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4-5

 しばらくして起きると、近くには誰もいなかった。体を起こして、相変わらずのめまいに目を細めてため息をつく。それが収まるのを据わったまま待ってゆっくり立ち上がる。

体勢を変えたことによってまたおこった頭痛とめまいを、手身近なところに掴まって収めると、半開きになった扉から外をうかがって人がいないことを確認して出た。

 乾いた空気がのどに痛い。

やりあったらしい。国軍兵三人が転がっている。おびただしい量の轍の跡が白茶けた大地に刻まれている。

「新人……」

 呻くような声が聞こえて振り返ると、装甲車の上になった側の扉が叩かれている。

国軍兵が死んでいることを確かめながらそちらによって、割れたフロントガラスの隙間から顔をのぞかせると、額をざっくりと切った男が助手席側にアサルトライフル片手に転がっていた。

「大丈夫ですかっ?」

「ああ。足を折ったらしい。それ以外は特に何もない。とりあえず、本隊と合流して回収しに来てくれないか? けが人にそれを頼むのは気が引けるんだが……」

「構いません。無線機は生きてます?」

「いや、死んでる。たぶん、奴らのわだちを追えば、同じように追ってきている連中と合流できるかもしれない。できなくとも東支部につくだろうからそこまでに仲間を見つけて……」

「わかりました。……鎮痛剤あります?」

「ああ。そりゃあたらふくある。もってけ」

 ピルケースを投げ渡されて受け取り一口含んで飲み干す。

 辺りを見回して、乾いた空気が胸を刺した。

走った痛みにこわばった顔を隠すようにそっぽを向いていると、運転手の男がそっとため息をついたようだった。

「新人」

「なんですか?」

 男をみると、痛みに顔をひきつらせながら笑っている。動けないことを嘲笑っているのだろうか。

「起きたばっかりじゃ、大変だろうが、すまんな」

「……大丈夫です。倒れた衝撃で一瞬でも気を失って寝れたので。それより、足は……?」

「俺のことなんざ、いいさ。折っただけだからな。そうだ、新人、これもっとけ」

 そういって差しだされたのは白いバンダナ。

 見覚えのあるデザインに、ああ、と納得したようにうなずいて割れたフロントガラスの隙間からそれを受け取ると、男は笑う。

「わかったな?」

「ええ。適当にやってみます」

 そういって、バンダナをしまって、しばらく待っていてくださいと言い残した勇介は車から降りた。

 そして、近くにある国軍兵の死体のうち背格好が似てそうで、あまり血のりの付いていない服を着ている人間を選んで身ぐるみをはがしていく。

「……成仏、しろよ」

 そう途切れがちに語りかけて、死体が身に着けていた服を着ていく。

「……」

 靴は確か官給品ではないはず、と思い着替えずに、言われた通りに轍をたどる。

先ほど食べたものが頭に入ったらしい。少しだけすっきりした気分になっている。痛みもじきに消えていくだろう。

 前かがみぎみだった歩き方もやがて普段通りのしゃんとした歩き方に変わってきたころ、足音が聞こえて立ち止まった。

「……」

 かちゃりと撃鉄を起こす音。両手を上にあげて抵抗の意思がないことを示す。

「また会ったな」

 低い声は聞き覚えのある人の声。

「今回の指揮は大佐だ。姿が確認でき次第お前も殺すように命令を下していた」

 背中に銃口が突きつけられる。勇介は静かにため息をついて顔を後ろに向けて声の主を見る。

「栄ちゃん」

「よもや、生きていたとはな。仕留めたと思ったんだが……」

 そう言い切る声が震えてる。その手も、体も全部。

 バイクのヘルメットが栄吉の背の近くに転がっている。そばを通って、駆けつけてきたらしい。

 坊主頭の全体的にすっきりと整った顔には敵意に見えなくもない何かが浮かんでいる。

「……殺せるのか?」

 栄吉自身の言葉に、答えを知った勇介は静かに問う。そう。彼が、あの時、背中を撃ってきたのだ。

「この距離なら外さない」

 ちょうど、心臓の裏側に銃口が突きつけられている。確かに引き金を引けば、苦しまずに逝ける。勇介は前を向き直して苦笑をした。

「……なんでわかった?」

「この荒野を歩いて移動するバカはいねえよ。それに、アサルトライフル持ってねえだろうが」

「……」

 その言葉にうつむいてふっと笑った勇介は、次の瞬間、すっと息を腹にためるように吸いこんで前を見据える。

 何かを感じ取った栄吉が動く前に、右手で逆手に持った銃の引き金を親指で引いていた。銃は衝撃で正面に吹っ飛ぶ。

「な……」

 腹を狙ったが腹は装備品の関係で銃弾が通らないだろう。だが、衝撃で動けなくなる。

 今度は振り向きざま、中途半端な位置に突きつけられていた銃口を、左手の逆手で抜いたナイフで銃を握る右手首ごと切り落とす。そして、すぐに順手に持ち直すと無事な左手のひじの腱を切る。

「な……」

 言葉を失った栄吉ががくりと膝を落としているのを見て、表情なく勇介はかみしめた歯の隙間からつぶやいた。

「これは壊させてもらう」

 無線機にナイフを投げて壊すと、痛みに動けないでいる栄吉のポケットをまさぐってバイクのキーを取り出す。

「運がよかったら死なないでいれるかもね」

 静かに言い残して、止血ベルトを置いて栄吉の足跡をたどってバイクを見つけ出してメットをかぶって走り去った。

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