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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
3章:思い偲ぶより思い出して笑って
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3-16

「一気に抜くぞ。ユウ、しっかり掴まってろ」

 楽しげなユイの声と共にぐんと一気に車が加速した。アタエは本体を背負って後ろの荷台に移動して扉をあけたようだった。ごん、と鈍い音と共に風切り音が聞こえた。

「どうだー?」

「まあまあだ。さあ、うまくいくかどうか」

 アタエの声と共に構えた音が聞こえた。耳をふさいで身を縮こまらせると、激しい爆発音とともに煙が車内に充満した。焦げている匂いがあたりに立ち込める。

「まあ、この車も廃車決定かな」

 その匂いを嗅いでユイが呟いてミラーを覗く。

「運転手が小心者でよかった。うまく横転しやがったな。アタエ、掴まれ!」

 そういってユイがバックで運転して車に近づく。投げ出されそうになったアタエが青ざめた顔でユイをにらんでいるがユイは見えないふりをしてにやにやしている。

「お前、わざとだろ!」

「ユウ、お前は車内で待機だ。狙撃銃はそこにある」

 アタエの声にかぶせるようにユイが言って車を止めると、ひょいと軽い身のこなしで車を降りた。アタエも何やらぶつくさ言いながら降りてユイの後についていく。

「……」

 勇介はそのあとを見送ってため息をつき、狙撃銃を手にふと時計を見る。午後五時。日暮れまであともう少しだろう。空を見やって太陽の位置を確認して暗くなり始めた外を見て、最後にユイが向かった先を見る。暗くなって人の姿が確認できなくなったら外に出て撃てばいい。

 アタエがいた荷台に体をすべり込ませて身をひそめる。視線の先には首にナイフを突きつけられ、身動きが取れないミヤビと、突きつけているヨシと、けがをしたらしい運転手が、ユイとアタエと正対している。運転手は動けば撃つと言われているのだろう。膠着状態だ。

 ずく、とうずく胸の傷に歯を食いしばって痛みをこらえて息を吐く。痛みが全くないわけではない。意識の外に置いておけるぐらいで、意識すれば激痛が体に走る。それでも薬の力を借りてのことだ。これだけの激痛を外におけるぐらいだ。その反動も強いものだろう。

 ふと、近くにイヤホンがあることに気付いて耳に差してみる。

『なぜ、と言われてもな。……私はこの組織では理想を実現できないと思った。だから』

『だから、オレたちをハメて、ミヤビを人身御供にしてお前だけ国軍に取り入ろうと? 昔見捨て、見捨てられたはずの連中を』

『……』

 どうやら、ユイが仕込んだ盗聴器につながっていたらしい。これで狙いやすくなる。

「聞いてます」

 呟いて銃を手に会話を聞いていた。おそらく、ユイはこちらにも盗聴を仕掛けているはずだ。

『オレ一人じゃない。副チーフを犠牲にすれば、……いや、奴らは騙されたが、俺の言う副チーフを犠牲にすれば、全員を組み込んでくれると』

『そんなのは願い下げだ。あのくそ野郎のおもちゃになんざ成り下がらねえ。……国軍に戻るぐらいなら戦うことをやめる』

『それはできないんだよ。もう』

 間髪入れない言葉にユイが黙る。勇介も息をつめてそれを聞いていた。

『国軍内にも動きが出てきているんだ。俺が知っている中では二つもう動き始めている。連隊規模が二つだ』

『それがどうした。今更国軍となれ合う気はない』

『内側からの革命と外側からの革命を同時に起こさなければ、……どちらか片方では必ずや失敗する。だから……』

『だからと言って、このレジスタンスの行末をあんた個人だけで決めることは許されない。ハッキリ言ってこの独断は裏切りだ。

でっかい革命とかいうんだったら、まずこの組織を収めて筋を通すことからしなきゃならないだろう。お前はそれを怠った、そして、この中から犠牲と出すことで結びつける、下僕に成り下がるようなやり方で奴らに取り入ろうとしている。

それがオレは気に入らない。おそらく、組織の連中も気に入らない。抗争が起きてもおかしくないぐらいだ』

 しっかりとしたユイの言葉にうなずきながらヨシの言い訳を待つ。そして、しばらくして呟かれたのは存外に細い声だった。

『時間がないんだよ。もう』

『なんのだ? 命の時間ならば、俺たちは一秒先たりとも約束されていない。戦場に生きるにあたってそれは常識だろう? 何の時間がねえんだよ』

『……』

 黙りこくったヨシにユイは静かにため息をつく。緊迫した空気があたりを支配したようだった。遠目に眺めていても、それがわかる。

『ヨっさんよ』

 幾分押さえられた声に込められた感情は何か。震えている。

『オレはあんたと殺し合いなんてしたくなかったよ。でもな。その子を犠牲にするっていうんだったらオレらや組織の連中は黙ってはない』

『だが、オーダーは』

『その時点であんたは奴らの下僕に成り下がっている! 俺たちの行動理念はどうした。自由の糸を手繰るための組織ではないのか? 自由の元に生きて、自由をこの手に掴むために、支配から解き放たれるために戦ってきたんじゃないのか? 答えろ良哉!』

 激高したような、珍しいユイの怒鳴り声に勇介は身をすくませていた。怒鳴り声にビビってしまうのは治らないらしい。いたるところに走った痛みに顔をしかめさせて言葉を待つ。

『……もう、遅いよ、由輝』

 静かな声音にひやりと腹の底が冷えた。はっと立ち上がって銃を握ってスコープを覗く。手がぶるぶると震えて狙いが定まらない。膝射ちも伏せ射ちも体に走る激痛に気がとられてだめだ。

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