口喧嘩?
名前はトマス・ベッカー。自分は伯爵の隠し子でエレンの異母兄だという。
本来庶子である自分は後を継げないが、伯爵家の財産を分けてくれるといわれたから協力したと白状する。
ローザはその話を聞いて、デイビスに憤りを覚えた。
もちろん、己の欲望のために、ローザを亡き者にしようとしたトマスの所業も許せない。
「俺は破産寸前だったんだ。貧しさに耐えられなくて、だから仕方なく……」
そう語り肩を落とすトマスを見ていると、少し気の毒にもなるが、イーサンがいなければ死んでいたと思うと恐ろしい。
(怖いわ! お金って人を狂わせるのね)
そういえば、前世ローザもお金を得るため、人生を切り売りし、社畜となっていた。
ローザは金の恐ろしさに、改めてぶるりと震える。
するとローザの肩を包み込むように、温かく大きな手が置かれた。イーサンだ。
彼を見上げると、ローザをいたわるような視線を向けてくる。
イーサンは何かを勘違いしている気がしたが、ローザはとりあえず取調官とトマスのやり取りを注視した。
その後のトマスの話によると、薬はデイビスから直接受け取ったと話した。
「もしも、ローザ・クロイツァー嬢の暗殺に失敗したら、オリバー商会へ逃げ込めと父から言われたんです」
デイビスみたいな屑を父と呼んでいることに驚いた。
「しかし、オリバー商会から門前払いを食らったということか」
取調官の言葉にトマスが驚きをあらわにする。
「なぜ、知っているのですか?」
「最初からお前が犯人だとわかっている。わかっていて、泳がせたんだ」
それを聞いたトマスはがっくりとうなだれる。
「俺は頼る当てがなくて、父の元へ来たんだ。それなのに、あの人は俺を家から追い出そうとした。だから俺をかくまわない気なら、全部役人にばらしてやると言ったんだ。そうしたら、納戸に隠れるようにと」
「そうか、モロー伯爵はお前が誰だかわからないと言っていたぞ」
取調官の言葉にトマスは憤る。
「信じられない。俺があいつの息子だって証拠はいくらでもある」
(多分証拠なんて出さなくても……モロー伯爵に似ているわ。特に目元とか。なんで私、気が付かなかったのかしら)
しかし、隠し子がいるなど思いもよらなかった。
「それにしても、モロー伯爵はひどい人ですね。オリバー商会に見限られて自分の息子まで利用するだなんて」
ローザはセンスをぱっと開いて口元を隠し、イーサンにささやく。
「まだ裏付けは済んでいないから、トマスの話がどこまで本当かはわからないよ」
ローザはイーサンの慎重な言葉にいったん頷くと、再び口を開いた。
「でも、こうなるとエレン様はどうなってしまうのでしょう?」
イーサンはそれには首を振っただけだった。
トマスがおちたところで、サロンにデイビスとエレンが呼ばれた。
エレンは顔面蒼白で、ローザの顔を見てひどく驚いた様子だ。
「なぜ、部外者であるローザ様がこの場にいるのです?」
泣きそうな顔で騒ぎ立てるエレンに、ローザはカチンときた。
「部外者じゃないわ。私は、今回は被害者なのよ」
胸を張って被害者面をするローザを、イーサンも止めなかった。
エレンは悲しそうに取調官に縋りつく。
「お願いです。家の恥をローザ様に見られるのは嫌なんです」
しかし、取調官はそれをあっさりと突っぱねた。
「クロイツァー嬢は大事な証人でもあるからそうはいかない」
(でもこれって、私がエレン様に恨まれる流れでは?)
難しいところではあるが、ローザはなんとしても真相を知りたい。
漫画の中では恐らく語られていなかったローザ・クロイツァーが殺された理由はなんだったのだろう。
たとえ、エレンに恨まれたとしても、彼女は心の優しく忍耐強いヒロインのはずなので、ローザを殺したりしない、ならば犯人はデイビスだと勝手に結論付ける。
一方、デイビスは、ローザよりイーサンを見て驚いたようだった。
しかし、何かを言うことはなく、指示されるままにソファに座る。
ローザは固唾をのんで二人の様子を見守った。
だいたいローザはアレックスではなく、イーサンと婚約している。
ならば、ローザを殺して、デイビスにいったい何の得があるのか、それが知りたい。
追及を逃れられないと悟ったのか。デイビスはとんでもないこと口走る。
「計画を立てたのはエレンだ」
これにはローザも度肝を抜かれた。
「ひどいわ、お父様がオリバー商会を使って、計画をたてたのではないですか。私が、アレックス様と婚姻しなければ、うちは終わってしまうからとおっしゃって……」
同情を誘うように、涙ながらにエレンが語る。
「とんでもなく屑な父親ね」
ローザは小声でぼそりと隣のイーサンにつぶやいた。
「まあ、成り行きをみてみよう」
感情を高ぶらせるローザとは違い、イーサンは妙に落ち着き払っている。
「この国の王子と婚姻するから、その伝手で、貴族への販売ルートが開くとオリバー商会を味方につけたものの、いつまでも婚約できなくて見限られたというわけか」
取調官の言葉にエレンは頷く。
「なぜか、アレックス様はローザ様に執着なさっていて」
エレンがちらりとローザを見る。
どうやら、ローザにあてつけて言っているようだ。
「私はきちんとお断りしたわ! それに今はイーサン様と婚約しているの」
ついつい口を挟む。
「でも、ローザ様が、アレックス様に何かを言い含めたのではないですか?」
「はあ? 全く付き合いもないし、殿下とはお話しすることもないのだけれど?」
エレンの言っていることがさっぱりわからなくて、ローザは思いっきり首を傾げる。
「だって、おかしいじゃないですか? それならば、なぜアレックス様は私と婚約してくださらないのです? アレックス様はグリフィス閣下が、王位を狙ってローザ様と婚約したとおっしゃっていました」
エレンの言葉にローザはぎょっとして、隣のイーサンを見上げる。
「え? 閣下、そうだったんですか?」
「なんで君が言いくるめられているんだ。そんなはずはないだろう? 君だって、私の日常は知っているはずだ」
イーサンが意外にも少し傷ついたような顔をする。




