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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
81/101

5-16

 そして、車庫に入ると、どこかほっとした雰囲気が全員を取り巻いていた。

「みんな無事だな?」

 全員が降りて、顔を見回して勇介は穏やかに言った。その声にか、驚いたような顔を見せた。

「ユウ?」

「それならいいんだ。あんまり勝手な行動して、みんなに心配かけるなよ」

 それだけを言って勇介は片手を上げて居住棟へ先に行った。

「ユウ!」

 いち早く立ち直ったらしいレイが追いかけてくる。それに振り返って、並ぶのを待ち歩きはじめる。

「どうしたんだ?」

「何が?」

「てっきり俺はどなると思ったんだが?」

「……そんなに俺は暇じゃない。まあ、あんなの怒鳴っても意味がないだろうからな」

「そうだが、あいつら……」

「一応、俺の隊であり、俺の隊員であるわけだからさ」

 そんな感じを持っていなかったが、いざというとき、そういうふうに思ったんだ、と続けていうと、レイは驚いた顔を向けてきた。

「お前……」

「まあ、兄さんだったらどなってたんだろうな。だから、面食らったのかな?」

「それもあるし、奴らはどなられるのが慣れてる節があるからな」

「……ブラックだからか」

「ああ」

 こつこつと足音を響かせながら廊下を行く。

「七人死んだって言ってたが、遺体の回収は?」

「まだだだ。軍に回収されるかもしれないが……」

「パトロールのすきを見て遺体があったら回収して墓地に。俺はしばらく忙しくなると思う」

「また何か面倒事押し付けられたのか?」

「いや、こればかりは自分で拾ってきた」

「え?」

 首を傾げた彼に勇介は一歩先を行ってにやっと笑った。

「オヤジのオフィスに侵入」

「え?」

「そして、書類を撮影して帰ってこなきゃならない。今から暇そうだったら、家に一度戻って親父の筆跡鑑定できるような書類、まあ、日記帳が邪魔だからって持たされた覚えがあるからそれひっくり返してみるが……」

「俺も行っていい?」

「……五島さんにどやされるから逃げるだけだろ」

「逃げ場所にさせてくれ」

「……しゃあないな」

 ため息交じりに言って、一度部屋に戻って、戦闘服から私服に着替えてなるべく目立たないような装備に切り替える。走って車に乗りこんでさっさと出してもらう。

「お前、運転しないのか?」

「ずっとペーパー」

「ハンドルは預けらんねえな」

 一応無線を入れて、軍のパトロール隊の情報を確認しながら、街に入る。

「で? どこ?」

「七番街の三の二十」

「……ああ、俺の実家の近くか」

「実家あるのか?」

「いや、もう更地だ。俺が出ていって、おふくろと親父が村八分にあって田舎に帰った」

「ありがちだな」

「ああ。申し訳ないとは思ったが、あっちで銃弾が飛び交わないところで暮らしているんだと思ったら、まあ、ましだろうなと」

「……ああ」

 流れる懐かしい景色に勇介は目を細めた。

「ここ」

「ん。じゃあ、どっか車近くに止めとくから、行って来い」

「ああ」

 勇介はその言葉に甘えて助手席から外に出て久しぶりのアパートに入った。

 きいと音を立てて開いた扉と共に、むっとする生ごみの匂いが立ち込めてきて思わず顔をしかめた。

 そして、息を止めてキッチンを抜けて居間に入ってとりあえず扉を閉め、持ってきたサーチライトを咥えてかざし、荷物を漁る。開く必要のない実家のごみは開かないで取っておいたのだった。

 三個めを開けたところで、ようやくお目当ての父の日記帳が出てきて、パラパラとめくる。大佐という肩書が似合うような重厚な革の日記帳だった。

 それがびっしり段ボールに入っている。念のため、ほかの段ボール全部を開けて確認して、二つの段ボールに同じように入っているのを見て顔をしかめた。

「メモ魔か、親父は」

 ほかに持っていくものがないか、と部屋を見回して、カメラマン時代に使っていたパソコンとACアダプター、それと頼まれていたネガを段ボールに入れてから、口を閉めて三個重ねて持ち上げて外に出る。

 とりあえず鍵を閉め、下に降りる。

「勇介?」

 その声にびくと体をすくませる。逃げるべきか、否か。

「警戒しないで。あたしはどうこうしようとは思わない」

 次に聞こえたのは抑えられた、懐かしい声。段ボールを階段に置いて前を見ると、そこに立っていたのは私服姿の、女性が立っていた。

「美緒」

「久しぶり。元気そうね」

「……うん。まあ、いろいろあってね」

「そうだろうね。……栄ちゃんのこと聞いた?」

「……ああ。俺がやった」

「知ってる。あいつも結構しょんぼりしてたよ」

「……」

 ちらりと車に目を向けると、レイはどうするべきか迷っているようだった。

「お仲間と一緒にお出かけだったの?」

「まあ、所用があったから」

「あんたがそんな言い方するの似合わないよ」

「……硬くなるにきまってるだろ。俺は、逃亡犯でお前は……」

「いいの。あたしは今日は休みだから」

「いいんだか」

 肩をすくめてどうしようかと、目を向ける。レイは車から出てきて、こちらに向かってきている。

「あら、イケメン」

 その言葉になんとも言えずに、勇介はあきれ交じりの視線を美緒に送ってレイを見る。

「友達か?」

「非番だから今日は見逃してくれるって」

「……ほう? まあいい、お嬢さん、ここでは少し目立ってしまうから、すこし離れた場所にいかないか? ……ここらなら、七つ池の公園はどうだ?」

「いいわ。行きましょう」

 レイが降りてきた車に向かって歩き始めた美緒を見送って、勇介は段ボール三箱を持ち上げて、レイに上のひと箱を持たせてそのあとについて行く。そして、おとなしく車に入って揺られ始めた彼女に、あきれていた。

「誘拐されるとか思わないの?」

「大丈夫でしょ。国軍とか、そういう関係者なら体内に発信機を仕込んでいてもおかしくない。そんなリスクは負わないでしょう?」

「ご明察。聡い子だね」

 にこりと笑うレイに美緒がどもる。それを見ながら勇介はそっぽを向いた。

「あ、栄ちゃんね、今休職して散歩してるかもしれない」

「……」

 その言葉に勇介の表情がこわばった。

「そんなに怯えなくていいじゃない。栄ちゃんだって……」

「美緒、外に出るのはなしだ。栄ちゃんには会いたくはない」

「ちょ、そこまでする必要ないでしょ? 栄ちゃんだって無線機持ってないから。……それに、休職、だけど、退職までの猶予期間で、軽く無気力になってるのよ。とってもあんたをとっ捕まえようなんて思わないわ。それより、元気そうな顔を見せてやって? ……ずっと、あんたを撃ったこと気に病んでるみたいだから」

「……気に病むぐらいなら!」

「あいつは命令だからって聞かないのよ」

「……」

 その言葉に、勇介はその言葉を忘れていたように、はっとした顔をして、ふっと力が抜けたように笑った。

「変わんねえな」

 ポツリとつぶやいてシートにもたれかかった。

「頑固でしょ?」

「うん」

 それ以上言う言葉を見つけられずに、勇介は目を閉じた。

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