第205話 怪しい人影
編集作業が一区切りつき、外に出ることにした。
日が落ちれば、村人は皆、家の中に引っ込んでしまう。
外にいる内に情報を集めねばならない。
『おー、危ないところだった。ギリギリで間に合ったな』
いかん、幻聴……いや、守り神を自称する何かがやって来た。
こいつ、俺から離れていたのか。
絶好の機会を逃したような……あるいは危険なことをやらかす寸前だったような……。
そんな不思議な気持ちだ。
さて、まずは予定通り、雑貨屋を見に行く。
昨日は無人だったが、今日はどうだろう。
祐天寺のメモでは、雑貨屋にあの栃子がいたらしいが。
死んだはずではないのか?
行ってみれば分かるか。
「ごめんください」
雑貨屋の扉を開く。
引き戸になったそれは、ガラガラと音を立てた。
なんだろう?
昨日とは違い、人の気配と言うか、生きているものの気配がする。
「いらっしゃいですぞ」
「ああ。……おや? メガネの……なんだ……? 子供……?」
年頃は、夏乃や秋奈とそう変わらないような、若い女がカウンター向こうにいた。
メガネをクイクイっと動かし、顎を撫でたりしている。
なんか動きに落ち着きがないな。
「あー、俺はこの村に取材に来た者ですが」
「ええ、存じ上げておりますぞ」
「栃子さんじゃない……。誰だろう……?」
祐天寺も知らないのか!?
向こうは一方的にこっちのことを知ってそうなのに!
それから、なんだあの口調は!
「どうぞどうぞ、入店してごゆるりとご歓談を」
「落ち着かなげなのに、恐ろしく冷静だな……。ええと……この雑貨屋について聞きたいのだが」
「うむ、村で唯一の雑貨屋ですぞ」
「ああ。そうらしいな。それで、昨日は誰もいなかったが」
「あなたには見えなくなっていたのですぞ。なので今日は生者である私がいるのです。生者と死者の境界にいると見えるのです。あるいはなんか見える人が見える……」
「最後に適当な条件が追加されたな……! つまり……昨日は本当にここに栃子がいたわけだな? やはりこの村、何かがおかしい……」
「おかしくなってますねえ」
ふんふん頷く祐天寺。
あれ?
なんだかメモを取れてないな?
「不思議なことに筆が進まないですね。なんでだろう……?」
「新しい情報が全く無いからですな。神社を見てきてはどうです。例の双子に会えるかも知れません」
「わ、分かった。なんだこの感覚……。核心的な情報をポンポン出してくるぞ。むしろ情報が多すぎて俺が混乱するほどなのに、祐天寺のメモでざっと書いてあった情報ばかりだ……。ああ、それと!」
電話を借りるのだった。
電話代を払い、編集部に連絡をする。
『おう、どうだ? 進展してるか?』
「進んでますよ。初っ端から今まで、体験したことがないことばかりが起こってる。頭がおかしくなりそうだ」
『いいねいいね、本格的じゃないか。俺達が酒や徹夜でパーになって初めて、面白い記事ってのは書けるもんだからな。頼むぞ中条。いい記事だったらトップに掲載できるからな』
「ええ、やってやりますよ。いつも掲載位置がモノクロページってのは気に入らなかったんだ。今度は俺が巻頭カラーページを飾りますからね」
やる気になってくる俺。
古参の記者が多い中、俺程度ではまだまだ若手扱いなのだ。
来年は三十だ。
ここらで結果を出しておきたいし、そうしないと世帯を持つにも中途半端で逃げのように感じる。
電話を終えて溜息をつくと、祐天寺が俺を覗き込んできた。
「なんか厳しいこと言われました?」
「いや、期待の声を掛けられた。俺もいい年だからな。本当に、ここらで結果を出しておかないと……」
「頑張りましょう、先輩!」
「ああ、そうだな!」
俺は祐天寺の励ましをありがたく思いながら、店を出る……。
「何か買っていくのですぞ」
メガネの店員から声がかかった。
それもそうだ。
ということで、ラムネを買った。
ビー玉を押し込み、甘い炭酸に口をつける。
美味い。
午前中に根を詰めていて、のどが渇いていたようだ。
体に染み込むようだ。
祐天寺もごくごく飲んだ。
こら、若い娘が大きなげっぷをするもんじゃないぞ。
瓶を店に渡して……と。
「よし、じゃあ昼の神社を拝みに行くか。その道すがら、出会った人に取材していくぞ」
「はい! 噂をしたら、井戸端会議をするおばさんたちが……」
「本当だ。あのー! 東京から来た記者の中条と言いますがー!」
ミクダリ祭について取材を行う。
おばさんたちはごく普通と言った感じで、質問に答えてくれるのだ。
ミクダリ祭は男たちだけが集まる祭りである。
ただ、その前夜祭があり、これは外からテキ屋も入ってきて賑やかなものになる。
村人が総出で参加し、大いに楽しむようだ。
二日目の本祭が、儀式性を帯びたものになるわけだ。
「これは新しい情報ですね! メモが進みます!」
「ああ。実行は……前夜祭が七日後か! 近いな……それに思った以上に取材に協力的だぞ。時折怯えているようだったのが気になったが」
「先輩、後ろで幻聴がおばさんたちを『元気ですかー!』って言って威嚇してたのは聞かないふりしてましたね……」
「元気があればなんでもできる……って猪木じゃないんだから……。守り神が何を言ってるんだって思ったよ」
俺達はオカルト取材に来ているんだ。
雰囲気が壊れることはやめてくれよ守り神!
おばさんたちがお喋りをやめ、そそくさと退散していく。
怯えているような動きはやめてくれ。
『軟弱な連中だな。自分より弱い者しか相手にしていなかったのだろう』
あんたはちょっと黙っててくれ!
「くすくす……」
「くすくす……」
聞こえてくる笑い声。
「先輩、これは……!」
「ああ、あの双子だ……!!」
『どーれ……』
頼むから守り神は大人しくしててくれよ……!
雰囲気ぶち壊さないでくれ……!?
お読みいただきありがとうございます。
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『元気ですかー!』は1990年代からなので、この時点のネトラレブレイカーの『元気ですかー!』はエポックメイキングなわけですよ




