第196話 怪異
「祐天寺、足元、気をつけろ」
「はいっ! スニーカー履いてきて良かった……。ヒールだったら終わってた」
「取材行くのに上品な靴履いてくる奴がどこにいるんだよ。そら、そこ滑るぞ!」
「はいー! 足元が暗くなってて……見えにくい……」
御降村は着実に近づいてくる。
木々の合間を抜けて、すり鉢状になった村に降りていくところだ。
日は暮れてしまっているから、足元が見えずに大層危ない。
かと言って、森の中にいては獣が出てくるかも知れない。
危険を押して、村に向かうより他なかった。
「あっ!」
「危ない!! 祐天寺!!」
途中、祐天寺が足をすべらせて転倒しそうになるも、俺が彼女を受け止めて事なきを得る。
柔らかな感触と彼女のにおいで、俺はなんとも言えぬ気分になった。
いかんいかん。
会社の女好きな先輩と俺は違うのだ。
取材先で、後輩に粉をかけるなどもっての外……。
『そういう一時の感情に蓋をするからNTRされる。これはNTRゲー主人公の豆な』
『勇者も似たようなものですが?』
『俺はいいんだよ。そこで間男叩き潰すから』
『まあ』
何か声が聞こえた気がして、俺は周囲を見回した。
誰もいない。
静かなものだ。
村からだけ、生活音が聞こえてくる。
祐天寺も怯えている。
「ゆ、ゆ、幽霊でしょうか」
「そんなバカな……。この科学万能の時代に、そんな非科学的なものがいるはずが……」
彼女を支えながら、一緒にゆっくりと山を下る。
村の灯りはどんどん近づいてきていた。
そんな中、祐天寺が何かを見たようだ。
「先輩、あれ……。人間……? 村の人……? あ、あ、ああああ」
様子がおかしい。
「おい、祐天寺。どうした? あれって……」
彼女の見つめる先に目を向ける。
そこは、村の入口にある小さな畑。
人影?
暗闇の中でも分かる、妙にはっきりとした青色が揺れていた。
人の形に見える。
それが、くねくねと蠢いている。
……人か?
本当に人間なのか?
人の体は、あんなにぐにゃぐにゃと、まるで骨なんか無いかのように曲がり続けるものなのか……?
あれはなんだ。
目が、目が離せない。
「う……あ、ああ……」
喉から声が漏れてくる。
いけない。
あれは、あれは見てはいけないものだ。
だが、俺も祐天寺も見てしまった。
この村にはいたのだ。
本当のオカルトがいて、それはとても危険なもので……。
意識が曖昧になってくる。
もはや、何が危険で何がそうでないのかもわからなくなり……。
そんな俺の耳に、妙にはっきりとした声が聞こえた。
『この場を乗り切る力が欲しいか? 欲しければ脳内でゴングを鳴らせ』
「ゴン……グ……」
仕事をしながらよく見ていた、プロレスの試合が脳裏に蘇る。
ゴングが高らかに鳴らされ……。
俺の意識は暗転した。
■
「ツアーッ!!」
『ウグワーッ!?』
交代して直後の、震脚!
空間を震わせながらの跳躍!
そしてくねくねに真空飛び膝蹴り!!
怪異はダメージボイスとともに吹っ飛び、地面をバウンドした。
『な……なぜ……! 我が軟体ボディはあらゆる打撃を受け付けぬはず……!!』
「炸裂の瞬間に発剄を放った!! お前の軟体を飛び越えて、肉体の芯に真空飛び膝蹴りが決まったのだ!!」
『バカな……! ミクダリ様の御使いたる我が……人如きとコミュニケーションしてしまうとは……! 怪異とは未知ゆえの恐怖! 恐怖故に人は力を発揮できなくなる! 貴様……謎の人間……この代償は命を持って贖ってもらう……!!』
くねくねがパンプアップした!
まるで仕上げてきた外人レスラーのようである。
くねくね揺れながら、巨体がゆらゆらと俺の周囲を歩く。
俺もまた、やつに合わせて動いた。
くねくねの背後で、セレスも祐天寺遥の体を乗っ取ったのが分かる。
「ふむ、こんなものですか。若い女性の肉体は使いやすいですね」
『なにっ、二人……!?』
「隙ありだ!! 俺を無視して背後を気にするとは余裕だな!!」
『な、なにぃーっ!!』
俺が大声を張り上げたので、くねくねがハッとして正面を向いたその時。
「ツアーッ!!」
俺はチョップを繰り出した!
相手に気づかせてからの、真正面攻撃!!
『ぬおおおお!! やはり衝撃を殺しきれぬ! だが不意打ちをせず、我に声を掛けたがお前の敗因……』
「ツアッツアッツアッツアッツアーッ!!」
『ウグワーッ!! 止まらぬ! 連打が止まらぬ!! その全てが我が肉体に刺さるーっ!!』
くねくねのガードが……チョップ連打によってこじ開けられる……!
肉体をくねらせることで生まれる催眠効果と、見たものに狂気を呼び起こす異能。
それに頼り切って、肉体の強化を怠っていたが故の結末である。
パンプアップしようが、肉弾戦の経験が浅すぎる……!
だから背後まで近づいていたセレスに反応もできないのだ!
「えいやっ!!」
『ウグワーッ!?』
見事なジャーマンスープレックスで、くねくねが投げられた。
相手をしっかりホールドした見事なアーチは、惚れ惚れするほどだ。
この女神、本当にパンクラチオンとかレスリングみたいなのだけは強い。
同じ戦場だと俺でも勝てるか怪しい。
大地に頭を突き刺され、『ウグワーッ!!』ともがくくねくね。
俺は奴目掛け、大地を蹴って飛翔した。
「発剄・超加速ドロップキック!」
『ウグワーッ!! わ、わ、我が人間に! こんな、こんなところでーっ!!』
くねくね爆散!!
怪異を捨ててウグワッた時、お前の負けは運命づけられていたのだ!
……おっと、そろそろ肉体が目を覚ますな。
「こっちはまだみたいなので、私がしばらく祐天寺ちゃんを演じますね」
「本当~? セレスにやれる~?」
「んもー。私だって演技くらいできますよ」
■
「……!」
気づくと、畑の中に立っていた。
さっきはやっと、斜面を降りきったところじゃ無かったのか?
何か恐ろしいものを見たような気がするが……。
「気のせいですよ。さあ中に行きましょう」
「祐天寺……? ……妙に足取りがしっかりしてて、姿勢が良くなっている気が……」
「気のせいですよ。さあ中に行きましょう」
『NPCみたいな態度するな! 会話しろ!』
祐天寺が何も無い空間を殴った。
『ウグワーッ』
なにか聞こえた気がする……。
「何をやってるんだ?」
「いいえ、何もしていませんよ」
二人で村の中に入る。
すっかり夜になっていた。
人里の灯りが本当にありがたい。
さて、この夜をどうやり過ごしたものか。
家々の窓が僅かに開き、こちらを村人が伺っているのが分かる。
「あの」
俺が声を掛けたら、すぐに窓が閉まってしまった。
真夜中によそ者が来たなら、それは警戒するか。
だが、困った。
野宿などしたくはない。
宿があればいいが、こんな村にそんなものは……。
「あら、旅の方ですか?」
そこに、優しげな声が掛かった。
いつの間にか、俺達から少し離れたところに和装の女性が立っている。
年頃は俺と同じか、少し上か。
恐ろしく綺麗な人だ。
「はい、旅の人です」
祐天寺が、妙な返答をした。
平然としてやがる。
あいつ、あんなに度胸あったっけ?
「そうでしたか。私、この村で民宿小瀬家を営んでいます、小瀬美春と申します。よろしければ宿泊されていきませんか?」
「民宿!? ありがたい! お言葉に甘えます!」
地獄に仏とはこのことだ。
俺はこの美しい女主人、美春さんとの出会いを感謝するのだった。
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