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4-2

「……」

 その背を見送ってすっと真顔に戻ったアタエは、ベストのポケットからしわくちゃなたばこの紙ケースを取り出して、一本咥えて取り出すと火をつけてため息交じりに煙を吐き出した。

「ずいぶん老け込んだな。アタエ」

 静かな声に振り返ると、頬に傷跡のある隊員が近づいてきていた。

「ロウ」

「ひさしぶり」

 アタエの隣に立って、アタエの手にある煙草を一本取った彼は手にもってアタエの口元にある煙草の火を分けてもらい吸い始める。

「見ねえ間に本部も機能を取り戻していたようだな」

「……ああ。だが、いまやあの状態だ」

「……それだけ新人に頼っていたということか?」

「頼っていた、というよりは、イサムの代わりを充分に果たしてくれていた」

「お前らが押し付けていたのではなく?」

「奴は望んでイサムを追いかけた。……自分が知ってるイサムをね」

「自分が知っている? 友人か何かだったのか?」

「……まー、知り合いだったって言っていたな。イサムっぽいところを出しながらも、あれはイサムより冷酷だ。やることなすこと極端だ」

 どこに聞き耳が立っているか、わからない。ここでイサムのことをほじり返すのは得策ではないとはぐらかすとロウは何か分かったように一つ頷いて、苦笑した。

 イサムが一番なじんでいた東支部だ。あのブラコンだから、弟について思い出話の一つや二つしていてもおかしくないだろう。

「ひっでえな」

 思い出すように笑うアタエにロウは鼻で笑った。

「ああ。敵に同情するぐらいだ。あれが国軍として、俺らと戦う羽目になってなくてよかった」

「……そんなにか」

 アタエを見上げて目を瞠った彼にアタエは目を細めて笑う。

 思い出すのは肩にけがを負いながらもグレネードランチャーを放った時のことだった。

 あれぐらい無茶をして、殲滅に勤められるのだ。

 国軍として、妙な正義感を持ちながらレジスタンスの殲滅運動に手を貸されていれば、機転と無茶で全滅に近いことになっていただろう。

「ああ。いつもはきょどるぐらいの奴なんだが、戦場に上がったときの働きは半端ない。……さっき、ヨっさんを仕留めたのも奴なんだよ」

「マジか? あの歴戦の猛者を?」

「ああ。……まあ、その話を知らないからできたことかもしれないけどな。あの体の状態で狙撃銃ぶっ放して腕飛ばしてから胸に」

「やるな。ミヤビ嬢がいたんだろ?」

「ああ。下手したらミヤビの胸に当たっていたかもしれない。だが」

「狙撃の腕が半端ないのか。適性は?」

「CQB」

「え?」

「信じられねえがCQBなんだとよ。五島が言っていたから間違いない」

 煙交じりに呟かれる言葉にロウは目を見開いて、面白そうに笑った。

「へえ、そりゃ、また……」

「とんでもないだろ? それに、ユイと馬が合ってるっぽい。よくユイが世話を焼いてるっていうかひっついている」

「ユイが?」

「ああ。あの由輝がだ」

 顔をしかめるアタエに更に面白そうに身を乗り出したロウ。アタエはそれを横目で見つつ嫌な顔をした。

「近づくな。気持ち悪い」

「だってよ、あいつがつくぐらいのやつだろ? どんだけの奴なんだよ。すげえぞ?」

 わくわくしたような声で聞いてくるロウにアタエは背をそらしてタバコの火をちらつかせた。

「わかってる。とにかく離れろ。根性焼きするぞ」

「わーわー」

 騒ぎ始めたロウにアタエは自分から距離を置いてしゃがみこんで背中を壁に預ける。廊下に灰を落として扉を見やる。

「で、死神に嫌われてるっぽいか」

「イサムは好かれていたがな。俺が言うんだ。間違いない。あいつは死ぬ気がしない」

「さすが野生の勘だな」

「うるせーな。喉焼き切るぞ」

 にらむとロウは笑って扉に近づいた。

「ロウ?」

「……こんなかにその面白い子が入ってるんだろ?」

「五島とヨウ、それとここの医療班が治療をしている。あんまりうるさくしてると五島にどやされるぞ」

「もうどやしたいぐらいですけどねぇ!」

 中から怒鳴り声が聞こえて二人そろって体をびくつかせた。扉が開いてこめかみに青筋を浮かべて血まみれの手袋をしたままの五島が出てきた。扉は足で開けたらしい。

「え? 五島……?」

「そんなに暇だったら薬かっぱらってきてもらいましょうか? ロウ。アタエ。ユイに言って、この紙に書かれている薬全部持ってきてください」

 手袋を取ってふせんに描かれた細かいカタカナの名前にフラッとロウがよろめいた。

「ユウは?」

「……とりあえず小康状態です。これから管理状態に入ります。それで回復傾向にあれば、部屋で静かに寝かせます。ほら、とっとと行った」

 ロウにふせんを押し付けて蹴りだした五島は扉を強く締めて中に引っ込んでしまった。

「……くそ、ロウ、行くぞ」

「うう……、また雑用」

「しょせん五島の下じゃ誰もが小間使いだ。おとなしく行かないと今度はナイフが飛んでくるぞ」

「わ、やべえ。あいつダガー……」

 かんとロウの鼻先をかすめてスローイングダガーが飛んできた。壁をぶち抜いて飛んできたということはそれなりに本気で投げたということだ。

「うぎゃあ!」

 駆け足になったロウにため息をついて、アタエもそれを追うことにした。

 五島がいれば大丈夫だろう。

 煙草を落として踏みつけて消火すると、見かけたユイを小脇に抱えて車に乗り込んだ――。

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