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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
77/101

5-12

「お待たせしました」

「忙しいところごめんな。坊主。最近東の連中とやりあってるっていうじゃねえか。大丈夫か?」

「ええ。さっきも一本切り落としてきましたから」

「何を?」

「腕」

 ミヤビが乗りこむのを見ながら表情を変えずにつぶやいた。

「お前、なんで」

「後ろからナイフを差してこようとして、回避も間に合わないから落としちゃいました。……それぐらい、あっちの敵意は強いですね」

「……」

 その言葉に難しい顔をした、たしか、チイ、だったか、はため息をついて勇介を助手席、自分は運転席に座った。

「出るぞー」

「おう」

 声がけと共にアクセルをふかし、発進する。

「人手が足りなかったんです?」

「いや、単純な頭数は足りてる。若いのにも経験させてもいいだろうっていう五島の采配だな。ミヤビを支える人間を増やしてもいいだろうって」

「俺がミヤビさんを支えられると?」

「五島がそう判断したんだろ。お前の頭のよさとか俺は知らんよ。年もそんな変わらないだろうから、同世代の相談役としてと思ったんだろう。同世代っつったら、あと、東にちょろっといるぐらいで……」

「脱走自体減っている?」

「いや? 脱走は増えているが、俺たちまでたどり着く気骨のある奴が少なくなっている。……兵士の弱体化だな。単純に言うと」

「……」

 勇介は自分の時代はどうだったかと考え始めた。兄が脱走するまでは、確かに多かった。仕留めきれなかったという声も聞こえた。

「仕留めやすいように、若い兵士の教育を少しずつ抜いて、兵士に登用してから訓練する、という方針に代わっている?」

「そういうことだな。まあ、お前ら世代、二十代の兵士は確かに強い。だが、それ以下、そうだな、実戦経験三年未満のガキはくそ弱い。四年以上になると、そこそこだ」

「……俺は、普通に言っていれば、四年ですね。四年で少佐になるやつもいましたし」

「四年で少佐? イサム以来の出世じゃねえか?」

「に、あ、イサムさんの時代は、登用条件が厳しかったんですけど、俺たちの時代から、多分、上官が足りなくなって、ゆるくなったんです。四年、三年前って、このクロートーが猛威を振るっていた時期じゃないですか?」

「……ああ、そういえばそうだな。敵拠点潰しまくってたわ。そのせいか」

「ええ」

 乾いた景色の中、左右に視線を滑らせながら勇介は肩をすくめた。

「だから、全体的に弱くなっているかもしれませんね」

「……そうだな。そういえば、お前、いくつなんだ?」

「え? ああ、二十歳です」

「二十歳か、ミヤビは二つ上だな」

 二つ上か、と思いつつ、兄は年下に恋をしたのか、と心の中で呟く。笑いごとだ。

「なんだ? うれしいのか?」

「いや、見ればわかりますよ。イサムさん、妹さんいたのに、年下と付き合ってたなんて……」

「まあ、ミヤビがミヤビだからな、年下と感じさせない風格だし」

「確かに……」

 と言いたい放題言っているとごん、と後ろからシートを殴られた。ばっちり聞かれていたらしい。

「にしても妹いたってよく知ってるな?」

「まあ、軍内じゃかん口令出てますからね。父親自らレジスタンス一層のために犠牲になったという、ね」

「ああ、それだが、軍がやったっていう証拠がないからそれが、俺たち、クロートーと、ヴィアの対立点になってる」

「……どういうことです?」

「実はな、まあ、確かに、あそこにはクロートーとヴィアの隊員が合同で任務があったんだ。だが、ああなって、奴らが、俺たちがハメたって喚いてきてね。奴らの人数が多かったのが災いしたんだが」

「……そんなところで何を?」

 それのおかげで妹が死んで兄が家を出た。そう考えると、この事件が家庭を壊したのか、と他人事のような感覚を持っていた。

「チラシ配り。と、歩いている軍人の数を数えて攻略の資料に。でも、それがばれてたんだよな。二年前だろ、ヨシはそこからだったのか……?」

「……それは、どうでしょうか。イサムさんのことがあったからより強い楔を求めて国軍に走ったと言っていましたが?」

「本当か? それ」

「ええ。一応、あの人の最期に立ち会ったわけですから、俺も」

「ああ、そうか、お前が狙撃したんだっけな」

「ええ。……最期、俺が狙っているって、とどめ差すときに、ミヤビさん突き飛ばしたんです。ヨシさん」

「え?」

 思わず前から目を放してこっちを見たチイに勇介は目を合わさずに下を見た。

「巻き添え喰らわないように、だと思うんですけど、前に突き飛ばして、正面にいたユイさんが受け止めて……」

「……つまり、ヨシがミヤビを?」

「……自分が死んだらミヤビさんが死んでも意味がない、と考えただけかもしれないんですけどね」

 思い出すのは、最期の言葉。焦りすぎた、とはどういうことだろうか。目を伏せた勇介にチイがどうしたと首を傾げた。肩をすくめて返してちらりと後ろを見る。ミヤビは膝を抱えてうつむいていた。

「ヴィアと、なにを交渉してるんですか?」

「交渉か、それ以前で足止め食らってるんだ」

「門前払い?」

「ああ。仲間をハメて殺した連中の話は聞けないと」

「……頑固な奴らですね。何回出向いたんです?」

「今日で六回目だ。五回目もそれをくらった」

「……」

 発展しないやつらだな、と心の中で呟いてため息をついた。

「どうしたら話を聞いてもらえるか、は?」

「その提示がないんだ」

「聞いてみては?」

「……それしかないよな?」

「おそらく」

 ミヤビを見やって、チイはため息をついた。

「そろそろだ」

 旧市街地区に入って、巡回中の国軍の車をよけて建物に近づく。

「ミヤビ、着いたぞ」

「うん」

 すくっと立ちあがったミヤビが外に出る。チイを見ると、チイは勇介に向かって頷きかけた。

「聞いてきてくれ」

 勇介はうなずき返して車を出てミヤビの傍らについた。

「……」

 黙ったままミヤビが建物に近づいて扉をノックする。

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