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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第二章 神のご加護を《ゴッドスピード》
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部隊間通信網

 かつては、街と街を繋いでいた。

 というのも、今では廃墟と廃墟を繋ぐ、道なき道だからだ。

 もともと、人の足で踏み固められた程度の粗末な道だったので、今ではそれといちいち指摘してくれないと、ここにもとから道であったことなんて、到底わかりそうにもない。

 そう、ボクの目の前に広がっているのは、ただのスフェールの大地だ。


「恵澄美の奴、口説かれてんぞ」


 キャロライナが言うので、ボクはディスプレイを凝視する。

 グロリアに載せられた優秀なAIがボクの視線を感知して、映像を拡大してくれる。

 米軍から払い下げられた高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)の後部座席に収まった、恵澄美の横顔がはっきりと見える。


「……これだけじゃ、口説かれてるのかわからないよ」


 無論、ガンマイクの精度を上げれば恵澄美の話している言葉だって拾えるけれど、そこまでの過剰な労力を割いてまで確かめてみたいとは思わない。

 第一、今ボク達は仕事中な訳で、余計なことをしている暇はない。


「いや、あれは絶対口説かれてる」


 キャロライナは自信満々に言う。


「……根拠は?」

「あたしが男だったら絶対口説く」


 通信を開いていたエリンが間髪入れずに溜息をつく。

 ボク達は陸軍犯罪捜査局(CID)の軍人や連邦捜査局(FBI)の駐在官――元からスフェールにいて、紛争勃発時には隣国イタリアに避難していた――からなる捜査官と、証拠を収集し鑑定する鑑識団の警備業務に従事していた。

 彼らは、スフェール半島で発生した大量虐殺や組織的集団強姦などの、深刻な国際人道法違反の責任を有する者を訴追して処罰する旧スフェール国際戦犯法廷《ICTS》――略称はイクティス――で裁くために、ICTS検察局に協力している部隊だ。

 ユーゴスラヴィアやシエラレオネ、ルワンダ、カンボジアの時とは違って、今回の活動は現在進行形の紛争地帯を扱っているため、ユーロのお巡りさんを派遣することができなかったという、かなり切実な事情がある。

 だから、主に捜査経験者や、元から出向していた連中、そして、米軍内部に対して警察の真似事をしていた皆さまに声をかけまくり、駆けつけて頂いたということだ。

 幸いなことに、軍民交流が盛んな合衆国(ステイツ)では、こういった人材には事欠かない。

 もっとも、こういった戦犯法廷は往々にして、犠牲者の山脈がこしらえられた後に、悪党や大悪党の首を絞めるのが主目的だったりする――というのは真っ赤な嘘で、死刑なしの拘禁刑がメインだ。当人は罪のない人間の頭を文字通りかち割り、アサルトライフルで吹き飛ばし、FHで踏んづけておきながら、牢屋にぶち込まれるだけなのだから、世の中というのは不公平だ。

 アメリカのいくつかの州だったら、薬物を打ち込まれたり、電気椅子に座らせられたりするところなのに。そんな連中相手に、基本的人権が云々と説いたところで世界は何も変わらないとボクは思うのだけれど。


「とはいえ、被告人の席に座るはずの、肝心のギーツェンがいないってのは盛り上がりに欠けるんじゃねーの」

「つまり、それまでの間にあの男(ギーツェン)を捕まえて、ハーグに送り届けなくちゃいけない、ってことよ」


 エリンはそう言うと、見る者をぞっとさせるような妖艶な笑みを浮かべた。


「あー、ったく。面倒なことになったな……」


 ボク達ブラスト社の社員(コントラクター)のFHが主体となって、ギーツェンのネグラを包囲する。

 と言っても、かつてのギーツェンの拠点は今は人っ子ひとりいなくて、包囲も何もない。

 ブラスト社お抱えの歩兵部隊――アメリカの各種特殊部隊から引き抜かれた自慢の精鋭部隊――が突入するも、銃声一つ聞えて来ない。時より聞こえてくる怒号や罵声は、突入要員のものだ。

 彼らの叫び声を聞いて、日本の特殊部隊は無言で突入していくという噂を不意に思い出す。まさにニンジャだ。

 派手な戦闘にならないことが事前にわかっていたからこそ、調査団がいて、恵澄美の取材も認められている。そういう意味では調査部やジョシュアのプラン通りな訳だ。

 戦場は常にスリリング――な訳ではなく、緊張を強いられながらの待機している時間が多い。

 突入作戦が決行されたのはまだいい方で、今まさに戦場へ飛び込むその瞬間に、よりにもよって作戦中止が伝えられることだってある。色んな不確定要素や不安材料によって、攻撃中止帰投率(アボート・レート)がじりじり上がっていく。

 という訳で、ボク達は各々FHのコックピットで、警戒活動に入っている。 

 これは、もともとの警備対象の恵澄美が、エーファの実況見分に関連する一連の行動に対する取材を申し込み、それを国防総省(ペンタゴン)を中心とした有象無象がフォローして実現したお仕事だ。それなら、調査団の警備業務もまとめてブラスト社に発注してしまおう、という経緯がある。


「つまり、ギーツェンの畜生がやらかした数々の残虐非道を、片っ端から恵澄美の奴にリークして、今後の足場を踏み固めたいってことだろ」


 キャロライナはシートにもたれかかって、肩を竦める。

 お下品な言い方をすれば、そういうことになる。

 PMSCsの追加派遣と、増派した分だけ駐留米軍を削減する。それが国防総省(ペンタゴン)の狙いなのだけど、残念なことに彼らは合衆国(ステイツ)の尊厳と期待を一身に背負っていて、そう簡単には母国へ帰してもらえない。

 あるいは、国防省や行政府で意思決定に携わるお偉方が、支援を惜しまない軍需産業複合体やPMSCs、広告代理店(PRC)の「声なき期待」を汲み取って、それをアメリカの政策に反映しているのかもしれない。

 その辺りの政策形成過程、政策実施過程の云々の話は、ボクの預かり知らぬところだ。あまりに遠いところで下された決定なので、ボクにとっては自分のことのようには到底思えなかった。


「ユニット・アイリーンの諸君。どうだ、ちょっと外の空気を吸わないか?」


 耳あたりのいい低音の声。

 各ユニットの部隊間通信網からだ。だけど、各ユニット員を構成するブラスト社の人間じゃない。

 それはどういうことかというと、調査団の責任者クラスの人間の声ということになる。自然とボクの気持ちも引き締まったものになる。

 ボクは一瞬迷う。

 いたずらに戦力を割きたくないという戦術的な見地からでもあり、わざわざ降りて行って調査団の連中の目に触れる様な「目立つ」ことはできれば勘弁して欲しい、という心情的な見地からでもある。

 ボクはこの刹那の間に頭を回転させて、次の一手を慎重に検討する。

 あと、「ユニット・アイリーンだから、略してユニットA」じゃない。先にユニットAという枠組みがあって、「じゃあ『A』から始まる英単語でチームに実在しない女の子の名前をコールサインに」ということで、ボク達ユニットAの構成員は「アイリーン」なんだけど。

 だから、ユニットBはブレンダであり、Cはカーリーで、Dはダイアンなのだ。ちなみに、ボクらが使うグロリアが女の子の名前なのはたまたまだ。


「行ってくれば? 全部で八機もUAVがある訳だし。FHだって二機が外れてもまだあと一四機あるんだもの」


 通信係のエリンが言う。

 エリン機は単に通信係なだけじゃなくて、ユニットリーダーのボクに何か良からぬこと――それは大抵、作戦行動に支障が出るくらい怪我したり、最悪死んだりする――があってその職務が行えない時、その指揮権を代行する権利の最上位なので、部隊間通信網を「聞く」だけならできるのだ。


「お、いいねー。誰も行かないなら、あたしが行く」


 キャロライナがノリノリな口調で言う。

 彼女からしてみれば、こんなところで退屈な仕事をしているよりも、外の空気を吸いながら、調査団の働きぶりでもぼんやり眺めたいんだろう。

 まぁ、その気持ちもわからなくもない。ボクだってできるものなら、そうしたい気がない訳ではない。

 ボクは眉を曲げた。


「……クレア、行きたい?」


 そして、訊く。

 ボクはキャロライナとコンビを組んでいるから、キャロライナが行くならここはボクが行くところなのだけれど。

 ただ、エーファの身柄を確保した時、キャロライナとクレアのバディだったことを思い出したボクはその可能性にかけてみる。


「あ、そういうことなら……」

「クレアには残っていて欲しいわ。現地語が扱える要員を一応、残しておいてほしい」


 クレアの言葉を途中で遮って、エリンがしれっとした顔で言う。

 ひょっとして、ボクの思考を読んでいるのかもしれない。もしそうだったとしたら、地味な嫌がらせだ。

 とはいえ、初心で冗談が効かないクレアを米軍兵(ヤンキー)の面前に晒してしまってもいいのか、と考えると確かにエリンの気持ちもわからない訳ではない。


「わかった。じゃあ、エリー。留守を頼むよ」

「了解」


 ボクとキャロライナはグロリアをなるべく建物の近くに寄せる。

 何より危ないのは、機体に乗り込む時、そして降りる時だ。

 という訳で、何かあった時に備えて、建物を盾にできる位置にグロリアを置いておく。

 こういった場所では機体を土下座させて、乗り降りする。

 その姿は滑稽でともすれば情けない訳だけど、残念ながら背に腹は代えられない。


「ツクモ、気をつけろよ。一一歳の頃から戦ってた一五歳の少年兵は、二〇〇メートル先にいる人間の頭を、なんとAK四七で撃ち抜くことができるんだってよ」

「……それって、子どもじゃなくて、もう化物か何かだよね」


 カラシニコフは精密射撃の出来るような武器じゃない。集弾効果云々もあるけど、沢山の鉛弾を吐き出してそのうちの何発かが当たればいいな、という類のものだ。

 つまり、ボクが何をここで言いたいかというと、人間業じゃないということだ。

 ハッチを開けると、心地よい冷たさの風がコックピットに流れ込んでくる。

 遠くに広がる綺麗な水色をした海は、アドリア海だ。

 ポロロッカとその周辺は、スフェールのなかでも比較的温暖な地域で、自然の厳しさよりも優しさを感じさせてくれた。

 なるほど、こういうのも案外悪くはないのかもしれない。

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