第119話 振り仰げばヤツがいる!
いつの間にこうなってしまったのだろう。
彼は、響敦彦は震えていた。
今、ベランダ越しに彼女の姿が見える。
幼馴染の少女、赤佐真美奈だ。
お隣同士ということもあり、保育園の頃から一緒だった。
同じ小学校、中学校と進学し、いつしか当たり前のようだった彼女を異性として意識するようになっていた。
心優しく、大人しく、でも言うべき時は言う彼女。
勉学に秀でて、運動は少し苦手でも努力してできるようになる。
黒く長い髪を後ろで結んで、それが風に揺れるさまを見るのが好きだった。
いつも隣を、歩いてくれると思っていた。
最近、確かにすれ違うことが増えた気がする。
私立ときめき学園高校に入学した時、彼女とは新たなステップに進むのだと思って疑わなかった。
ただの幼馴染だった自分たちは、友達の壁を超えて、もっと先にある関係になれるのだと、互いに思っていたはずだったのに……。
それはまやかしだったのだろうか?
「あっくん……」
ベランダに立つ彼女は、下着姿だった。
敦彦の部屋から漏れる明かりに照らされたその姿は、いつもの清楚な彼女からは想像もつかないもの。
紫のレース地の下着は、ほとんど体を隠す役割を負っていない。
風に吹かれて寒くはないのか?
いや、それにしたって。
「ど、どうしてそんな格好を……」
「あの、ね、あっくん。あの、ずっと、ずっと言えなかったんだけど、私……私……。武くんと付き合うことにしたの……。だからね、あの、あっくんとの仲はこれで終わりじゃなくって、いつまでも幼馴染として、その……」
本心からの言葉なのか……!?
真美奈の瞳が潤んでいるのが分かる。
彼女と喧嘩した時、いつもその瞳に涙を溜めてじっと見てくるのだった。
その時と同じだ。
いや、だったらどうして、真美奈は微笑んでいるんだ。
敦彦の見たことがない、真美奈の笑顔。
それは、悦びを知った女の表情で……。
「おい、おせえぞ真美奈」
真っ暗な彼女の部屋から出てきたのは、半裸の男だった。
日焼けした肉体は鍛えられ、髪の毛はツーブロックで脱色されている。
敦彦よりも一回り大きな、その男は……。
「府城武……!!」
クラスに居るチャラ男グループのリーダー格で、いつも女子たちを侍らせてはゲラゲラ笑っていた男だ。
真美奈ははあいつの馬鹿笑いする姿を見ては眉をひそめて、
「私、ああいう人は苦手かな。あっくんみたいにちゃんとお話できる人の方が好き」
そう言っていたはずなのに。
その府城が、どうして裸で出てきて、真美奈の肩を馴れ馴れしく抱くのか。
「あ、うん、武くん……」
「このモヤシと別れるだけだろ? そんなのに時間を取られてるんじゃねえよ。そら、続きをやろうぜ。真美奈さ、すげえ覚えがいいんだから。他の女はもっと時間が掛かったけど、真美奈才能があるって。ああ、モヤシくんさ」
武がこちらを見た。
半笑いだ。
「お前さ、ありえないくらい鈍感なのな。すぐ隣で幼馴染が寝取られてるのにさ、何も気づかないって、ありえなくね? あ、まあ、俺が寝取った女の彼氏はみんなそんなだったけどよ」
「おまえ……お前は……! ま、ま、真美奈に何をしたんだ!!」
敦彦は叫ぶ。
武はヘラヘラ笑った。
「お前の想像する通りだよ。こいつはもう俺に夢中なの。お硬い女ってさ、一点を突破したらすぐころっと行くんだ。最初は嫌だ嫌だって言ってたけど、今はもう自分からするもんな? それにさ、あっくん、あっくんって言ってたのがもうなんも言わなくなって……」
「や、やめて、武くん。それよりも私、もう我慢できなくて……」
真美奈はもう、敦彦を見ない。
敦彦の全身から血の気が引いた。
なんだ。
何が起こっているんだ。
どうしてこうなっているんだ?
自分は、どこで道を間違って、こんなことになってしまったんだ……!?
「ま、真美奈……!」
「バーカ、もう間に合わねえよ。こいつは完全に俺の……」
「ならば貴様を仕留めればいいというわけだな」
夜闇に突然響き渡る、決然たる声。
武は己の言葉を遮った何者かを探して、周囲を見回す。
「だ、誰だ!? この場には、俺と真美奈とモヤシしか……」
「そして俺がいる。貴様の目は節穴か? 頭の上だッ!!」
「な、なにぃーっ!?」
武が見上げた場所……。
屋根からコウモリのように、ブレザー制服の男がぶら下がっている。
顔には覆面レスラーのようなマスクを被り、逆さの姿勢のまま微動だにしない。
信じられないほど練り上げられたボディバランスである!
「お、お前は……お前はなんだ!? なんなんだ、変態野郎!!」
「俺か? 俺は全てのNTRを砕くもの。俺によって砕かれたものは俺をこう呼ぶ。ネトラレブレイカー!! ツアーッ!!」
飛び降りざまに、武にチョップを繰り出す覆面!
「ウグワーッ!?」
肩を砕かれかけ、武は慌てて後退した。
狭いベランダの中で、この覆面は戦いを始めようというのだ!
「ひっ、ひぃっ」
「くっそ! 女! 邪魔だあ!! どけえ!!」
武が真美奈を蹴り飛ばす。
彼女は悲鳴をあげながら、ベランダから落ちかけた。
「真美奈ーっ!!」
それを必死に受け止める敦彦!
だが、ベランダから身を乗り出して彼女を抱き上げるには、姿勢が……と思ったら、真美奈を下から持ち上げる者がいる。
「ミノリ! ミノリー!」
なんか大きなチンチラのような生き物が、真美奈を押し上げているではないか。
すごいパワーだ。
ヒョイッと彼女が持ち上がり、敦彦のベランダに転がり落ちた。
「あ、あっくん……!」
「真美奈!」
抱き合う幼馴染同士。
真美奈はまるで憑き物落ちたような顔で、対面のベランダで行われる死闘を見つめている。
「この空間なら俺の北派螳螂拳から逃れられまい!! くけえーっ!!」
「異種格闘技戦というわけか! だが! 俺の柔拳にも蟷螂拳は含まれる! かーっ!! 硬螳螂拳! 機械のごとく正確な動き! からの、緩やかな柔螳螂拳!」
「ウグワワーッ!?」
変幻自在な覆面の螳螂拳が、武を翻弄する。
繰り出した一撃をすかされ、腕を掴まれて引き倒されたかと思うと……。
胴体を担ぎ上げられた。
「な、何をするー!! やめろ! やめろーっ!!」
「貴様がただの間男なのか、それともこの世界を作り出した者の使徒なのかは知らぬ! だが!! とりあえず地面に向かってパワーボムをする!! ツアーッ!!」
「ウグワーッ!!!」
ベランダから跳躍した覆面が、高く飛び上がり、パワーボムの姿勢で急速落下!
地面を砕くほどの衝撃で、武が叩きつけられた。
「ウグワワーッ!!! こんなっ、こんなーっ!? ここであいつは終わりのはずだったのに! なんで俺がここで終わるのーっ!? こんな終わりは嫌だあああああ! 最後が謎の覆面のパワーボムで終わるなんてええええええ!! ウグワーッ!!」
あまりに喋っているので、覆面はもう一発持ち上げてダメ押しのパワーボムをした。
炸裂した瞬間、武の全身が爆散する。
後には、マネキン人形が転がっているだけだ。
「やはり使徒だったか。いや、使徒でなければ初撃で死んでいた。つまり初撃で死ねば間男、二撃目で死ねば使徒……いやいや、殺したらダメだろ。そうだ! 学内は治外法権と聞いたことがある。やるなら学内だな。外では控えよう……。今回はまあ、結果オーライ!!」
「完璧な判断ですねミノリー!」
チンチラが駆け寄ってきてピョンピョン跳ねた。
敦彦はこの光景を見ていて、ようやく気付いた。
あの覆面の男……。
身につけている制服はときめき学園のものだ。
そして、あの声。
クラスの一番うしろの席で、いつも目立たない、しかし生真面目な彼のものではないか。
「もしかして……城之内くん!?」
「響敦彦か。お前はNTRの魔手から逃れられた。これから、俺に協力してもらうぞ!!」
私立ときめき学園に、嵐がやって来た。
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