黒幕の黒幕
あるうららかな日、ローザは王宮での茶会に行くために、ヘレナをはじめとするメイドたちに化粧を施され、髪を結われていた。
「お嬢様、今日は閣下と王宮の庭園でお茶会なのですね」
王妃に是非にと熱望されてしまったのだ。
参加しないわけには行かない。
「ええ、まあね。もちろん茶会だから、ほかの方々もいるけれど」
ローザが気のない様子で答えると、ヘレナがローザの耳元でささやく。
「お嬢様、閣下と本当にご婚約なさるのですか?」
ローザはびっくりして椅子から飛び上がった。
「ま、まさか! それはないでしょう」
最近のイーサンを思い出してみる。
特に変わった様子はない。
彼も今回の捜査に加わり、飛び回っている。
進展があればローザにも逐一教えてくれていた。
「そうですか?」
ヘレナが疑り深い目で見る。
「あなたに隠し事なんてしないわよ!」
「何かこそこそやっていませんか?」
ローザはフルフルと首をふる。
「大丈夫。万事は順調よ」
「それならば、良いのですが、私もヒューも王宮の奥深くまでは入れませんので、十分にお気を付けくださいませ」
ヘレナの瞳は真剣だ。
なぜかローザの池ぽちゃ事件が彼らのトラウマになってしまったようで、申し訳ない。
メイドも帯剣した護衛も会場には入れないのだから、彼らの立場では不可抗力だ。
「もちろんよ」
ローザはにっこりと不敵な笑みをうかべ、自信をもって答えた。
◇
ローザは王宮に入るとすぐに王妃につかまった。
イーサンに助けてもらおうにも、彼は国王につかまっている。
あちら方が大変そうなので、ローザはあきらめた。
王妃と延々とバスボムや商売の話をして、最後には太客になってくれることが決まる。
ついにローゼリアンも王家御用達のバスボム店になった。
いや、これから扱うのはバスボムだけではない。
あらゆるお風呂グッズを開発していく予定である。
店の発展を思うとローザの胸は希望に膨らんだ。
いずれこの世界にバスタイム改革を行うのだと理想に燃え上がる。
しかし、相手は王族、同席すればやはり疲れてしまう。
ローザはいつもの手を使う。化粧室でしばらくだらけてから庭園に出て、一人ひっそりとバラ園にある四阿で休んでいた。
もちろん、もう池のそばに行くという馬鹿な真似はしない。
四阿はとても大きくて、円テーブルに椅子が四脚ほど並んでいても余裕がある。
ローザが一人でひっそりと座っていると、芝生をふむ足音がして後ろから声をかけられた。
待ち人来たりだ。
「ローザ嬢、今回の件はたいへんだったね。いや、エレンには驚いたよ。まさか君を害そうとするなんて思わなかった。てっきり可憐で優しい人かと……」
アレックスが断りもなく、ローザの向かい側に腰かける。
自分はこの件に全く関与していなかったかのような口ぶりだ。
「そうですか、彼女は殿下の大切な恋人ではなかったのですか?」
ローザはにっこりと笑みを浮かべる。
それだけで意図せずとも、悪女の微笑みの完成だ。
「まさか、違う。私は彼女に同情していただけだ。相談に乗っていただけなのに、おかしな噂を立てられていい迷惑だ」
困ったように柳眉を寄せる。まるで自分は被害者だと言っているようだ。
「エレンはあなたと恋人関係にあったと言っているようですが?」
もう罪人なので、『エレン様』とは呼べない。
「バカな。私があのような罪人と付き合っていたなどあるわけがないだろう。身分違いも甚だしい。おかげで私まで聴取に付き合わされた」
しかし、二人の逢瀬を見ているので、ローザにはその言葉すら白々しく聞こえる。
それにエレンは深い関係にあったとも告白している。
嘘つきの彼女の言うことなので、定かではないが……。
「エレンはあなたを愛していたと私に言いました。愛ゆえに私を害そうとしたと」
ローザはアレックスに目を据えて、ゆっくりと話す。
「そのような一方的な思いを向けられても困る」
アレックスが迷惑そうに顔をしかめる。
ローザは彼の前に手紙の束をばさりと落とす。
「これはあなたの直筆だと思うのですが?」
それは、アレックスがエレンに送った恋文だ。
たくさんの愛の言葉がつづられ、最後にローザ・クロイツァーがいるからエレンとは結婚できないと書かれていた。
モロー一家が逮捕された後、押収されたものだ。
「違う。ローザ、信じてくれ! 誰かが、私を陥れようとしているのだ。王族が筆跡をまねされることなどよくあるだろう? それに私は不用意に手紙を書いたりしない。私のサインもないではないか。私が書いたと言う証拠にはならない」
確かに、サインのない手紙とは用意周到だ。
アレックスの言う通りこの手紙は何の証拠にもならないだろう。だが、彼のペースを崩すには十分だったようだ。
アレックスの顔色は途端に悪くなる。
エレンは、これを処分するようにアレックスから言い含められていたのに、大切に保管していたのだろう。
いや、したたかな彼女のことだ。
切り捨てられた時の保険としてとっておいたのかもしれない。
あと三話で最終回となっております。
最後までローザにおつきあいただけると嬉しいです!




