5-4
それから他愛ない話をして、レイに連れられて食堂に入った。ちょうど昼の時間だ。
「あ、ミヤビさん」
「……そばに座るか?」
「レイさん?」
「別に話しかけなきゃいいだろ。いたけりゃ別にかまわん。……飯持ってくる。なんだ?」
「あ、Bでお願いします」
レイの言葉に甘えてミヤビの隣に座る。
「ミヤビさん」
「ユウ? 顔合わせは?」
「終わりました。大丈夫そうです。実力で黙らせました」
「……そう」
薄く笑う彼女の顔は透けるように白い。ろくにものも食べていないのだろう。
「ミヤビさんは何か食べますか? レイさんに言って何か持ってこさせますけど?」
「レイに?」
「ええ。今、俺の文の飯持ってきてもらってます。うどんとか、雑炊とか作ってもらえると思いますが?」
こんなミヤビの状態を食堂の人たちが見てないわけがない。ちらりと配膳の方を見ると、心配そうにミヤビを見ているのが見えた。
「大丈夫。水だけでいいわ」
「食べないと倒れますよ?」
間髪入れずに言うと、ミヤビは言葉に詰まったようだった。
「倒れている暇、ないんじゃないですか? いくら点滴があるからってそれに頼りすぎるのはだめじゃないんですか?」
おかゆを受け付けないのであれば、スープなど、手軽に野菜が取れる物の方がいいだろう。そう聞くと、ミヤビは小さくうなずいた。
「レイさん」
「なんだ?」
「ミヤビさんにスープ持ってきてください」
「俺は配膳係か?」
「俺の言うこと聞いてくれるんじゃないんですか?」
なんとなしにそういうとレイは顔をしかめて舌打ちをするとおとなしく勇介に従った。
「なにしたの?」
「ちょっと魔法を」
ウェイターさながらにお盆にスープを持ってきたレイがミヤビの前にそれを置いて、勇介の隣に帰ってくる。
「ご苦労さん」
「このクソ新人」
「そんなド新人に面倒な連中寄越したのはどこの誰かな?」
「……」
ご飯を食べながらそういうとぐっとレイが言葉に詰まった。ミヤビはスプーンでスープを飲みながら目を丸くしている。
「いつの間に、手懐けたんだか……」
わあわあと言い争いながらご飯を食べて、勇介たちはすぐに食べ終わってしまった。
「くそ、食った気しねえ」
「レイさんのせいでしょ。なんか持ってきてくださいよ」
「出すわけねえだろ。……くそ」
「んじゃ、新人パワーの見せ所ですかね?」
にやっとして立ち上がった勇介はミヤビの頭にぽんと手を置いて配膳の所に向かって行った。
「なにすんだあいつ……」
がやがやとしている中で会話は聞こえないが、勇介はなにやら親しげに話して最終的にトレーに三つ皿を置いて持ってきた。
「なにしたんだよ、お前」
「ミヤビさんと数か月前までの俺を引き合いに出してちょっと増してもらいました。レイさんも食べます?」
そこにあったのはご飯二枚と肉料理一品。
「簡単なことですよ、数か月体動かしてなかったから体細くなっちまって、食べて戻さなきゃならないって言ったら、数日分は多めに出してくれるって。今日はその分。暇な昼限定って言われちゃいましたけど」
「実際はどうなの?」
「実際もそうですよ。まあ、徐々に戻せばいいかなと、筋肉痛だけは気を付けておけば体は動かせるのは南で経験しましたから」
レイに皿を一枚渡して同じ皿をつついて食べて、食べ終わって片づけると、勇介はふらついているミヤビの隣に寄り添った。
「ちょ、ユウ」
「気にしないでください。……俺の請け負った連中がアンチ本部であれば、俺が近づいていることで直接の被害は下さないようになるでしょう。行きましょうか」
レイを後ろに控えさせてミヤビを支えて歩くユウに誰もが一度言葉を失って、見ないふりをしていた。廊下に出てふっと勇介が肩の力を抜くとどこか緊張した空気が一気に緩んだ。
「ミヤビさん、部屋は?」
「あ、いいよ」
「いや、送ります。こっちですね」
ちらりと目線が左に寄ったのを見て取ってミヤビに寄り添ったまま歩いていこうとする。
「ユウ、この後用事あるから、ここで」
「わかりました。ありがとうございました」
レイが廊下で別れると、ミヤビの隣で歩いて部屋までついて行く。
「ごめん」
「気にしないでください。あんまり自分をいじめすぎると、他人も痛みますからね」
「え?」
「食堂にいた配膳の方、結構気にしてましたよ。……喉が通らないほど、あなたは何を悩んでいるんですか? 聞きましたよ? かれこれ三日はまともなものを食べていないそうですね? 俺がいない間に……」
「あなたがいようといまいとあたしの食べる食べないは……」
「まあ、そうですね。俺の知ったこっちゃない。でも、……あなたが俺を心配してくれていたように、俺もあなたが心配なだけなんです」
クサいかな、と思いながらそういうとミヤビは面食らった顔をしている。
「オレだけじゃない。みんな気にかけています。反乱因子は俺に任せられています。俺が上についている限りは、あなたの所にいかせられるようにはしない。ミヤビさんは雑魚の遠吠えなんて聞き流せばいいんです。あの人たち以外はみんなあなたの味方ですよ」
その言葉がしみたのか、少しだってから、ミヤビは泣き出していた。少し低いところにある頭をぽんぽんと撫でると体当たりしてくるように抱き付いてきた。
「ミヤビさん?」
「少しだけ……」
そういってぎゅっとしがみついてこられたらひとたまりもない。さっと左右に目を滑らせて確認すると抱きしめ返してやった。
「……」
声を上げないように殺しているのか、たまにくうと喉が鳴る音が聞こえる。髪をなでて涙が収まるようにとしていると、強くしがみついてきた。
「今だけですよ」
甘えているところなど、隊員に見られたら何を言われるかわからない。だから、今だけ。
ぎゅっと抱きしめて包み込む。存外に細い体は骨と皮のようだ。もとは柔らかさも秘めていたのだろう体も、やつれきって硬かった。
「こうなる前に、誰かに吐き出すんですよ? もう、ここまで耐えて……」
細い体をさすって勇介はため息をついた。
「とりあえず、飯食って、体治してくださいね。ヴィアドロローサでしたっけ? やつれた顔見せてなめられないように頑張ってくださいね」
「……そうね」
目じりに残った涙をぬぐって体を離したミヤビが控えめに笑った。その頬に手をやって勇介は笑いかけた。
「大丈夫です。ミヤビさんは、一人じゃないですよ。話聞くぐらいなら、俺にもできることですから、気にしないで呼び出してくださいね?」
「……ありがとう」
笑ったミヤビに勇介はうなずいて、仕上げのつもりで頭をぽんぽんと軽くたたいて彼女が帰ったのを確認して部屋に戻る。




