5-13
「また来たのか。クロートーの」
小さく扉が開けられて取次役が顔をのぞかせてミヤビを見た途端、顔をしかめた。
「あなた方の協力が取り付けられるまで、何度でもうかがうつもりです。今日こそはお話を」
「帰れ帰れ。リーダーがお前らの話を聞くわけねえだろ。何度言ったら済むんだ?」
「……」
ミヤビが何か言おうとするのを勇介は片手で制してうなずきかける。
「お話、横からすいません。私は、クロートーのユウ。本日はこのミヤビの護衛としてついてきました」
「下っ端が何の用だ?」
ぎろりと音がしそうなほど強くにらんだ、細面で目つきがかなり悪い男に勇介は目元を緩ませた。
「下っ端で構いません。一つ、質問をよろしいでしょうか?」
にこりと笑って首をかしげると、勇介の異様な雰囲気に門番は顔をひきつらせた。友好的な表情をしながらも、どこか殺気じみた何かがにじみ出ている。ミヤビでさえも少し引いている。
「なんだ?」
「どうすれば、私どもの話を聞いてもらえますか? どうすれば、あなた方の信頼を得られましょうか? 私が聞くに、あなた方と、我々の対立点は、二年前の爆破テロと世間に周知されている国軍の作戦とのことでしたが……?」
押し問答になりそうなところを横から槍を入れて逸らしてやる。
「確かにそうだ。お前らがハメたんだろう」
「それを証明できれば、話を聞いてもらえますか?」
「……それは」
思わず口ごもった彼に、勇介は畳みかけた。
「確認してきてもらって構いませんよ」
にこりと笑った勇介に門番は中に入っていった。
「どうするつもり?」
「任務の証明は報告書で行います。筆跡の鑑定ができるように長澤大佐の手書きの何かを用意する必要がありますが、まあ、それは大丈夫でしょう」
「誰がやるのよ」
「俺がやりますよ。言いだしっぺだし」
父の執務室に入るのは面倒だが、中で動いている諜報の力を借りればできないことはないのでは、と思ったのだった。
「どうやって入るのよ」
「変装、と、人がいない時間帯を狙います。あと、できれば内部諜報の方に少しだけ協力をいただければできます」
一人でやるのは少し酷だろうが、まあ仕方ないだろう。
「ユイさん、アタエさん、レイさんの手は借りれませんよね?」
「当たり前よ。密偵まがいのことさせるならユイしか適任はいないわ。それも、ユイはここ最近ずっとあっち行ったりこっち行ったりで忙しいんだから。でも、軍内に潜入するというのであれば、ユイ、諜報部主任として話を通しておかないといけない」
「……面倒なこと言いやがってって怒りますかね」
「確実にね」
ぼそ、と言ったミヤビに勇介は苦笑して肩をすくめた。
「話しとおしておいてくれるだけで構いませんよ。長澤大佐の肉筆の入手はあてがありますから」
「どこから?」
「企業秘密です」
にっこり笑顔で言うと、ミヤビが脇腹を小突いてきた。ピクリと体をそらしてよけると、タイミングよく扉が開いた。
「本当に軍の奴らがやったのか否か、それが確認できてお前らが信用に値すると判断できれば、話は聞いてやるということだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「つかぬことを聞くが、どうやって確認するつもりだ?」
「簡単です。軍にもぐって、大佐の引き出しから任務報告書の写しの写真を撮ってきます。あちらにばれて、規制がきつくなるなんて嫌ですからね。その写真と、長澤大佐の筆跡鑑定用のサンプルをいくつかとってきます」
「簡単に言うな」
「サンプルを持ってくるのは簡単ですから。……軍にもぐるのが一番大変ですね」
「知り合いでもいるのか? 長澤家に」
鋭い一言に笑みだけ返して首を傾げる。それだけで何かピンときたようだった。
「そういうことか」
「ええ。黙っててくださいね? 俺はまだ明かしてませんから」
「……とんでもねえのがきたな。勇介」
「お久しぶりです、そして、また会いましょう」
兄の幼馴染だった門番の彼に笑顔で切り返してミヤビの背に手を回す。意外と兄は知り合いが多いのだ。
「ちょ、ユウ!」
「いいんです。俺に丸投げしてください。これは俺にしかできないことだ」
いつになく強い口調でいう彼にミヤビが驚いた顔をする。
「とりあえず、ユイさんに話を通しておきます。うまくやりますから」
「でも、危険すぎる!」
「危険を冒すものが勝利する。というでしょう。これぐらいの危険で組織として協力体制が築けるのであれば、安いものです。失敗しても、実働する俺がなにも吐かなければ、俺一人の命で終わります。……カメラは、最新鋭のデジタルカメラを使い、軽量ノートパソコンでインターネット上にアップロード、そして、メールで送信します。その間のインターネット接続は、俺が記者時代に使っていたアカウントを使って……」
「どういうこと?」
「ブラックだから、際物ばかり扱ってきたんですよ? 軍の検閲が入らないようにネットも細工してあるにきまってるでしょう? それを使って……。だめなら、スマホで送信します。これは、最終手段ですけど」
こっちはサイバーに引っかかる可能性がありますからね、とつぶやいて車に戻る。
「どうだった? だめか?」
「ちょっと交換条件してきました。五島さんにはどやされるでしょうけど」
「どやされる?」
首を傾げたチイに勇介は先ほどの話を説明しなおした。運転しながら、見る間もなく変わっていく表情に勇介は素直にまずいことを言ったらしいと悟った。
「ガチで言ってるのか? それ」
「ええ。そうですよ?」
「身がいくつあっても足りねえだろ。だって、あの長澤和成だぞ?」
「執務室まで潜入できればそれだけでいいんですよ。執務室まで入ったら、大事にしなければならなくなる。……部下の居場所がいなくなると脅せばどうにかなるでしょう」
「だがな。公平さを売りにしている……」
「部下の居場所をなくしてまで自分の信念を貫く人だと思いますか? 自分の手には連隊全員の運命が握られていると考えたら、下手なことはできないと思いますよ。……家族より大事な部下ですから」
自嘲ぎみに言うとチイは困ったように眉を寄せてため息をついた。
「それはイサムが言っていたことか?」
「? まあ、そうですね」
自分でもそう思っているし、兄も言っていたからそういって構わないなと判断してうなずく。




