ローザの証言
オリバー商会から追い出された青年貴族は、そのままモロー邸へ向い、使用人用の裏口から入ったという。
ローザはそれを聞いて、いてもたってもいらなかった。
「噂も、今回の件も、やはりモロー家が関係していたんですね。なんで私はそれほど恨まれているのでしょう?」
ローザはモロー伯爵とはほとんど面識がなかったが、そんな予感はしていた。
それがぴたりと的中した。
「さあ、そこはモロー伯爵に聞いてみないとわからないよ。今回、伯爵はどこかの没落貴族か伯爵自身の隠し子でも使ったんだろう」
「隠し子?」
ローザは驚いて目を見張る。そんな設定は漫画にはなかったからだ。
(いったい、どうなっているの?)
「貴族に隠し子など珍しいことではないよ」
ローザはイーサンの推測にとりあえず頷き、ソファから立ち上がる。
「では早速、モロー家に踏み込みましょう!」
「まさか一緒に行くつもりか?」
イーサンが苦り切った表情を浮かべる。
「なにより私は真相が知りたいんです」
「行くなといいたいところだけれど、止めても無駄だろうね」
イーサンがため息をついた。
「とはいえ、君は先ほど溺れたばかりだ。具合が悪ければいつでもいってくれ。くれぐれも無理はしないように。それから絶対に私のそばから離れないでほしい。突っ走らないと約束してくれ」
「ずいぶんと注文が多いんですね。私、子供じゃないんですけれど?」
不満げにローザが首を傾げる。
「ローザ、私は君の親御さんから、君を預かっているんだ。約束できないなら、屋敷から出さないよ」
珍しくぴしりと言われてしまった。
「閣下、誓います」
ローザが神妙な顔で言うのを、イーサンは疑り深い目で見ていた。
取調官と数人の兵たちが馬と馬車で、モロー邸に向かう。
グリフィス家の馬車はそれに着いていった。
ローザの心臓は高鳴る。
(ついに! ついに! 漫画ではわからなかった毒殺犯が捕まる。いや、絶対今回の犯人が毒殺犯じゃないと困るのだけれど。そんなに私を殺したい奴がいっぱいいたらお手上げよ)
実行犯はあの青年で、犯人はモロー伯爵だとローザは見当をつけていた。
いよいよこれからが、大詰めだ。
この件が解決すれば、ローザは今度こそ枕を高くして眠れる。
今までもぐっすりと眠っていたけれども。
ほどなくしてモロー邸の前で馬車が止まり、兵が屋敷に踏み込んでいった。
否が応でもローザの胸は高鳴る。
ローザもすぐ後を追おうとすると、門の前でイーサンに首根っこを掴まれた。
「待ちなさい。ローザ」
「うぐっ!」
びっくりしたのと出鼻をくじかれたのとで、ローザの口から淑女らしからぬうめき声が漏れる。
「ああ、すまない、君がものすごい勢いで駆け出したから、つい掴んでしまった」
言葉通り申し訳なさそうな表情をする。本当に謝っているようだ。
「だからって、掴まないでください!」
どう考えても淑女に対する扱いではない。
「とはいえ、君は腕に覚えもないのに、屋敷に乗り込んでいったい何をしようとしているんだ?」
「ここまでついて来たんですよ。事の顛末を見たいではないですか! それにモロー伯爵がどう言い訳をするのかも聞きたいです」
ローザはそこでふと気づく。
(あれ? ここでモロー伯爵が悪で、もし伯爵家がお取り潰しにでもなったら、ヒロインのエレンはどうなってしまうの?)
今まで頭に血がのぼっていて考えもしなかった。
「イーサン様。もし、モロー伯爵がすべて仕組んだのならば、モロー家はどうなってしまうのでしょう? エレン様はアレックス殿下が助けてくれるのでしょうか?」
イーサンの瞳にふと憂いの色が浮かぶ。
「君は本当に、こんな時まで楽観的で性善説の人なんだな」
「はい? イーサン様、それはいったいどういう意味なんですか?」
ローザはただ今後ヒロインがどうなっていくのか心配なのだ。漫画の中ではエレンとアレックスは結ばれるはず、なのだから。
だから、イーサンの口ぶりが少し気になった。
ローザが今か今かと門のそばで気をもんでいると、一人の兵士がイーサンの元にやって来た。
彼はローザを見てぎょっとする。
「なぜ、クロイツァー家のご令嬢がこのような場所に?」
「彼女にせがまれて連れてきたんだ。彼女は証人でもあるしね。で、君は何か報告があって私の元へ来たのだろう?」
イーサンがローザのことをさらりと告げると、兵士に先を促した。
兵士の話ではモロー家の納戸に貴族青年が隠れていたのを発見したとのこと。
「これから取り調べが始まりますが、閣下は立ち会われますか?」
兵士の言葉を聞いて、さすがは王弟だとローザは思った。
彼にはそのような特権があるらしい。イーサンがローザを振り返る。
「ローザはどうしたい?」
「え? 私も行っていいのですか。もちろん、当事者なので行きたいです。それに私を池に落とした犯人だと断言できます」
「では、行こうか」
「はい!」
絶対に真相を暴いてやるのだとローザは息巻いた。
その後、サロンで青年の取り調べは行われた。
ちなみにデイビスとエレンはそれぞれ私室に軟禁状態である。口裏を合わせないようにという配慮で、皆別々に監視がついているという。
ローザはサロンに入った瞬間、青年を指さし証言した。
「私を池に投げ込んだのはこの人ですわ!」
早速自分の役目を果たしたのだ。
「違う。見間違いだ。あんな暗いところで見分けられるわけがない。それに君は具合が悪いと言ってふらふらしていたじゃないか。そんな状態で人の判別などつくわけがない」
「何ですって! それはあなたが薬をのませたからでしょ!」
「ローザ、口論をしに来たわけではないだろう?」
イーサンに諭されて、ローザはだまる。
取調官が仕切りなおすように、咳払いをして口を開く。
「クロイツァー嬢の証言は有効だ。さあ、名前を白状してもらおうか」
そう言われて、青年はだんまりを決め込んだ。
しばらく沈黙が落ちる。
「今、白状すれば減刑もあるかもしれん」
(はい? 人に薬を盛って、池に放り込んで減刑って何?)
ローザはそう叫びたいのだが、深呼吸をしてしのいだ。
しかし、『減刑』という言葉に反応し、青年はぺらぺらと話し出した。
(なんてやつ!)




