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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第三章 反逆
26/39

住職の昔語り

0702/16:10/住職/東鎖寺

「君は、矢吹龍一君……でしたね。コワガミサマのお嫁さんの、元ご友人の」


 姿を現した僕に、住職はそう言った。

 僕はムッとなって言い返す。


「元、じゃないです。今も、友人……ですよ」


 そう言うと、住職は無理に笑顔を作ろうとして、失敗したみたいな顔になった。


「付き人になられたそうですね。お噂は聞いていますよ」


 どんな噂だろう。

 たぶん良くない噂だ。村人にとって、とても良くない噂。


「そう……ですか。じゃあ話が早いですね。今その焼却炉で燃やしたのって『ミツメウオ』でしたよね? それも頭だけの。どうしてそんなことをこの『お寺』でやってるんですか? 僕、コワガミサマのこと全然知らなくて。この村の事も……。だから、付き人のお役目をしっかり果たすために、いろいろ調べているんです」


 よくもまあ口からでまかせがポンポンと出たもんだ。自分でも呆れてしまう。

 でも、割と自然な理由だったはずだ。 


 住職は、ちらりと焼却炉の方を見て言った。


「この中身を、ご覧になったのですか……。なるほど。では少しお話しいたしましょうか。この村と、ミツメウオと、コワガミサマとのことを」


 三つの出来事は、一つの線でつながっている……?

 僕は、住職の説明が始まる前からどこかそんな予感がしていた。

 そして、その予感は見事的中する。


「……なっ」


 住職の話を総合すると、要はこの一連のミツメウオの処分は、願いの主となった漁師たちのためでもあるし、コワガミサマのためでもあるし、村自体のためでもある、ということだった。


「はじめはふもとの漁師たちの『豊漁の願い』が起源でした。でも今は……これがコワガミサマの新たな力となっているのです」

「どういう、ことですか?」

「こちらの灰……」


 そう言って、作務衣姿の住職は、焼却炉の下の蓋を開ける。

 その中には白く溜まった灰があった。それをスコップで掻き出して、近くに停めてあった手押し車に載せていく。

 その中にはところどころ金色の粒が光っていた。

 あれは……。


「見ておわかりでしょう。この粒は、金です。そしてコワガミサマのお体の一部、なのですよ」

「えっ? コワガミサマの体の一部……?」

「はい。そして、『お力』も宿っています」

「…………」


 僕は絶句した。

 胸元のお守り袋を無意識に掴み取る。

 たしかに……コワガミサマはこれについて語っていた。


 【この中には、我の生み出した金属があった。これを常に持て】と――。


 それは、今までひっかかっていたけれど、スルーしていたことだった。

 金が、砂金がコワガミサマの体の一部?

 そして、それがミツメウオの目の裏についている。


 どういうことだろうか。

 どうやって魚が砂金を体内にとりこむというのか。しかも目の裏に。


「ついてきてください」


 そう言うと、住職は灰を載せた手押し車をどこかへ移動させていった。

 僕は住職の後に続いて、本堂の裏手の林を抜けたところまでついていく。するとそこには、小さな用水路があった。


 住職は、欄干もなにもない橋の上から、いきなり用水路に灰をぶちまけていく。


「何を……?」


 すべての灰を捨て終わった住職は、僕に振り返ると言った。


「この用水路は、境雲村を南北に流れる川に通じています。そして、川にはこの灰が流れ、さらに海へと流れていくのです。それが何を意味するかわかりますか?」

「…………」


 僕はごくりと唾を飲み込んで沈黙する。


「村のいたる場所に、この成分が沁み込むのですよ。そして、海に生息するものにも取り込まれます。そして……それを食べた者はすべて、コワガミサマの眷属となるのです」

「………」


 わけがわからない。

 ケンゾク?

 なんだそれは。


「この村に住む者は、必然的にコワガミサマの恩恵が受けられます。この村に住んでいない者は、精神だけがその恩恵を受けられます。ああ、なんと素晴らしいことでしょう」

「……あ、あの……恩恵って? 灰って……」


 理解が追いつかない。

 それでも、僕は住職からその意味を教えてもらおうとした。


「全ての者はここへ帰るのです。あなたのおじい様、おばあ様、お父様もこうして巡っていったのですよ」

「え?」


 僕の、じいちゃんとばあちゃん、それに父さんも?

 どういう……。

 え?


「巡って……? まさか」

「ええ。全部ではないですがね。一部は……誰でも昔からこうしてきたのですよ」


 そう言いながら、住職はまた手押し車の取っ手を掴み、本堂の方へ戻って行く。


「良ければこの村の成り立ちも、お教えいたしましょうか? 文献が残っていますので、本堂の方へいらっしゃい」


 僕は、震える足で、また住職についていった。

 恐ろしいことを聞かされる。

 それをなんとなく予想したけど、ここで逃げるわけにはいかなかった。ジュン姉を救うために、コワガミサマのことを、この村のことを知らなければならないのだ。


 手押し車を、まだ熱が残っていそうな焼却炉の横に置き、住職は本堂の横の階段を上がっていった。

 僕も靴を脱ぐと本堂の中に入った。


 中はやや薄暗く、ひんやりとしている。

 たくさんの仏像や、仏具が整然と並んでいた。葬式の時にしか見たことがなかったけれど、どれも金ピカで派手だった。天井や壁も、金箔が張られているので目にまぶしい。


 住職は仏像の裏に回ると、なにやら巻物を持ってきた。


「これをご覧なさい」


 畳の上に、その巻かれた長い紙が広げられる。

 そこには黒い触手に覆われた人や、透明な巨人、ミツメウオの大群など、奇妙な絵が描かれていた。


「一番右端……ここに大きな人のようなものが描かれていますね?」

「は、はい」


 それは山をも超すような、巨大で透明な人が地上に足を下ろしている絵だった。


「これが初期のコワガミサマです」

「えっ?」

「身の丈が一町(約百メートル)はあったと言います。デイダラボッチなどと、他の地域では呼ばれていたようですね。当時コワガミサマは、他の神様とご一緒に天から降りていらっしゃいました。そして、この地に下りられた神様だけがコワガミサマとなられたのだそうです」


 なん、だって?

 デイダラボッチ……?

 そんな民間伝承の御伽噺みたいだなんて。でも、コワガミサマはたしかに実在する。であれば、それらの話は決して迷信ではなく……実際にあったことなのだろう。


「ですが、この境雲村ははじめ、誰も人が住んでいない土地でした」

「は?」

「ですから、昔は人っ子ひとりいなかったのです」


 そうだったんだ。

 誰かしら住んでいただろうと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。ただの大自然だったようだ。

 その「昔」というのがどれくらい大昔の事なのかわからなかったけれど、僕はこの土地の歴史に思いを馳せた。


 住職の昔語りは続く。


「コワガミサマは大層困られました。コワガミサマは人間や他の生き物が抱く『罪悪感』という負の感情を栄養にしていたからです。そのため、生き物、特に人間を呼び寄せるために金を山に作りました」

「え?」

「昔、頭地区の方の山に金鉱があったことはご存知ですか?」

「あ、ええ……はい」


 金鉱。

 そのおかげで、この村がかつてゴールドラッシュに沸いていたというのはちらっと聞いたことがあった。

 でも、それがコワガミサマのせいだったなんて……。


「あれは、コワガミサマの体が変質したものだったようです。そして以来、コワガミサマは精神体だけの存在となりました。自らの体を取り込んだものにだけ恩恵を与え、またその者たちから罪悪感をもらう。そういう共存関係に我々はなったのです」

「…………」


 住職はそう言って、巻物の絵を指し示す。

 そこには金鉱に従事する人々、ミツメウオを食する人々、ミツメウオがたくさん海から捕れる図などが描かれていた。


「じゃあ、夜のお役目で村にヨソモノが現れるのは……」

「彼らはミツメウオを食べた者か、どこかでこの村の砂金を体内に入れた者……ということになりますね」


 なんてことだ。

 ミツメウオは……頭部を取って「アジ」として出荷されている。

 それを食べた者が……夜の村に精神体だけのヨソモノとなって現れる。そういう仕組みになっていたなんて……。


 そして、そのルールに反した者は、コワガミサマの天罰を受ける。


 巻物には、コワガミサマの黒い触手に絡め取られているお嫁さんと思しき女性や、処分される村人たちも描かれていた。


「だいたい、おわかりいただけたようですかね……。では頑張って、付き人のお役目成し遂げてくださいね、矢吹龍一君」


 住職は巻物を巻き直しながら、そう言ってにっこりと笑ったのだった。

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