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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
82/101

5-17

「いこ? たぶん、公園でボーとしてるから」

「……大丈夫かな?」

「いざとなったら全力で離脱できっから大丈夫だ。行って来い」

 レイはにっと笑って勇介を送り出す。後部座席から降りて美緒の隣を歩いて公園に入る。

 相変わらずの、平和な日常の風景に勇介は肩の力を抜いていた。

 池の畔を犬と散歩する老人、ジョギングというウォーキングにいそしむ中年女性の群れ。

 池にはカモが群れで泳ぎ、こいがゆったりと泳いでいる。

「変わらないな」

「……当たり前よ。あなたが変わりすぎただけ」

 そういう美緒に勇介は痛快に笑って歩き始めた。

「こっちだよね」

「あ、わかった?」

 栄吉がいる場所は、なんとなく覚えがある。小さいころにちょっとでも嫌なことがあったらあそこに逃げ込んでいた。おそらく、そこだろう。

 迷いなく歩いて勇介は、人気の少ない、池を囲む林の奥にあるベンチに一人、腕をつった青年が座っていた。

「美緒は栄ちゃんに会いに?」

「うん。……一人にしてたら、死んじゃいそうで」

 遠目に見える彼に、その言葉はもっともだとうなずいた。どこまで追い詰めたんだろうか。

「勇介」

「美緒は、俺が政治犯になった経緯って知ってる?」

「かん口令が出てるって教えてくれなかった」

「かん口令?」

「そう、お父さんが出してるんだって」

「……身内の恥を」

「いや、とても表に言えるようなことじゃないって辛そうだった。なにしたの? あんた」

 大きな目が怪しげに細められる。勇介はかん口令ならば言わなくていいだろうな、と無視して栄吉に近づこうとした。

「待って」

 ぐっと強く手首をつかまれ、引き留められる。

「なんだ?」

「教えて。あんたは、なにをして、栄ちゃん追いつめたの?」

「……」

 目を閉じて、勇介はため息をついた。そして、ありのままを言おうと、口を開いて、とりあえず掴まれた腕を振り払った。

「勇介?」

 学生時代いじめられっ子だった勇介がそんなことをするなんて考えていなかったのだろう。驚きで大きな目がこぼれそうだ。

「勤めていた会社の辞令で、レジスタンスに潜入し、国軍に発見され、その兵士を射殺。そして、逃亡した。それだけだ」

「……辞令で潜入?」

「そう。……わかってたさ。事実上の追い出し部屋の扱い、リストラ予備軍だったのは。……言うならば、俺は、企業の策略で政治犯に成り下がったただのバカ、だな」

 自嘲気味に言うと、美緒は勇介をじっと見つめていた。

「それだけのために?」

「ああ。復讐なんて考えてないけど、腹は立つよね」

「……」

 黙り込んだ美緒に勇介は首を傾げた。

「大佐、一人、殺した」

「え?」

「大佐、直接、ひとり、企業の社長、認定企業で拘束された社長を、死刑判決待たないでやったよ。最近。……しなびたよぼよぼの爺だったけど」

「公表名は?」

「……佐野又、なんとか」

 その苗字に勇介の表情が引きつった。

「オヤジが、あの爺を?」

「うん。……栄ちゃんがちかくにいたらしいけど、かなり機嫌悪そうだったって。胸糞悪いずっといってたって」

「……」

 要は、父がかたき討ちをしてくれていたわけだ。どういう意味なのか、さっぱり分からない。

「……覚えていて、お父さん、そういうこと、したみたいだから」

 とぎれとぎれの言葉に勇介は、とりあえず、それはおいておこうとため息をついた。切り替えて栄吉を見る。ずいぶんここにいるのに気付いていないようだった。

「いこうか」

「うん」

 美緒を隣に勇介は歩いていく。なるべく足音はいつも通りに。高鳴る胸にため息をついて落ち着かせて彼の隣に立つ。

「栄ちゃん」

 静かに呼びかけると、はっとしたように顔を上げて、勇介の顔を見るや否や目を見開いて立ち上がった。

「ゆう、すけ?」

「暇だから、街に来てみたら、美緒と会ったんだ。……そしたら、栄ちゃんがここにいるって」

「……何の用だよ」

「顔見に来た。腕はちゃんとつながったみたいだね」

「……おかげさまでな」

「……俺も、ようやく前線に復帰できるようになった。胸の傷も完璧にふさがった」

「……それは残念だ」

「……」

 ぎくしゃくした会話に、勇介はため息をついてどうしようかと目を伏せる。

「栄ちゃん、今は任務ないんだよ?」

「……」

 顔をこわばらせた栄吉に勇介はくすっと笑った。

「なんだよ」

「いや? 相変わらず頑固だね」

 笑った勇介に栄吉がむっとした顔をして半眼でにらみつけてきた。

「栄ちゃんはさ、俺のこと恨んでる?」

 その視線を受け止めて勇介は首を傾げた。

「……当たり前だろう」

「そうだね。やりすぎた」

「じゃあ!」

「でも栄ちゃん、俺のこと、半殺しにしてくれたよね? いくら手元がぶれたと言えども、しっかり胸を狙ってくれて」

 う、と言葉に詰まって黙り込んだ栄吉に勇介はため息をついた。

「逆恨みするほどの人間だったの? 栄ちゃんは。俺は、復讐のためにナイフをふるったわけじゃないよ。復讐だったら、もう栄ちゃん、ここにいないからね」

 あの時、判断をしたのだった。無力化するのが目的で個人的な感情は外に置いたのだった。その結果がこれだ。仮に、左手が無事でも、左手で照準を合わせて引き金を引くことも可能だ。栄吉はそれをするような男だ。

「……」

「俺は元気だよ。元気になったよ。栄ちゃんもリハビリすればいいじゃん」

「簡単に言うなよ!」

「俺は、右の肺の一部を切り取ったよ? それの肺活量の訓練とか、なまった体を元に戻すトレーニングとか、いろいろしたよ?」

「右の肺の一部って」

「栄ちゃんに狙撃されて右胸に貫通銃創。挫滅とかがひどくて、上葉を取ったってこっちの医務が言っていた」

 本当は全部温存の方向で生きたかったんですけどね、と煙草をくわえていった五島が思い出される。それは、五島と自分とヨウぐらいしか知らないだろう。

「それで、お前は?」

「もう任務に復帰してる。まあ、大したことはしてないけど、クロートーの通常業務、だね」

「……パトロールの妨害か」

「小突きまわしてるって言ってるけど」

「うっとおしいからな」

 吐き捨てるように言った栄吉に勇介はふふんと鼻で笑って肩をすくめた。

「そういや、うちの隊員がトムと●ェリー言っててね、吹き出しそうになったわ」

「トムと……ああ、あのネズミとネコか」

「夢のない言い方しない!」

 びし、と突っ込む美緒に勇介はふっと笑っていた。吹き出した勇介に美緒がくすりと笑いだして、ついには栄吉もつられて笑い出していた。

「なんか、学校にいるみたい」

「しょっちゅうこういう言い合いしてたっけね」

「だいたいお前が細かいんだろ」

「栄ちゃんがひどい言い方するんでしょー!」

 という言い合いもいつも通り。学生時代の日常。まるで、あのころに戻ったようだった。

「勇介」

「なに? 栄ちゃん」

「前で待ってろ。必ずとっ捕まえてやる」

 その言葉に勇介は笑った。

「栄ちゃん、本当に俺を殺せる?」

 一歩近づいて、勇介は無事な方の手に触れた。

「……っ」

「考えて。俺は、ここにいるから」

 静かに栄吉の目を見て、勇介は首を傾げた。

「……っ」

 迷いがその瞳に見て取れたのに満足して勇介は手を放して、美緒に目を向けた。

「じゃあ、そろそろ、行くわ」

「うん、そうだね。そろそろ、夜のパトロールが始まる。行きな」

「うん。じゃあ、また、会えるかな?」

「会えるんじゃない?」

 投げやりな美緒の言葉に勇介は笑って、片手を振って走り始めた。そして、手短な塀を上って外に出ると、レイが車で近くまで来た。

「助手席のってー」

「はーい」

 レイが手馴れた様子で探知機で発信機のたぐいを探す。反応はなし。満足したようにレイは車を発進させた。

「どうだった?」

「いい感じにほぐれましたね」

 笑って言うとレイは満足げにうなずいた。

「ユイや五島にその表情見せてみろ、目元細くするぞ」

「なんで?」

「いいガキのツラになりやがった。ガキはガキらしく余裕のないツラなんてすんじゃないよ」

 ノリノリで無線と音楽をかけ始めたレイに首を傾げて勇介は窓の外に目を向けた。

 日はもうすぐ暮れる――。

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