2-12
「長澤君」
「はい」
「勇一君はお兄さんだね?」
「……はい」
かすかにひきつった勇介の表情を見逃すはずもなく、五島はそうですか、と静かにうなずいて口を開いた。
「無理してお兄さんの代わりになろうなんてしない方が身のためです」
「っ」
はっと五島を見た勇介は、五島がさっきまで浮かべていた穏やかな表情がそこになくなっているのに気付いた。
そこにいたのは、冷徹な指揮官。
「自分がやらなければ他人が死ぬ。確かに、それはその通りです。ですが、そのために自らの心を殺すのであれば、それ相応の代償を払うことになります」
「……」
冷たい口調に勇介が小さく唇をかんですっと目を細めた。
それは、アタエやユイ、ミヤビにも見せたことのない、険の含んだ表情だった。
「代償とは?」
低い声に、五島が勇介の顔に手を伸ばして、細い指先で頬に触れた。
「あなたの人格です」
そこまで言って五島は手を引っ込めて、勇介から視線を外して懐かしそうな表情をにじませて窓の外をみた。
「いつかは無理が来ます。自分がそう思っていなくても、ね?」
「……それは経験談ですか?」
冷たい声に、五島はええと穏やかにうなずいた。
得意げに笑って気取ったしぐさで人差し指を立てる。
「たとえば、人格のかい離が起こりますよ? 自分の意識とは違うところで人を殺していたり、守るべき仲間を半殺しにしていたり、一人で国軍の大群に突っ込んで壊滅に追い込んだり、まあ、それはそれで楽しい現場でしたけど、ね」
コーヒーをすすって五島はふっと瞼を落とす。
勇介は、特に何か思っているわけもなく、ただ五島を見ていた。
「あとは、今、君が味わってる感情と現実感の希薄さ。作戦行動中はかなり楽になりますけどね」
それと、なにより、と前置きされて、勇介は険を宿した表情で五島を見る。
「あなたに生きろと望んでくれた人は、はたして、今のあなたを見たらなんというのでしょうね」
その言葉に思い浮かんだ面影があるが、それを振り払った。
「じゃあ、オレはどうすればいいんですか」
絞り出すように出された低い声に五島がふっと深い表情をする。
「それを見つけるのが、ここにいる理由です」
「え?」
「ここの滞在期間中に、あなたは、あなたの身の振り方を決める。今のあなたは、ぶれているんです。もとの自分と、違う自分と。それをすべて肯定するも、片方を否定するも、それはあなたの勝手です。どうぞ、ご勝手に。ですが、自分が見ている以上に自分を見てくれている、見てくれていた他人のことも考えてやってくださいね?」
さ、店の仕込みを手伝ってもらいますから、荷物をこちらに、と案内されて、店の奥に入って、地下室へ入る。
「地下には射撃施設が入ってます。勝手に使ってもいいですが、店が開いている時間帯はやめてくださいね」
そういいながら、一つの監獄のような部屋に荷物を置かされ、また上に戻って靴を履きかえて厨房に入る。
「明、新人です」
「保護対象だね?」
五島と同じ格好をした小柄な女性、三十代前半ぐらいだろう、が、ニッと健康美にあふれた笑顔を見せた。ショートカットがよく似合う女性だ。
「初めまして、真幸さんの妻の明です。組織ではメイと呼ばれてるから、好きな方で」
「あ、勇介です。ユウと」
「ん。で? まず、皿洗いかなー」
どうやら表に五島が出て、厨房内は明が取り仕切っているようだった。五島が、明の隣に並んで仕込みを手伝い始める。
そして、単純作業を淡々とこなして、あっという間に店の営業時間が終わる。




