5-7
表に残してきた国軍兵の死体を持ち上げて物陰に隠しておく。ついでに銃弾の予備を拝借しておくことを忘れない。
「新人」
「早いですね」
二仕事終えた勇介が入り口付近に帰ると、一人、壁にもたれて立っていた。たしか、今日と呼ばれていた男だ。
「面白い奴だな、お前は」
「え?」
「適正はCQBと言っていたな? ほかに何かあるか?」
「……いや、ああ、狙撃は好きですけど? あとサイレントキル」
「気配が薄いってやつか」
「そうですね。まあ、いじめられっ子だったから、気配を消すのが得意になっちゃったんでしょうね」
「ほう? だが、それだけの戦闘力があれば成績は良かったんじゃないか?」
「いや、親父と兄貴が優秀すぎて無能扱いだったんです。上官はそうだし、同級生はそれがうざいっていじめてくるし。今は、こうやって動いてられますけど、当時は人の顔色を窺って動いてた。だから、行動がとろくて」
「……今そんなことしてちゃめーわくだな」
「だから、もうやめたんですよ」
肩をすくめて笑った勇介は全員がそろったことに気付いて顔を引き締めた。
「ボタンは五島が握っている。まあ、ジャミングがあれば、別バンドで起爆できるように車に予備のボタンがある」
「二段仕込か」
「ああ。行くぞ」
全員がうなずくのを見て走り出す。その時だった。
「いたぞ!」
大きな声に身をすくませながら走る。振り返ると、七名の軍人が横隊を作って走者を開始するところだった。
「七海部隊だな。二つに分かれて挟撃しよう」
「七海、八戸もいるな。動きを止めるな! 奴は選抜射手だ」
「どのメット?」
左から三番目、という声に勇介は振り返って確認する。
「今の装備じゃ難しいか。誰かライフル持ってないよな」
「もってねーな。重てーし。車に積んでるかもだな」
「……そこまで時間はない、か。一か八か爆破してもらうか」
「んだな」
「五島さん」
勇介が語り掛けると、間髪入れずにビルが爆発する。
「うおっ」
爆風が後ろから叩き付けるように吹いてきて、大の男もつんのめっている。50メートルほど後ろを走っていた兵士たちはもちろん転んでいる。
「ユウ!」
「すんません、吹っ飛ばされました」
一番体格が華奢だからだろうか。全員立ち止まって踏ん張ったところ勇介だけ飛ばされて受け身をとって土埃だらけになっていた。
「お前な」
「どいてください、このまま狙います」
まずは面倒な選抜射手。
近くに転がっていた、ここらで最近やられた兵士が持っていたらしい血に汚れたライフルを手に勇介は伏射の構えをとっていた。人がよけて、転んで起き上がっている途中の顔面を狙う。
引き金を引く。思いのほか強い衝撃に顔をゆがめながら、勇介は顔面が吹っ飛ぶさまを確認して立ち上がる。
「いこう!」
そういって走り全員がついてくる。兵士も負けじと追いかけるが、顔面を吹っ飛ばされた仲間の姿にくじかれたようだった。
「飛ばせ!」
車で待っていた仲間に言うと、全員が飛び乗ったのを確認して、すぐにアクセルをふかした。軍兵はバイクに乗ってくるが、狙って残りの?4をばらまいておいた。
「さあ、何人が逝ってくれるかな」
楽しげな声は、サク。バイクの動きを見る目は真剣で、すっと目が細まった。
とどろく爆音。悲鳴交じりのその音に誰もがつらそうな顔をするが銃口は外さない。
「待ちやがれ!」
一人若い声が聞こえた。片手で運転して片手で銃を握っている。それは間違いなく勇介を狙って放たれている。ふっと、勇介の瞳が一瞬だけ揺れ、すぐに据わった目をした。
「ユウ? どうした」
「大したことありません。退いてください」
ゆらゆらとよけるバイクにイライラしながら腰にあるスモークグレネードで車の姿を隠す。
「おい」
「見えてます」
辺りは暗い。ライトをつけて走っている。こういう時はライトを消すのが鉄則のはずなのに、気が動転しているせいか、つけっぱなしだ。
「じゃあね、木本」
静かに呟いて、頭に当たる位置を打ち抜く。弾丸はまっすぐと届いたようだった。煙越しにゆらりとバイクの光が揺れて倒れる。
「旋回して確認!」
鋭く指示を飛ばすと急ハンドルを切ったらしく、ぐんと遠心力が働いた。掴まって外を見やると、頭から血を流して倒れても動き続けるバイクに引きずられ続ける兵士が確認できた。
「確認完了。死亡! 念のために遠回りして警戒。そして、帰還!」
了解、という言葉が聞こえ、開けられていた車の後ろの扉が閉められる。上のハッチから顔出して警戒になるが、おそらく大丈夫だろう。
「五島さん」
無線を手にして呼びかける。すぐにはレスポンスが帰ってこないことから、何か仕事しているのだろう。しばらくしてノイズが聞こえてきた。
『完了しましたか?』
「ええ。国軍に発見されました。殲滅完了」
『そうですか。よくやりました。すぐに帰投してください』
「了解」
それを最後に無線が切れた。あちらは忙しいらしい。
勇介は静かにため息をついておとなしい隊員を見やった。
「新人」
「なんですか?」
「大丈夫か? 顔が……」
「え?」
すごい白い顔をしているぞ、と言われた瞬間に膝がカクンと抜けた。そのままへたり込むように壁に背中を預けてしゃがみこむ。
「新人」
「大丈夫です。少し血の気が下がっているだけ。……倒れている暇はありません」
下がった血の気を深く息をついて戻そうと試みる。隣に誰かが支えてくれる気配。
「少しこっちにもたれてろ。水かなにか積んでたよな」
「水筒あるぞ」
「かせろ」
そんなやり取りを頭上で聞きながら素直にたくましい腕に体を預ける。
「水だ、少し飲め」
「すいません」
水筒を受け取って少しずつ飲んでいく。
「お前、病み上がりだったんだっけな」
「……それは言い訳にできませんよ。運動許可を得て一週間たっています」
「一週間何してた?」
「一週間丸々使って南で体のなまりをとるために研修を」
「病み上がりにハードなスケジュールだ」
「……」
肩をすくめて肯定しておいて勇介は小さく笑った。




