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そして、翌日、アタエに連れられて五島のもとを訪ねていた。
「五島、いるかー?」
「与一? ああ、新人か。こっちに」
CLOSEと書かれた掛け看板が下がったドアを開け、中に入るとしゃれた内装が出てきた。
「初めまして。五島真幸です」
「あ、初めまして、長澤勇介といいます」
ほとんど形式的な挨拶を返して、改めて声の方向を見て、ああと納得した。
キッチンと客間の境目、ちょうどレジが置いてあるところに一人の男性が立っていた。
年のころは五十代に差し掛かったぐらいだろう。
適度にラフさが出ているストライプ柄のワイシャツと黒のパンツ、同じ色のカフェエプロンがよく似合っている。
笑いじわが目元にある穏やかな面差しは、縁なしメガネでゆるくなる雰囲気を少しだけ締めている。
「コーヒーぐらいだしてくれんよな?」
「仕方ありませんね。そのために仕込みの時間にやってきたんでしょう? 明、仕込み頼みますよ」
キッチンのほうに声をかけて、レジと隣にあるカウンター席の向こう側でコーヒーを淹れはじめた。
「そこに座った方がいいか?」
「そうですね。窓から見えない位置ですから。長澤君の顔はたぶん連中はまだ忘れていませんよ」
アタエに導かれるままカウンター席に座って荷物を下す。とはいっても暇つぶしのカメラと、軽い装備品だけだが。
「たしかに、ここに連れてくるのはわかりますね」
コーヒーをミルで挽いて五島がポツリと言った。
がりがりと音を立てながら回るミルのハンドルと、香るコーヒーのにおいに、一層、カフェの雰囲気が立つ。
「だろ?」
「あなたが進言したということですが、当たってます」
挽いた豆の粉を取り出して、あらかじめ熱湯を注いで紙臭さを抜いたペーパーの上に落とし、細く堪えずに縁めがけて湯を回し落とす。
「にしても相変わらずの手つきだな」
「一応これで食っているものでね。ユイもできますよ?」
「奴は見たら大体できるやつだろ?」
「私よりおおざっぱですけどね」
「それは性格の違いだろ」
湯を注ぎ終わって、今度はカップを温め乾いた布で水を落とす。
そして、あっという間にコーヒー三杯ができて、角砂糖とミルクが添えてアタエと勇介の正面に出された。
「んで? その子の怪我が治るまでの間ですね?」
「ああ。まあ、表情変わるのは戦場だけだから、日常生活は大丈夫だと思うぜ?」
「そうですか。それならばよかった。キッチンのほうを助けてもらいましょうかね」
「え?」
「ここは、精神的に不安定になった隊員を保護する場所とともにただ飯を食べさせるわけにもいかないのでここに滞在期間中は店を手伝ってもらいます。保護、と言っても、希望すれば訓練や、私自身、戦闘員でしたから、指導もできますよ?」
にこりと口元に微笑みをたたえた五島の黒い瞳の奥に、ちらりと何かがほのめいた。
「最近銃握ってないのか?」
「ええ。おかげさまで忙しいので」
笑みを消して殊勝な顔をした五島に、アタエがあーと意味不明な声を上げて行儀よくコーヒーに口をつける。
アタエのような大男がおしゃれなカップを傾けていても様にはなるのか、と一人思いながら、勇介はコーヒーに口をつける。
「たまる前にガス抜きしとけよ」
「ご心配、ありがとうございます。大丈夫ですよ。この年になってへまはしませんよ。自己管理のうちですから」
笑って自分の入れたコーヒーに口をつけ満足げに目を細めた五島は時計を見やってうなずいた。
「さ、そろそろ本格的に仕込みをしなければならないので」
「ああ、すまんな、御馳走様」
ぐびっとコーヒーを飲みほしたアタエが、いい子にしてろよと勇介の頭に手をやってから店を出た。




