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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
75/101

5-10

「くそ、頭いてえー」

 呻くユイにケロッとしている勇介はベッドに胡坐をかいてユイを振り返った。

「兄さんがうわばみだったの見てたらわかると思ったんですけど?」

「忘れてた。そういや、アタエと飲み比べして二人ともべろべろになったことがあった」

「アタエさんと?」

「ああ。アタエも相当強い、っつーかあの立派な体格だからな。俺らはそこそこ。まあ、今度飲み比べなんてことしたらミヤビとヨウ姐のきっついお灸待ってるだろうからやらない方がいいだろうが」

「……兄さんは受けたわけですね」

「ああ。特にミヤビから、ちょうど、ミヤビが食堂のおばちゃん見習いに入っていた時だったから、食堂に入った時を見計らって肉を焼きはじめたり、回鍋肉を作り始めたり……」

「すげえ嫌がらせ」

「さすがにイサムも顔色悪くして便所に駆け込んでいたっけ。アタエは、お酒早く抜いてあげるってお注射の嵐だったって薬中みたいな腕して帰ってきたな」

「……」

 青ざめる勇介にユイはにかっと笑って気をつけろよと言った。その言葉にひきつり笑いを浮かべながらこくこくとうなずいて、ふと時計を見て立ち上がった。

「どうした?」

「とりあえず、バカどもの様子見てみます。だれてるようならケツひっぱたいて。使えそうなやつは適宜目をかけてみます」

「それがいいな。まだまともな連中がいたとは思わなかったから」

「たぶん、そういう認識を互いにしてきているだけだと思います。だから、そこの誤解をおれが解いてやれば、どうにかまとまるんじゃないでしょうか」

「そりゃ、そうだな」

 笑ったユイに勇介は肩をすくめて部屋の外に出た。

「待ち伏せか?」

 扉を閉めて中に聞こえないように小さな声で呟く。外にレイが腕を組んで待っていた。

「ちょっとまずいぞ」

「何が?」

「昨日、あいつらから所属部隊の話は聞いただろ?」

「ああ。それがどうした?」

「その一派三ツ村の連中がちょっと騒いでる」

「本部がらみ?」

「ヨウとアタエに突っかかってる」

「……暇考えろよ、あのバカども」

 そう呟いてがやがやと聞こえる方向に走っていく。追いかけるレイが訂正しないということはあっているということだ。

「いい加減にしねえか!」

「そっちこそいい加減にしろ、ガキが俺らの上に立つなんざなに考えてるんだてめえらは!」

「やったのは五島だっつってんだろ。五島に直接文句言えねえくせに俺たちに八つ当たりしてんじゃねえよ!」

 早くも怒鳴りあいだ。しかも自分に関してだ。

 しばらく怒鳴り合いしている様を眺め、そして、頃を見計らって近くの壁を殴りつける。

「文句は直接俺に言えよ、アタエやヨウは関係ないだろ」

 抑えた声で言うと、どなり合いがぴたりととまった。

「退け」

 アタエとヨウを囲むようにしていたのだろう。男垣を割って二人を背にしてアタエと顔を突きつけあっていた一人と正対する。体格は一回り違うだろう。

「俺に文句があるなら直接言え。言えずに適当な連中に因縁つけるぐらいならいうんじゃねえよ。玉ついてんのか? お前」

 アタエとヨウを逃がそうと左手で下がるように示すと、レイが中に入ってヨウが回収された。

「アタエ」

「バカ、あおってんじゃねえよ」

「俺が負けると?」

 小さく振り返って首をかしげて見せると、アタエが驚いた顔をして勇介を見た。それに小さく微笑んで見せて、すぐに表情を引き締めてわなわなと震えている男を見据える。

「てめえ、今なんつった?」

「だから、本人に文句も言えない玉無し野郎なのかっつってんだよ。なんだ? 女の子の日とかあったりするのか? その図体で」

 笑ってみせるとこぶしが飛んできた。さっとよけてアタエに当たりそうなその拳の軌道をずらして柱の角に骨が当たるように逸らす。アタエは顔をひきつらせている。

 ぱきりと乾いた音が聞こえた。

「てめえ、男なら正々堂々……」

「後ろに人がいる状態で正面狙ってくる女々しい奴に言われたくはないな。今から相手してやってもいいぞ。玉無し」

「てめえ。受けて立つぞ」

「おう来い来い。やってやる」

 挑発するように指を曲げて笑う。

「アタエ、スパールームは?」

「……たぶん空いてるんじゃないか? この時間帯体動かす奴なんていないだろ」

「じゃあ移動だ。……俺が負けたら五島に直接おろしてもらうように言ってやるよ。玉無しども」

 早くも挑発する勇介に、アタエは首をかしげていた。

「どうした、大丈夫か?」

「昨日の酒がちょっと残ってるみたいです」

「おい、お前な」

「だから、ちょっと性格違うと思います。怒ったときの兄さんよりひどいことになると思います」

「あ? あれより?」

「兄さん、言ってませんでしたか? 弟はブチ切れるとたちが悪いって」

「……」

 その言葉にアタエの顔が引きつる。勇介はため息をついて、肩をすくめる。

「まあ、切れないようにどうにかしますけど。ブチ切れたら落としてください。たぶん、殺すまでやると思いますから」

 一応、多人数に囲まれた時の体術を仕込まれてますからね、と呟いて、気持ちを切り替える。そして、スパールームに入る。

「……」

 ポケットに突っこんである革手袋を身に着ける。しっとりとなじんだ革手袋に調子は悪くないと小さく笑った。

「お前、どこの隊出身だ?」

「……どこでしょうね」

 スパールームの中心で正対した男に聞かれる。靴と靴下を脱いで柔らかいマットの感触が足に感じられる。足も滑らない。

「股間などの急所への攻撃はなし。致死性の体術も禁止しましょう」

「わかった」

 こくりとうなずく彼に間合いを取って構える。相手の出方をうかがう。

「……」

 右手右足を前に出して左側は後ろに逃がす。

 すきを見て取ったのか、正拳が突き出されるのを一歩踏み出し、体のひねりと左手でそれを払い右手で掌底を繰り出す。

「っ」

 よけきれずにまともに胸骨にそれを受けた彼は負けじと左手で一閃するが、勇介は右手に彼の胸ぐらをつかみながらしゃがんで、思い切って左手に掴んでいた腕を離して彼の腰に回してタックルを仕掛ける。

 どん、と音が経つぐらい強く彼の腰を叩きつけるが、ひじ打ちが頭に入る。

鋭い痛みに顔をゆがませながら右手で腹と肋骨の隙間、横隔膜を貫き手で攻撃した。

「ぐっ」

 息に詰まった彼に勇介は離れてそれ以上の攻撃をくわえないことを示すために両手を上げる。

「貫き手使うなんて……」

「……これぐらいなら死なないだろ」

 体をくの字に折ってせき込む彼を無表情で見下ろして、邪魔だから片づけるようにとアタエに言った。

「邪魔って」

「次、誰かいるか。この際とことん付き合ってやる。来いよ。殺す気でお前らは来るんだろ? だったら俺もそう行かせてもらう」

 あのひじ打ちは少なからず殺気を感じた。本当はタックルして倒した後、体勢を整えてまた、と考えていたが、やめた。

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