。袖机の一番下の引き出しは鍵がかかっているから後回しにしよう。

 一番大きい引き出しをばっと開けてみる。中は紙や筆記用具がきれいに整頓してある。だが、一番手前、少し古びた木目調の写真立てが置いてある。

「……」

 そんな場合じゃないと思いながらも勇介は手を伸ばしていた。

「勇介、それはいい。早く」

 唐崎に止められて、引き出しを漁って、問題のものを見つけた。

「撮ります」

「ああ」

 シャッターを切って撮ると、それから、記者が使うデータベースにパスワード付で上げておく。パスワードは一度きり。五島が拾ったら、自動的に消去されるようにプログラムされている。

「拾われましたね。脱出を」

「了解……。ん? 待て、人が来る」

 その言葉に緊張が走る。紙を戻しておいてさりげなく写真立てを見る。

「っ!」

「ユウ!」

 鋭い声にはっと顔を上げると、唐崎が身を隠したところだった。足音は大きくなってきている。隠れようにも隠れる場所がない。

 焦りながら、ちょうど、椅子が大きく机の下に仕舞えないことに気付いて、机の下に身を隠す。

 がちゃりと、鍵を開ける音が聞こえる。もしや、帰ってきたか。

 そう思いながら、息を殺していると、まっすぐこちらに近づいてくる気配があった。

「……」

 あきれ交じりの溜息と共にごん、と机の飾り板を蹴られた。身をすくませて目を閉じると、足音は勇介の方にまっすぐ向かってきた。

「バカ者。なぜここに来た」

 ささやくような声は、露見させる気がない表れだろうか。そろりと見上げると、無表情の中に何かをはらませた顔をしている父の姿、大佐の姿があった。

「……あなたの疑惑を晴らすため」

「疑惑?」

「亜美を殺した、そういわれた、あの日の任務報告書、それを見たかった」

「……」

 静かな勇介の言葉に、痛みをこらえるような表情をして父が目を閉じた。初めて見た、表情だった。

「もうじき、ここにも人が来る。偽装をするならもうちょっとうまくやれ」

「……」

 絞り出すような声と共に、大佐は膝をついて、一番下の引き出しの鍵を開けて一つの小汚い書類袋を取り出した。

「……生きろよ」

 静かな声と共に彼は書類袋を勇介に放り投げてさっと袖机の下に軍靴をすべり込ませると何かを踏んだようだった。

「え?」

 突然足、尻にあった床が落ちる。古典的な落とし穴だったのだろうか。

「ちょ、父さん!」

「……」

 思わず声を上げると父はこちらを見ることなく、落ちていく勇介に手だけ、出撃のハンドサインを出した。

「……」

 手を伸ばして縁を掴もうとするがその手さえも滑って落ちていく。遠くなっていく光を見ながらどこかに頭を打ったらしい。後頭部の衝撃と共に勇介は意識を失ってしまっていた。

「やることなすこと極端だな、和」

 ひょこ、と唐崎が顔を出すと、和成は肩をすくめて呆れた目を送った。

「お前か」

「おう。ちょっと気になったことがあってね。ま、目的は果たされたわけだ。俺もそこから脱出していい?」

「……ああ。ここならばれない」

「俺もそう思ってたところだ。お前自ら教えに来てくれるとはな」

「俺とてお前を捕まえたくはない」

 同じように床を踏んで隠し扉というより、非常用の脱出扉を開けた和成に唐崎はにっと笑った。

「んじゃ、また」

「ああ」

 机の下に潜り込んではしごに手をかける。下から唐崎が見上げて最後に声をかけた。

「全部終わって生きてたら、息子さんと飲みに行こうかね、和」

「勝手に言ってろ」

 それ以上話す気がない、と言いたげに扉を閉められ、唐崎は笑ったまま鼻を鳴らしてするするとはしごを降りて、下の耐衝撃マットの上で気絶している勇介を見つけてその上に降りないように落ちる。

「おい、起きろー」

 無理やり活を入れるとはっとした様子で起きて手にある書類袋を見て勇介はほっとした顔をした。

「どうしたんだ?」

「父さんが俺に放り投げて……」

「中身は後だ。出るぞ」

「ここは?」

 暗闇をきょときょとと見回している勇介に唐崎は笑う。衝撃マットに散らばっている紙ごみからして、奴はここをゴミ箱として使ってたな、と笑いながら口を開く。

「将官以上に設けられる緊急脱出路だ。奴は、佐官だが時期に将官になるだろうからって預けられたんだろうな。ま、奴からしたら、ごみ箱だ」

 マットの上を歩くとかさかさと紙ごみが揺れる。ティッシュゴミがなかっただけましか、と心の中で呟きながら唐崎は迷いなく道に入っていく。

「大丈夫ですか?」

「ああ。こっちで間違いない。五島先輩の手先と合流して、んで本部に帰ることになるだろう」

 暗闇の中を歩きながらそういった唐崎に勇介は足を止めていた。

「どうした?」

「……どうして、唐崎さんは俺のサポートに?」

 一度聞きたいことだった。政治犯になる前から、ずっとこの人には世話になりっぱなしだった。いくら父が親友だからといえども、ここまで親切にしてくれるのはなぜだろうかと首をかしげると、彼は笑ったようだった。

「俺な、カミさん若いころに亡くしてんのよ。ちょうど、お前と同学年のがきが生まれるころだった。孕んでた。けど、軍に殺されたんだよ」

「え?」

 静かで重たい告白に、思わず言葉を失っていると、唐崎はそっとため息をついてきた道を眺めやった。

「別に、それに絶望して政治犯、なんてならなかったけどよ、……同時期に生まれたお前のこと、勝手だけどガキのように思ってる。それだけだよ。和もちょっと言葉足りないやつだからな、そこを補えるようになれればいいって思ってた。んだけど、兄貴の方は飛び出して、妹は吹っ飛ばされて、お前しかいなくなっちまった。和が守れないお前を、少しでも生存の道を。とも思ってるし、個人的に、お前らに組してた方がのさばってる無能どもを一掃しできると思ってね」

 現に、会社の会長社長課長など、元いた会社の上層部が一掃されていろいろやりやすくなった、と彼は笑った。

「しょせんは年寄りの自己満足さ。お前はやりたいことをやんな」

 ぽん、と勇介の頭を軽くたたくように撫でて、行くぞ、と背を押してきた。

 勇介は、面映くなりながらも、うなずいてそれに従う。それ以上は何も話さなかった。そして、出口に差し掛かって銃を抜いて見張りがいないことを確認して外に出ると、一台の車が待っていた。運転手はチイではない。

 銃を手にしながら近づくと、運転席に座っていたのは、東支部の反乱因子としてあげられていたギョウだった。

「どうしたんだ?」

「暇なら行けと五島に叩き出された。とっとと乗れ」

 ぶっきらぼうな言葉に小さく笑いながら勇介は唐崎を先に乗せて自分も乗る。

「久しぶりだな、お前、暁だろ?」

「お久しぶりです、先輩」

「お知り合いで?」

「ああ。部隊は違うが結構かわいがってやったな?」

「もう勘弁してください」

 楽しそうな唐崎と、心底いやそうなギョウの声のギャップに勇介は笑っていた。そして、唐崎を介してのコミュニケーションを楽しんだ後、五島の所に完了の報告をして、また、暇なときにと別れた。

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