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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第一章 厄が来ませんように《ノック・オン・ウッド》
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棺桶《ハート・ロッカー》

 駐屯地というよりも、ちょっとした街のようなものだ。

 周囲を山に囲まれた丘陵地帯にキャンプ・ポロロッカは建設された。面積は三六万平方メートル。戦車止めや検問所、それに九カ所ある監視塔が取り巻くように作られ、厳重な警備網を敷いている。

 街は北部と南部に分かれていて、なんでも二つずつ揃っている。臨時庁舎(テンポ)も、工兵管区エンジニア・ディストリクトも、レストランも、教会も、刑務所も、病院も、語学研修センターも、なんでも。なんでもだ。それは、全部と言い換えても過言じゃない。

 そこで兵士達はバーガー・キングであれ、なんでも注文できるし、カプチーノ・バーだってある。その他の軽食と飲み物なら二四時間営業だ。ショッピングセンターも当然二カ所あって、最新の映画から衣料品、果ては土産物までバッチリ揃えてある。

 余暇を持て余したら、バレーボールとバスケットボール用の体育館、それに大規模なフィットネスセンターもある。ビリヤード、ボーリング、卓球。それにテレビゲーム。ボク達は一昔前の戦場よりも、ずっとずっと快適な環境の下で、思う存分ドンパチできるという訳だ。


「なんだこりゃ。……正直、想像以上だぜ」

「今時の駐屯地はみんな、こんなものよ」


 あの後、輸送用無人ヘリにピックアップされたボク達は、北部側の空軍基地で機体を降り、この駐屯地に向かった。

 ちょっと前までは先進各国が揃って買い求めたFHのロングセラーであるW一九コム二オ、武装組織御用達でお馴染みのV〇六六ヴォーリャが多い。


「……コム二オとヴォーリャばっかだな、つまんねーの」


 けれど、なかには英独が共同で開発したEW二〇三〇ユーロウォーカー・ウェスタリーズみたいな比較的新しいFHの姿も見られる。偏西風(ウェスタリーズ)の名の通り、西から巻き起こるこの大きな風がこの半島に平和をもたらすきっかけになるだろう。

 肩の国章から、ドイツ軍とオーストリア軍のものであることがわかる。コムニオやヴォーリャの武骨な甲冑姿とも、グロリアの洗練されたフォルムとも、異なる印象の機体を横目に、ボクは言う。


「ウェスタリーズはまだまだ高いからね」

「グロリアはねえのかな?」

「さあね」


 とはいえ、アメリカ軍の特殊作戦部隊(SOF)はきっと、グロリアと同世代機である最新鋭機を、合衆国(ステイツ)から遠く離れたスフェールくんだりまで運んできているはずだ。

 ただ、まだ大っぴらにできないだけで。どこかの格納庫(ハンガー)のなかに、ひっそりと押し込まれているに違いない。

 整備を委託された業者に任せてから、一通りの手続きをようやく終えて、ボクらはようやく宛がわれた宿舎に向かっているところだ。

 PMCブラスト社から貸し出された車――と言っても高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)だけど――を走らせての道中になる。明確な役割分担がある訳じゃないけれど、今ハンドルを握っているのはクレアだ。

 ボクやキャロライナ、エリンよりも一歳年下で、後から入ってきたクレアはこういった場面で先陣を切ってくれる。建物への突入から、カフェテリアのオーダーまで。そういう意味で、クレアは他のユニットの誰よりも気配り上手だ。


「おい、見ろよ」


 キャロライナが指差し、エリンがホッと短く息を吐く。


「わっ、お洒落!」


 クレアも思わず見とれる。


「おいおい、前っ! 前っ!」


 キャロライナが慌てふためいてみせる。

 これくらいでハンドルを取られるクレアではないのだけれど、キャロライナの気持ちもわからないわけではない。つまり突っ込みどころ、弄りどころというやつだ。

 東南アジア様式の木造家屋――周囲にベランダをめぐらし、広々とした部屋がそれぞれ六室、もちろんシャワー付き――が二五〇戸立ち並び、その間を広い舗装道路が縫っている姿は壮大で、ともすればここがスフェールで、戦場なのだということを忘れてしまいそうになる。


「『ハート・ロッカー』だったかな。イラク戦争の時の話なんだけどな、やったら質素な宿舎でさ」

「まさに、苦痛の極限地帯(ハート・ロッカー)な訳だね」

「ああ、棺桶(ハート・ロッカー)だ。ここを建てた奴はホント、いい仕事をしたな」


 とはいえ、今でも陸軍(アーミー)なんかだと、プライベート・スペースどころか間仕切りすらない旧式の仮設テントで、寝返りをうつスペースもないひどいベッドで夜を明かさなくちゃいけなかったりする。


「キャンプ・ポロロッカを建築したのはケロッグ・ブラウン&ルート《KBR》社よ。コソヴォ紛争の際にもちょうどこんな感じのキャンプ・ボンドスティールを建てて話題になった業者ね」


 KBR社はあの有名なハリバートン社の子会社で、二〇〇五年にイラクで補給、装備、保守に総額一三〇億ドルの契約を結んだ実績のある企業だ。

 これは時価に換算して、第一次湾岸戦争での出費の約二倍にあたり、独立戦争から第一次世界大戦までの間の合衆国(ステイツ)の戦費総額に匹敵する。

 この他、イギリス政府もイラクでの兵站の全てを、このKBR社に委託していた。

 とはいえ、このKBR社、決算報告の粉飾から、不透明な契約の数々、ペンタゴンへの水増し請求、仕事はしないで金は取る。

 というわけで、アメリカのマスコミからは、KBR社と言えば「けちん坊」で、仕事に見合わない料金を吹っ掛ける会社と相場が決まっている云々と言われるオチまでついている。


「KBR社ねぇ……確か元副大統領のチェイニーが社長だったところだろ?」

「うん。彼が社長だった時、正式の入札を誤魔化して契約を取って、数百万ドルを手にしたとか、なんとかもっぱらの噂だよ」

「まぁ、それでも、ここにはなんでもあるわ。このキャンプにないものと言えば酒類だけ。ノンアルコールのビールなら大丈夫だけど」


 エリンがキャロライナへ視線を送る。

 エリンの茶化すような目線に気付いたキャロライナは、大仰に肩を竦めてみせた。


「ったく、湿気たこと言うなよって話だよな、ホント」

「キャロル、きみはまだ未成年だよ」

「ツクモもカタいこと言うなっつーの。まぁ、先に現地入りしてた先輩連中から話はまるっと聞いてたから、私物に混ぜて送っといたけど」


 なんて奴だ。


「じゃあ、荷物を一旦宿舎に置いたら、夜ご飯を買いに行こっか?」


 クレアが楽しそうな口調で言い、にこやかな笑みを浮かべる。

 ということで、何やら豪奢な宿舎を堪能するのは後回しにして、ボク達は「街」へ繰り出すことになった。

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