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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
五章:移ろう時の中で
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5-3

「その時です。……我々は、日々戦いの中に生きています」

 そういって五島がすわっていた椅子から立ってモニターと正対する。積み上げられた各モニターには様々な場所の映像が流れている。もちろん、血なまぐさい銃撃の模様も常にどこかのモニターにある。

「だからこそ、死者に手を合わせる、や弔いなどの言葉を忘れがちなんです」

 思い出すのは、カメラマン時代、ユイとアタエに連れて行ってもらった共同墓地で手を合わせた時だった。

「もちろん、それを忘れてはいけない。でも、忘れないとやってられない。彼らはやってられなくなってしまった人たちなんです」

 憐れむように目を細めて、モニタリングルームにいる東支部にいた面子を見つめる。

「もし、手を合わせること、弔うという言葉を思い出すだけで、前に進もうと思わせることができるのであれば、それはうれしいことです」

「俺にそれを思い出させろと?」

「できるのであればね。レイはもう君の事情を察していました」

「……まあ、ほのめかしましたから」

「その程度でいいんですよ。こんな抗争、だれも望んではいない。もとはと言えば、ヨシも抗争だらけのこの状態を憂いて国軍に走ったのかもしれない。落ち着いた今だから考えが及びましたが」

「……」

 組織には絶対的なトップが必要。でも、このクロートーでそれになりつつあったイサムが本部の小娘をかばって死亡。それに悲観した東支部の男たちは、その悲しみを昇華しきれずに八つ当たりしている。つまりはそういうことなのだろう。

「大人気ねえな」

 ぼそ、とつぶやいた言葉に、五島は目を見開いて、次の瞬間には吹き出して笑っていた。

「まったくその通りです。三十路、四十もすぎたいい年した男たちが、たかが二十二の小娘に八つ当たりしている。まったくもって大人気ない」

 そして、ミヤビは日に日に細くなっている。

「ミヤビさんは持ちますか?」

 低くなった声に五島が唇の端を上げて肩をすくめた。

「このままだともって半月ほどでしょう。最近は満足に食事をとれていない、食堂で悪口にさらされている、というヨウの言葉です。そのたびにヨウが締めているみたいですけど、それでも、ね」

「対症療法的で、抜本的な解決策がない」

「その通り。我々としては手詰まりもいいところですよ。まったく、人の心ほど介入しにくいものはない」

ぼやくように言われた言葉に勇介はふっと笑って肩をすくめた。

「がんばりますよ」

「是非に。あなたぐらいしか思い当たりません。……我々の切り札だ」

「そんなに大げさに言わなくとも。言われたことをこなすだけです」

 それだけ言って、勇介はふと気配を感じて扉を振り返ると、レイがそこにいた。

「面倒な人間押し付けてすまないな。ユウ」

「本当ですよ。悪いと思ってるならいろいろ頼みを聞いてくださいね?」

「これは断れないですね? レイ」

「五島、お前……」

「五島さんには入れ知恵なんてされてませんよ? 兄さんが言い出しそうなことを言ってみただけです」

「……このブラコン」

「兄貴もそうでしょ?」

 ちらりと見ると顔をしかめたレイが舌打ちしてそっぽを向いたところだった。

「ま、俺なりにやってみます。なにしても、……切り捨てても文句は言わないでくださいね」

「……外科的療法ですか?」

「切除手術ですね。今の俺は、さしずめ、動脈瘤の根元にはさむクリップですか?」

「よく知ってますねえ。私的にはがんの根元にある血管を切ってくれる電メスってところでしょうか」

 嬉しそうに声がはねた五島にやばいと思いながら救いを求めるようにレイを見た。

「実際、あそこまで放置していたのはオレだ。だから、なに言われても、なにされても俺は何も言わない。三十人ほどであれば補給も可能だろう?」

「ええ。簡単ですよ。三十人消えても私の用意していた部隊で対応できます。でも、そうしないのはわけがあるというのは理解していただきますね?」

「……、戦力的には価値がある?」

「いいえ? ま、こればかりは言うつもりはないので、あれですけどね。さ、レイ、暇ならユウのスパー、射撃などのもろもろの訓練を見てやってください。私はこれからミヤビの手伝いをしなければならないので」

「ミヤビの? 何かあるのか?」

 不思議そうなレイにうなずきながら五島を見る。五島は近くのデスクに置いてあるコーヒーを取って飲みはじめる。

「ええ、ちょっとね。ヴィアと協定を取り付けるために奔走中です」

「ヴィア? ヴィア・ドロローサですか?」

「ええ。東の準備が整い次第総攻撃を仕掛けようかと。隊員の経験も十分になってきましたからね。予定より前倒して動けるからうれしい誤算ですよ」

「文系を巻き込んで……、国民を煽動するんですか?」

「ええ、その通りです。あ、夜にそちらに行きます。写真見せてください。どうせ取りためてるでしょ?」

「ええ。ミヤビさんが言ってました?」

 そういえばデジカメ持たせたままだ、と思い出しながら五島を見ると、五島は呆れたように笑っている。

「ええ。まあ、デジカメ自体は私が持っていますが、今まで会社で取りためていたネガなどがあれば……」

「それは家ですね。軍に家宅捜索されてなければ押し入れの中に」

「そうですか。今度ユイに取りにいかせますがいいですね?」

「ええ。構いませんよ。あ、でもごみとか捨ててないから汚屋敷状態ですよ?」

「それは私の知ったこっちゃありません」

 きっぱりという五島に勇介は苦笑して、きっとカビが生えたパンが出迎えて、もしかしたら某アニメ映画のような腐海になっているのかもしれないなと遠い目をした。

「ヴィアに献上するのか?」

「ええ。隊員てことをぎりぎり伏せてつてでっていうことで。唐崎君にはばれますが、にらみを利かせれば何かを口走ることもないでしょう」

「唐崎さんがそっちに?」

「ええ。あくまでレジスタンスに協力する第三者の立場ですが、表でいろいろ動いてもらっています。まあ、危なくないように細心の注意を払ってですけどね」

 思わぬところから出てきた名前にほっと笑っていた。

「元気なんですね」

「ええ、活きがよすぎるほどね。大丈夫ですよ。表はうまく回っています。あ、そうだ、もう少し落ち着いたらご母堂に顔を見せに行ったらどうです? 白昼堂々いけば、お父上に会うこともないでしょう」

「母さんに?」

「ええ。それぐらいは大丈夫ですよ。数時間程度の滞在なら。まあ、追っかけられても大丈夫なようにユイを使いますが」

「……ユイはいつもこうやってこき使われているわけか」

 ぼそりと呟かれたレイの声になにも返せずに苦笑いを浮かべていた。

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