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「ここでも東は本部を避けてるってことですか?」
「そうね。まあ、近づいてこられて面倒事起こされるより遠くにいてもらった方が安全だからね。あ、点呼どうだった?」
東のテーブルに向かっていた隊員を捕まえてミヤビが確認すると、隊員は怒り気味にミヤビに報告する。おちょくられて侮辱されたようだった。
「頼むから面倒事引き起こさないで」
「わかってますよ。だから奴らにぶつけないで報告したんでしょ」
「そうね、ごめんね。十九名、か。行方知れずは。戦死者もいるだろうから、妥当か」
「で、挟撃すんの?」
「補給でき次第挟撃したいものね」
「ミヤビさん」
「なに?」
「大佐が指揮してるって交戦した少佐が言ってましたけど?」
そういえばと口にすると、ミヤビと話していた本部の人らしいバンダナを巻いた男はぽかんとした顔をした。
「え?」
「……おい、それガセだったらただじゃおかねえぞ」
「交戦した少佐は、俺の元同期です。彼の言う大佐はおそらく……」
「長澤大佐のことだね?」
後ろから聞こえてきた涼やかな女性の声にこくりとうなずいて、勇介は振り返った。
「久しぶり、勇介くん」
「……あ、里美のお姉さん、ですか?」
「ええ。そうよ。こっちで会うなんてね……」
嬉しそうに笑った、後ろに立っていた女性は勇介の同級生の姉だった人だ。同じく国軍出身で、政治犯認定されたとは聞いたことがない人だった。
「どうしてこちらに?」
「南でクーデターを起こした一人よ。あなたこそなぜ?」
「俺は国軍射殺して追っかけられちゃっただけです。えと、なんて呼べば?」
「セイと呼んで。あなたはユウでいいのかしら?」
「ええ。ユウと。ということです、ミヤビさん」
「……長澤和成が?」
「ええ。あの人なら挟撃も視野に入れて指揮をしている。完全に撤退させないとまずいです」
「……」
ちっと舌打ちしたミヤビが剣呑な目をしながら無線を取った。
「五島。聞いてた?」
『ええ。まったく、重要な情報ばかり持ってくる……。仕方ありません。長澤君は優秀ですから、ひとまずおとなしくなりましょう。この付けはいつかに取っておきましょうね』
「……この付けだけじゃない。イサムの分もっ」
『ミヤビ、抑えなさい。イサムのことをどうこう言っていても意味ないでしょう』
ぎりと音が鳴るほど強く無線機を握りしめてミヤビは目を伏せて無線機を置いた。その言葉じりに乗った激情に勇介はそっとうつむいた。
「ミヤビさん」
「……わかってるわ。大丈夫」
喉の奥で唸るようにミヤビは言って気持ちを切り替えるようにため息をついてすっと前を見た。
「全員に撤退を指示して。合流地点で合流後南に来るように。南のキャパはまだ大丈夫よね」
「ああ、あと四、五百人いけるはずだ。食料の備蓄は知らんが」
「二、三日のことよ。東は建物おとされてないはずだから、国軍がいないことを確認後、一度返すわ。そこから早めに移転先を見つけて、ここから出てく」
その言葉にぎょっとしたようにあたりにいた人がミヤビを見た。勇介もその中の一人になっていた。
「出てくって、まさか、本部と東が合同に?」
「それが一番バランスがよくなるのよ。指揮と前線。特殊部隊と後方。五島が本部に応援に来てくれるみたいだから当分の間争いは避けられるわ」
「危険すぎる」
「わかっている。でも、危険だからと言って東をのけ者にするわけにはいかない。なにかあれば粛清すればいい」
「……ミヤビ、本気で言っているのか?」
「……仕方ないでしょう? もう甘っちょろいこと言ってられないのよ。……それぐらいの覚悟でやらないとこのヤマは乗り越えられないわ」
冷静に、冷酷に言い切ったミヤビに誰も何も言えずに、ただ静かに指示に従った。あわただしくなった周辺を感じながら、勇介は、ふっと意識が薄れるのを感じてテーブルにもたれかかった。
「ユウ?」
「すいません。食べたらすぐ寝ます」
冷めかかったお粥とお茶を飲み干して、お菓子を頬張ってカイを待つと、すぐにやってきた。
「担架持ってきた方がよかったか?」
ふらふらの勇介にそんなことを言ったカイに首を横に振って、支えてもらいながら、用意してもらった部屋に入った勇介は、宣言通りベッドに入ってすぐに眠ってしまっていた。




