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それから一か月ほどが経ち、順調に回復していた勇介の運動制限が解除された。
「さ、南で腕慣らしするぞー」
と拉致されるようにその日にやってきたユイに連れていかれ、カイをはじめとした南支部の面々にしごきあげられた勇介は一か月半近くのブランクを一週間で埋めることになったのだった。
「ユウ。こっち」
東支部と本部の合同支部に帰った勇介はまずミヤビに案内されてモニタリングルームで待機していた五島と会った。
「元気そうですね。ユウ」
「あ、お世話になりました」
「立って歩けるようになっただけ何よりです。それで、たしか、東の一隊をあなたに、ということでしたね?」
ちらりと後ろに控えるミヤビに目を向けた五島は組んでいた足を組みなおして、椅子に深くもたれかかった。
「ユイが、そうね」
「まあいいでしょう。長となって気付くこともありますからね。ユウ、私についてきてください」
穏やかな五島の声にうなずいて勇介は立ち上がって部屋を出た五島の背中を追った。ミヤビはついてくる気配がない。
「東のメンバーと顔を合わせようとするのを避けるのは不思議ですか?」
「……あ、そういうことですか?」
「そういうことです。寝首をかかれないように気を付けてくださいね」
「わかりました」
一番危ないところを無理やりいうことを聞かせる、できなければ新人いびりをしたとしてあちらを更迭する。つまり、自分はだしに使われる。
役割を理解した勇介は切り替えるように深呼吸をした。
「いいですね?」
こくりとうなずいて、開かれた扉をくぐる。
「……」
小演習室、と呼んでいる小型のスパールームに三十人ほどの男たちが立っていた。敵意に満ちた視線にさらされて勇介の表情も自然と引き締まっていく。
「お待たせしました。今日から君たちの隊長になってもらう人です」
「五島さん、ふざけんなよ、ガキじゃねえか」
「ガキはガキでも私が隊長にふさわしい、未熟ながらも素質があると認めた子供です」
「そんなガキになにができる?」
口ぐちに言われる言葉に勇介の表情が変わり、五島が楽しげな光を瞳に宿した。
「まず、なにができるか、ですか? とりあえず、もっとも高い適性は、CQB、それと、その次に、ミサイル操作、それと、狙撃、ですね。戦闘能力を見ればあなた方と遜色ありません。とっさの状況判断も、情報把握能力、収集、分析力も目を見張るものがあります」
淡々とした五島の報告と、疑われるような視線にさらされて勇介の表情がだんだん険しいものになっていく。雰囲気は五島の穏やかさに合わせているだけ、なまじ恐ろしいものがある。
「病み上がりですが、どうにかなるとユイや南支部の面々に太鼓判も押してもらえましたから。キミたちじゃ、おそらく相手になりませんよ?」
「ほう? ずいぶん買ってるんだな? 五島さん」
「ええ。それだけの能力を秘めた子です。どうぞ? 腕試しでも何でも」
合図するようにうなずかれて目線で返して一歩前に出る。
「初めまして。ユウと言います。五島さんの紹介通り、CQBに適性がありますので、よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げて、敵意を見せる顔を確認しておく。九割がた、そうだろうか。
最初は五島のように敬語で威圧するか、と方針を決めて、首を傾げた。
「やりますか? 五人ほどならお相手できますが?」
それは一気にという意味だ。それぐらいのペースで行かなければ、この日中に言うことを聞くようにはならないだろう。実力で判断する連中だとユイにも言われたのだった。
「一日か?」
「一回です。どうです? 誰からします?」
かつかつと足音を立てて隊列に突っ込んでいく。五人と言ったが別に五人以上でも大丈夫だろう。これはただの腰抜けだ。
下半身の筋肉の付き方を観察してそう導いた。五島が止めに入らないということは大丈夫ということだ。
中心に入ると、声もなく体術で手合せできる程度に人の輪が広がった。
何人かが勇介を囲んで腰を落とす。ふっと息を吐いて体の余計な力を抜いた。
後方から風を切る音。振り返ることなくよけて相手の勢いを利用して投げ飛ばす。だまになっていた男たちを巻き込んで一気に二、三人吹っ飛ばした。
「けがはさせないでくださいね。バカに付き合うほど私は暇じゃありませんからね」
「そんなの自己責任ですね」
そういって足をひっかけて転ばして首を足で絞めておく。パタパタとふくらはぎを叩かれるのを感じて足を離して、しっぽを巻いて帰るという表現がよく似合うように帰っていった男を見やる。
「けがしても自己責任だと。それでも突っかかって来る奴はいるか?」
呼びかけて、一人が中心に出てきた。
「よう? 久しぶりだな? 新人」
それは、東支部から退避するときに話しかけてきた男だった。
「お久しぶりです。ご無事そうで何よりです」
「新人に心配されるとはやきが回ったな」
「そんなことないですよ。んで? やります?」
「ああ。お前に興味を持った」
「それはどうも」
殺気とは違う威圧感を感じさせる彼に勇介はすっと表情を引き締めて後じ去り間合いを空ける。
人の輪が広がる。
「……行くぞ」
「どうぞ」
うなずいて、とびかかってきた彼にナイフを抜いて応戦する。彼も一瞬で抜き放ったナイフで切りかかっていたのだった。激しい金属の打突音に周りが目をしばしばさせる。
楽しそうに遠くで見ているのは五島。腕を組みながら勇介たちを見守っている。
直線的な攻撃を曲線で受け止めはじいていく。
「どこ仕込だそれは」
「さあ? 教えられませんね」
父の背中を見て覚えたのはナイフだった。だから、もともとの気配の薄さと合わせてナイフを使えるサイレントキリングが得意なのだ。
父のナイフは独特で、軍人が仕込まれる直線的でもっとも攻撃力にとんだナイフ使いより、防御寄りで、無駄な動きも多いと評価されている。それを勘と身体能力で補うのだ。
だが、見る人が見れば誰から仕込まれたかわかる。これを使うのは長澤大佐に縁がある人だけだからだ。
「防戦一方だな?」
「それがスタンツですから」
はじきながら勇介はそろそろ行けるか、とふっと意識を下に落とすような感覚を思い出す。
見えた一瞬のすきに一歩踏み込み足をからめとって押す。そして首筋にナイフを突きつけて倒れないように背に手を回す。
「へへ、やるな……」
「防戦と見せかけて油断したすきを突くんですよ。並の軍人は相手が防戦一方だとどうしても油断してしまいますからね。優位に進めていると思うから」
「誰の教えだよ?」
「言えませんって」
体制を直してナイフをしまうと、男が首を鳴らした。
「言えない人物か?」
「ええ。誰か、この使い方見覚えがあると思いますから、その人に聞くといいですよ」
目を見開いている何人かを見やってもしかしたら、兄が使っていたのかもしれないなと思って五島に目を向ける。
「実力はわかりましたね」
締めるような言葉に誰もが黙りこくる。これ以上表だって抵抗すれば五島になにされるかわからないと思ったのだろう。これほどに恐れられる五島とはいったい何なんだろうか。そう思いながらも、その影響力にあやかって構えを解いた。
「早速だが、小隊編成を行いたい。隊列を整えてください!」
敬語で怒鳴って、列から抜けて五島の所に戻る。
「あと、何かあれば私を呼んでください。直接〆ますから」
「わかりました。ありがとうございました」
「いいんですよ。では」
五島はたばこをくわえ火をつけると部屋から出た。




