第195話 御降村への到着
よく知った彼女の声が聞こえる……。
いや、彼女のこんな声、俺は知らないはずなのに……。
ミクダリ神社の境内には、この時間、村の男たち以外は入ることが許されていない。
俺は石塀を乗り越え、息を潜めながら歩みを進めた。
彼女の声が大きくなっていく。
太鼓の打ち鳴らされる音と、男たちががなる声が響き渡る中。
不思議と、彼女の声だけが俺の耳に届く。
灯籠が照らし出す場所は、見つかりやすい。
光を避け、闇の中を移動し……。
見えたのは、舞台だった。
光に照らされたその上で、白い裸体が蠢いている。
彼女だ。
美しいと思えた。
だが、その気持が一瞬の後に暗転する。
男たちが、彼女を囲んでいる。
男たちの放った精に包まれ、彼女は嬌声をあげていた。
もう黙ってはいられない。
俺は飛び出していた。
彼女の名を呼ぶ。
男たちをかき分け、手を伸ばす。
だが、俺の体は男たちによって止められる。
届かない。
あと一歩のところで、届かない。
彼女の蕩けた目が、俺を見つめる。
「やっと……気付いてくれた……」
「~~~~~~~っ!!」
彼女の名を呼ぶ。
俺は……俺は無力だ!
儀式は終わらない。
俺の眼の前で、彼女を穢し尽くし、この社に潜む何者かに捧げられるこの儀式は……止められないのだ。
「うわああああああああ!!」
闇の中、俺の絶叫が響いた。
~END6 届かない手~
■
「……ぱい……!! ……先輩!! 起きて下さい先輩!!」
「!!」
揺り起こされて、俺は我に返った。
なんだ……?
さっきまで、ひどい悪夢を見ていたような。
俺の眼の前には、ボブカットにシャツとジーパン姿の女がいた。
こいつは……。
後輩の、祐天寺遥だ。
俺はこいつと何をしに来たんだったっけ……?
ああ、そうだ。
御降村という、東京の山奥にある秘境を取材に来たのだった。
ここはどうやら、空から落ちてきたという隕石を神として祀り、不可思議な儀式まで行われているのだという。
「悪い、寝てたみたいだ」
「寝てたじゃないですよ! 命が助かったからいいものの……。先輩、また徹夜してたんじゃないですか? だから、運転しながら寝ちゃって車が大木に突っ込んで……」
ここは、車の外だった。
どうやら祐天寺が俺を外に引っ張り出してくれたらしい。
車はフロント部から大きな木に激突し、ひしゃげていた。
あれに乗っていたのか……。
よく生きてたな、俺……。
「悪い。締め切りギリギリの仕事があったんだ。くそっ、ついてねえ。これじゃ帰れないな……。村で事情を話すしかないか」
俺は立ち上がる。
ここは、まだ舗装もされていない山道だ。
これから向かう御降村は、この昭和五十五年という時代においても、道路が繋がっていないのだ。
俺達が登ってきた山道をしばらく降りて、ようやくバス停が一つだけある。
そこは一日に二回だけバスがやって来るのだ。
今日は村で泊めてもらい、明日帰る……。
いやいやいや。
これは退路が絶たれたということだ。
俺と祐天寺は、御降村の取材に来た。
俺達は月刊レムリアというオカルト雑誌の記者であり、御降村に関する情報提供を受けてここにいるというわけだ。
それは、御降村に帰るという彼女を追って来た大学生の手紙だった。
『僕はまだ、あれが夢だったんじゃないかと思っています。僕は彼女と一緒に御降村に行き、そこでお祭りに参加しました。結果だけ言うと、御降村で僕は彼女を失いました。あそこは、あんなところが今の時代にあるなんて……。お願いします。あそこのことを、レムリアで特集して下さい。あんな村が東京にあっちゃいけないんだ……!』
なんとも真に迫った手紙だった。
詳しい内容は少しも書かれていない。
こいつはガセネタか?
だが、月刊レムリアの記者たるもの、どんなネタだって足で稼ぐのが鉄則。
今年短大を出てうちに就職してきた祐天寺にも、いい経験ってものだ。
……と勇ましく会社を出てきたはいいが……。
社用車を一台お釈迦にして、俺達は山の中だ。
トボトボと山道を行くと、そろそろ日暮れ時だ。
さみしくなってくる。
「先輩……本当にこの道で合ってるんですかあ?」
祐天寺が恨みがましそうな目で見てくる。
いや、恨んでるだろうなあ。
本当に済まなかった。
立ち並ぶ木々の間に、辛うじて設けられている山道。
車輪の跡があるから、ここを使って村人が生活しているのだと分かる。
「車が通った形跡があるだろ。人が暮らしてる証拠だよ。もうすぐ灯りが見えてくるだろ」
山奥とは言えど、御降村は最近電気が通ったらしい。
そこに到着したらなんとかなるだろう。
気を取り直し、ひたすらに山道を行く。
……と。
「くすくすくす」
「くすくすくす」
笑い声が聞こえた。
「ひっ」
祐天寺が俺にすがりつく。
彼女の汗のにおいがした。
「なんだ……なんの声だ……?」
俺は祐天寺の肩を抱き寄せながら、周囲を見回した。
ふと、木々の向こうに真っ白なものがあるのが見える。
それは……白装束を纏った、二人の子供だった。
背格好が、鏡で写したようにそっくりだ。
「くすくすくす……。やって来た。やって来たよ」
「御降村にやって来たよ。嬉しいねえ、嬉しいねえ」
二人でころころと笑いながら告げる。
なんだ……?
なんだこいつら……!?
「あー、君たちはもしかして、村の……」
「こっちにおいで、おいでよ」
「そっちの道は遠いよ。夜になっちゃうよ」
「「夜になったら出るよ。出ちゃうよ」」
「出るって……何がだ……?」
「御使いが出るよ」
「御使いに会ったら、よそ者は死んじゃうよ」
「「だから、ついてきてね」」
「くすくすくす」
「くすくす……」
二人がくるりと背を向けて、林の向こうに走り出した。
「あっ、待て! 待ってくれ!! おい祐天寺、追うぞ!」
「ええーっ!? ほんとですかあ!? 絶対、絶対やばいですって!」
「バカ、やばいところに突っ込むのが記者なんだよ! それに真っ暗になったら、洒落にならん! オカルトどころじゃない。クマやイノシシが出るかも知れないんだぞ!」
「ひい! は、走ります!!」
俺と祐天寺は、必死になって木々の間を走った。
二人の子供は、俺達が追いつけるくらいの速さで走っているようだった。
その真っ白な背中を追いかける内に……。
遠くに、明かりが見えてきた。
人里の明かりだ……!
「先輩! 村があります!」
「ああ! あった! ……あれ……?」
二人の姿はどこにも見当たらない。
まるで、最初からそんなもの、いなかったかのように。
木々の合間から見えるのは、御降村。
山の中にあるはずのそこは、大きく削れ、えぐれた地形をしていた。
段々になった土地の中に、家々と畑が点々と存在している。
俺達はこれを見下ろせる場所に出たのだ。
村の突き当り……崖になった場所には、半分潰れたような形の大岩。
あれが、この村が崇める御本尊。
神となった隕石、ミクダリ様だ。
いざ、御降村へ……。
『おー、やっと入村したな! 何度もループしているようだが、中条にはその記憶が断片的にしかないようだ。こいつに任せるとバッドエンド連打をする気がするので、俺が乗っ取ってやりたいところだが……』
『今回の勇者と私、パルメディアの頃の私みたいな扱いなんですね。この世界、かなり守りが堅いです。私達異分子を入り込ませないようにしていますねー』
『まあ、こいつは放っておいてもどんどん危険に出会う。意識を手放したら……俺の出番だな』
『勇者が悪役のようなことを言っていますねえ』
『いつもの事だろう。超越者のバックアップもある。いい感じで介入してくれるさ』
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。




