ヒロイン エレン
確かにイーサンは治癒師として働くほか下町の修道院や孤児たちの支援をしていた。
華やかな見かけとは違い、夜会や茶会もめったに開かないし、社交は最低限で日常は仕事に忙殺されて地味。
イーサンはおよそ王位とは無縁の生活をしている。
「確かに、王位より、珍しい薬草の方がよろこびますよね」
「ローザ、君は何か誤解している」
そこで取調官がコホンと咳払いをする。
ローザとイーサンは取調の邪魔をしてしまったことに気づき、同時に黙った。
だが、なぜかエレンは取調官を無視して、ローザに突っかかる。
「すべてに恵まれているあなたにいったい何がわかるの? 私はアレックス様を愛している」
(でたよ。恋愛至上主義者)
ローザは内心げんなりした。
前世でもよくこういうタイプが己の不倫を正当化していた。
「そうね。あなたの気持ちはさっぱりわからないわ」
「何かというと父親の金と地位にものを言わせ、計算高く悪賢いあなたが怖かった」
悲劇のヒロインのように訴えるエレンに、ローザは目が点になった。
(え? 何このヒロイン。やっぽり思い込みが激しいタイプなの? ってかあなたの方がよっぽど怖いって!)
しかし、それならばローザにも言いたいことがある。
取調官はというと、女性二人の口喧嘩に諦めモードで肩をすくめている。
「冗談じゃないわ。こっちはもう少しで死ぬところだったのよ? あなたにそんなこと、言われたくない」
「馬に蹴られたのは自作自演なのでしょ?」
「そんなわけないでしょ! あなたねえ、さっきから死にかけたって言っているのにわからないの?」
ローザのイライラは限界を突破しそうだ。
「でも生きているではないですか! ぴんぴんしているじゃないですか」
(人をゴ〇ブリみたいに言ってんじゃないわよ!)
「ぴんぴんしてちゃあ悪いの? さっきから失礼な人ね! イーサン様が助けてくれたおかげよ」
ローザが開き直ると、エレンは泣き崩れ、今度は取調官に救いを求める。
「私は、陥れられたんです。ローザ様が助かったのは馬に蹴られたときも今回も、グリフィス閣下がそばにいらっしゃったからです。きっと二人はその頃からつながりがあったんです」
「ちょっと、あなた言うにことかいてイーサン様まで巻き込むつもり?」
ローザが一歩踏み出そうとするとイーサンが止める。
「ローザ、彼女は先ほどから論点をすり替え続けている。相手をするな。大丈夫だ。こちらには証拠がそろっているから」
「え? 証拠?」
ローザの問いにイーサンが頷く。
すると取調官がイーサンに頷きかけ、懐から包みをだす。
中には前にイーサンが見せてくれた不自然にひしゃげたルビーの髪飾りが入っていた。
「モロー嬢。これは以前あなたが、アレックス殿下からいただいたものですね」
エレンは大きく目を見開いた。
「覚えがございません。私はこのような高価な物は持っておりません!」
エレンが発した言葉にローザはのけぞった。
「え? だって、前に夜会で会ったときあなた、それをつけていたじゃない」
思わずと言った感じでローザが口を挟む。
「私がですか? 私よりもローザ様の方がお似合いかと思います」
エレンは本当にわからないと言う表情だ。
ローザは空恐ろしくなった。
「どうして、とぼけるの? それはエレン様がアレックス殿下からいただいた大切な髪飾りではないの?」
知らずにローザの柳眉がより、険しい表情になる。
「何をおっしゃっているのかわかりません」
白を切るエレンに、ローザはイーサンを見た。
あの髪飾りは、以前イーサンがローザの店に持ってきたものだ。
彼はそれを取調官に渡していたのだ。
あの頃からイーサンは、エレンとジリアンが知り合いなのではと疑っていたのだろう。
イーサンは厳しい表情をして黙っている。
「これをご自分の物だと認めないのですね」
取調官が冷たい口調でエレンに問うと、彼女は頷いた。
「はい。私は、贅沢はしておりません」
「しかし、今モロー嬢が着ているのは相当高価なドレスであるし、その耳飾りも一点もののようだが?」
取調官の鋭い指摘にエレンは一瞬顔色を失った。
そこで初めて、イーサンがじかにエレンに語りかける。
「モロー嬢。調べればわかることだ。今、しらをきっても君の得にはならないよ」
「わ、わからないのです。私が殿下からいただいたものはこのようにひしゃげておりませんでした。とても素敵な髪飾りでしたのに」
エレンは弱弱しく泣きながら、首をふる。
「では、君はそれをどこかで失くしたということかな?」
イーサンの追及に、エレンは何か思い出すように考え込む。
「そうですわ。確か夜会の夜に、そうローザ様もいらした夜会の夜になくなったんです」
突然エレンがそんなふうに言い出した。
ローザは呆れて彼女を見る。
そして、ローザとエレンの目がぴたりとあう。
「ローザ様、お心当たりはありませんか?」
エレンの言葉に、再びローザがカッとなる。
「呆れたわね。さっきからすっとぼけてばかり。いったい何があったの? あなたまさか、ジリアンに手をくだしていないわよね?」
「ジリ・・誰ですか? しりません」
彼女は今にも倒れそうなほど、弱弱しく、その様は庇護欲をそそる。
だが、誰も手を差し伸べる者はいない。デイビスもトマスも微動だにしない。
「エレン嬢、下町で女優をしていたジリアンをご存じですね」
取調官がさらに追及する。
「いいえ」
「とぼけても無駄だよ。君は下町の荒れた地区で育った。ジリアンと幼馴染だったという証言がいくつも出ている」
イーサンの言葉に、エレンは大きく目を見開いた。
「嘘よ、知らない!」
「あの雨の夜に、君はジリアンに会いに下町の酒場まで行った」
イーサンが断言する。
「どうして、私がそんな場所に? 下町なんて危険な場所に足をふみいれたりしません」
心底わからないと言うようにエレンが訴える。
「君が顔を隠すように店に入って来たと酒場のバーテンが証言している」
「酒場のバーテンの言うことは信じて、閣下は私の言葉は信じてくださらないのですか?」
エレンは哀れを誘うように言った。
「信じるも信じないもないだろう。貴族の娘として引き取られていく前、あの地区で育った。皆が貴族となった君を羨んだ。当然、君はあの辺りでは有名人だ」
それを聞いたエレンが蒼白になる。
イーサンはなおも言葉を継ぐ。
「だから、あの日は雨だったにも関わらず、目撃証言が集まっている」
エレンはそれでも、かぶりをふり続けた。




