2-7
「よう、勇介」
腕の怪我で戦場に出られなくなった勇介は、部屋にこもりがちになっていた。
「ユイさん」
部屋を訪ねてくるのはユイかアタエで、そのどちらもくだらない内容でここに来るのだった。そしてそのたびに適当に追っ払っている。
「今日は何の用ですか?」
おとなしく机に向かって戦術の復習をやっていた勇介に、ユイがわざとらしく顔をしかめた。
「おとなしくお勉強か」
「ええ。やることないですから。ティッシュゴミ増えても困るだけでしょ」
「お前も言うようになったな」
頬をかいて困った顔をしたユイが、片手に持っているものに目をやりながらため息をついた。
「たまらないのか? お前」
「ぼちぼち処理してますから」
それにユイやアタエなどほかの隊員と違って、戦地に赴いて昂ることもしていない。もともと淡泊な方であるし、と列挙するとユイがまあ確かに俺もそうだったなとつぶやいてつまらなそうにそっぽを向いた。
「だがな、若いうちに若いうちの性活しといた方がいいぞ?」
「余裕ができたら、ですね」
ずいぶんずけずけ言う勇介の口調に、ユイが首を傾げて、すと視線を投げた。
「どうした?」
「なにがですか?」
「なんか、自分に変化、ねえか?」
「……」
それはあると言いかけて、やめた。
そこで何かを言えば、ユイに深く追及をされる。
「特には?」
そう首を傾げた勇介にユイはまっすぐ向いて、深くため息をついて気配すら感じさせずに目つぶしをするために腕を伸ばした。
それをすかさずにとって腕を極めた勇介がため息をつく。
「何の真似ですか?」
「お前、前より、感情表現が希薄になってる」
「気のせいでしょう?」
「それと、やること容赦なくなってる。吹っ切れるのもいいが吹っ切っちゃいけないものもあるぞ」
腕をほどいて手に持った雑誌を置いて、ユイがそう言い残して部屋を出ていった。
「……吹っ切っちゃいけないもの、か」
ユイが出ていった方向を見やりながら低い声で呟いた勇介は、雑誌を見えないところに放り投げ、また、机に向かって戦術の復習を始めた。
そして、腕の傷が癒えて、勇介は戦列に復帰した。
三年も前とはいえ、軍出身者であり、身のこなしからも考慮して、新人研修は免除でということになっていた。
装備を整え、兵輸送の車内でも勇介は無言でライフルを肩に立てかけた状態で座り込んでいた。
ほかの隊員も同じように座ってうつむいたり、きょろきょろとしていたりしていた。
「新人」
「はい」
おいでおいでと手をひらひらさせられたのを見て、立ち上がると今回の隊長のもとに向かう。
隊長は一番奥にある小さなテーブルに向かって立っている。
「今回の目的は?」
「……。東支部奪還。裏から国軍を叩いて……」
「そう。821の旧市街地区にある東支部だが、若干遮蔽物が多い」
机の上にある写真を見せられて、一つ頷いた。
建物の中からとられたらしい周辺の写真は、確かにがれきや、建物に取り囲まれている。
「がれきの一つ一つに展開するのも面倒だ。俺たちは人員不足が常だ」
「……はい」
うなずいて首を傾げる。
なにを求めているのかが読めずに困惑していると、彼はにやりと笑った。
「対地ミサイルで国軍の車両を攻撃する。お前と、あと何人かで、そこの護衛をしてくれ」
「警護ですね」
「ああそうだ。4チームで守れ」
「で、なにをオレに?」
「中心、ミヤビ嬢の警護を頼めるか」
「……オレに?」
従軍経験があるとはいえ、副チーフを新人に守らせようという気がしれなかった。勇介は眉を寄せながら彼のいかついひげ面を見る。
「ああ。実力は折り紙付きだと思うぞ。心配ない。役割をこなせ」
励ますように肩を叩いて彼は笑った。
決して整っている顔立ちではないはずなのに魅力的な笑顔だった。なぜだろうか。
「了解しました。まさか、オレ一人ではないでしょうね?」
「ああ。そこは大丈夫だ。何人かでカバーする」
与えられた役割にため息をついて、元のように座り込んで展開の合図を待つ。
それからすぐ車は止まり、スキのない身のこなしで隊員が展開し、配置へ着くために移動を始める。
「行くぞ、新人」
頷いた勇介に満足げに笑った隊長はぽんと背中をたたいた。
「しっかりな」
目をかけてくれているらしい彼にうなずいて、勇介はため息をついた。
「ミヤビ、おとなしくしとけよー」
「わかってるわよ」
隣に来た勇介に眉を寄せてミヤビは深くため息をついた。
「監視役に新人をつけたか」
「そゆこと。じゃ、頼むよ」
隊長は指揮統制車に入っていく。
ミヤビは勇介を見て、周りに展開し始めた警護役を見てため息をついた。
「5人ほどでRPGを連続うち。あたしとあと3人でジャベリンをやるの。弾薬手、頼んでいい?」
「わかりました」
手渡された弾薬を担いでミヤビの展開場所へ着いていく。




