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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
76/101

5-11

 ギャラリーに呼び掛けると複数の手が上がった。

「全員出てこい」

 面倒だから全員ギャラリーに突っ込んでおこうかと、出てきた顔ぶれを見据える。どれも性格悪そうだ。

「一人ずつ、出てきな。相手する」

 静かに呟いて、背を向ける。その瞬間だった。

「ユウ!」

 アタエのあせった声に振り返るとナイフを振りかぶった男が一人踏み込んでいた。この状況下でよけることは不可能。思わず自分のナイフに手が伸びて逆手にふりあげてた。

 肉を断ち骨を断つ感触。

「あ……」

 間抜けた声にぼとりと落ちるナイフを握りしめた手。

「……だまし討ちが好みか?」

 アタエが慌てた様子で駆け寄ってくるのを制して外に出るように手で合図する。いくら死なないとしても、早急に手当てをしなければまずいだろう。察したアタエが走り出した。ヨウを呼ぶのだろう。五島でも呼ばれたまずいだろう。

「悪いが、俺は暗殺の方が得意だ。これぐらいで……、しかもナイフを使っての制圧力はそれなりの覚悟をしてもらおうか」

 貧血で膝をついた彼に、勇介はナイフをちらつかせながらいうと、腰にある小さなバッグから止血帯を取り出して切り落とした傷口に巻き付ける。

「殺すつもりでやったんじゃないからな。不意を狙うお前が悪い」

 ためらいなくできたのに自分でも驚きだった。

「次、こんなことしやがったら殺すからな」

 血にぬれたナイフで顎を擦ってやると、恐怖と痛みにこわばった顔でこちらを見てきた。

「わかったな」

 自分の声は、まぎれもなく、指令を言う父そのもので、吐き気すら覚えた。自分も父を嫌っていたわけか、と思いつつ、ナイフをしまって往診カバンをもって走ってきたヨウとあきれた様子の五島が来た。アタエを軽くにらむと顔を苦笑させてごめんと両手を合わせてきた。

「すいません、やりすぎました」

「……なにされたの?」

「後ろからナイフを刺されそうに。とっさに切り落としました」

「……」

 そりゃそっちが悪いと言わんばかりの視線を送った五島に勇介は肩をすくめてギャラリーを振り返る。

「これぐらいならば死なないわ。きれいに落としてくれたから接合も簡単でしょう。全治一か月とちょっとかな。リハビリは少しかかるけど」

「自業自得には私は腕を振るいませんよ。ヨウ、頼みます」

「ちょ、五島さんが神経接合しなきゃ無理よ? これ」

「なんでバカの神経接合しなきゃならないんです? 私はそこまで暇じゃありません。バカは自力で治してくださいね」

 そういって五島は戻っていく。ヨウはため息をついて、貧血でふらふらしている隊員をアタエに担がせて、血だまりを掃除してから出ていった。

「お前、どこの部隊出身だ?」

「……」

 不意に上がった質問に勇介はため息をついた。これはあまり言いたくはない。だが、これ以上隠すのもフェアじゃないだろう。

「長澤部隊」

 そう。勇介は、父の部隊に配属されたのだった。えこひいきを恐れた、というより嫌った父が、特務に左遷してくれて、それから秋谷部隊の兄がいなくなって、折檻を受けていたところを父に見つかり、やめさせてくれた。こういう時の父の行動は早いと評判だった。そして、おせっかいにも再就職先をもみつけてきて押し付けてきたが、結局は手元で管理をしたかったのかもしれないなと自嘲した。

「長澤部隊だと?」

「逃げてきたんじゃありませんけどね。……長澤部隊を除隊してもらって、それから平のカメラマンをやってました。ま、そこからここに来たって感じですけど」

「……」

 舌打ちしたのは父の部隊の強さを知っているからか。父の部隊は特に制圧力に富んだ部隊だった。そういえば、三ツ村、青野、矢野頭のブラック企業連中と父の部隊の折り合いが元からよくなかったと思い出して苦笑した。ここまで引きずっているのか。

「あんたらは、実力主義だろ? ああ、違うか、隊長でも年長じゃなかったらへこへこしなきゃならないのか。面倒だな。対して強くないやつになんでへこへこしなきゃならないんだよ。たりいな」

 ぺらぺらとしゃべっていると何人かがこぶしを握った。襲い掛かってくるのは三人ほどだろう。分析しながら首を傾げて笑う。

「不服なら来いよ。相手してやる」

 その言葉に、案の定襲い掛かってきた。それぞれの拳をよけて順番に顔、胸、腹に一発入れて黙らせる。

「だが、こうやって丹念に一つずつつぶしてやる」

 にやっと笑ってあたりを見回す。その顔に誰もが一歩後ずさっていた。口の端を吊り上げただけの顔は思いのほか凄絶な笑みとなっていた。

「やりたいのはもういないか? ならば、とりあえず、俺の言うことは聞いてもらおうか。任務の間だけでいい。……私生活で追っかけて襲い掛かるのであれば、たとえ誰か近くにいた状態でそうなっても、ぶっとばしてやるからな」

 じゃあ、俺はそう暇じゃないからと踵を返して部屋に戻る。部屋ではユイが楽しそうにこちらを見て笑った。

「またひと悶着か?」

「ひと悶着どころじゃない。一匹腕切り落としてやった」

 不機嫌な口調そのままいうとユイはふんと鼻で笑って肩をすくめた。

「いいじゃねえか。それで五島は不機嫌か」

「え?」

「さっきこっちに八つ当たりしに来たぜ。そのせいで俺にひと仕事増えた。どうしてくれる」

「しらねーよ、んなの連中に言え」

 いらいらとそういうとユイはわざとらしく顔をしかめて肩をすくめた。

「まあ、まだ突っかかってくるだけましだな」

「存在の無視よりましだが、これが毎日だと……」

「本来の任務に差し支える、か」

 ふっとため息をついてイライラを鎮める。ふっと緩んだ雰囲気にユイがにやっと笑った。

「……昨日のあれもそうでしたが、俺たちがやるべきことは多いんじゃないんですか? あんな地味な諜報活動だけじゃなくて、もっと展開して、国軍小突くぐらいは……」

「ゆくゆくはな。だが、あれだけの対立因子を含んでの行動はお前が死にかねない。形が見えてから、でかい行動になる。それまではああいう小さい任務を重ねてもらうぐらいしかない。メンバーも適宜入れ替えて、コミュニケーションをとるようにして」

「……了解」

 よろしく頼むよ、とユイが勇介の頭を軽くたたいて部屋の外に出ていった。

「……」

 その背を見送ってため息をついた勇介はベッドに腰掛けて手袋に包まれた両手を見た。

「ユウ」

 しばらくたって、静かな呼び声に顔を上げるとメガネを取った五島が立っていた。

「ちょっとミヤビの警護として出てもらえるか? 俺は、東にお灸を据えに行く」

「ミヤビさんの? どこかに?」

「ヴィアに行く。先ぶれとしてユイが行った」

「……了解しました。東の連中よろしくお願いします」

 頭を下げて、装備を整えてから部屋を出ていく。車庫に行くとミヤビと、数名の五島の直属と言っていた隊員が待っていた。

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