夜会でお食事
「実際のところ、最近アレックスに関して、芳しくない噂が広まっているからね。陛下から今夜は出席しないようにとのお達しがあったそうだ」
イーサンが少し声を落とす。
「まさか、エレン様とお付き合いしていることがばれたとか?」
ローザの言葉にイーサンが頷き、僅かに憂鬱そうな表情を浮かべる。
「何度か彼女は王宮のアレックスの執務室に来ていたからね。君に求婚していたのにモロー嬢と付き合っていると言う噂が広がっている」
ローザの耳にはまだその噂は届いていない。
「やっぱり密会ってバレるものなんですね」
ひとまずこれで自分の毒殺はないとふんで、ローザは安心する。
「とかく、王宮も社交会も噂好きだから」
「それに、すぐに噂話にもあきますからね」
ローザの馬に蹴られた自作自演事件は、すっかりイーサンとの婚約話にとってかわられた。
「そうそう、君と私が婚約関係を解消したとしても、次に大きなスキャンダルがあれば、すぐに噂は立ち消えになるよ」
「あの、本当に円満な解消の方法を考えています?」
ローザはこつこつと廊下を歩きながらも、ジト目でイーサンを見る。
「まだ、模索中だが、真剣に考えているよ。そんなことより、君は先ほどから笑顔を忘れているよ」
ローザは慌てて作り笑いを浮かべる。
「ああ口元が引きつっているから、扇子で隠したほうがいい」
ローザはイーサンの指示通り、扇子をさっと開く。
「ついでに、こめかみの青筋は……、どうにもなりそうにもないね」
そう言って極上の笑みを浮かべる彼を見て、ローザは心の中で誓った。
(絶対に、ダンスの時に足を踏んでやるわ!)
はっきり言って、王族との会話は非常に疲れるものだった。
やっと彼らとのうわべだけの会話から解放され、ローザはいま化粧室で思いっきりだらけていた。
「ああ、もう嫌だわ。『今度お茶会にいらして』とか本当にやめてほしい」
王妃から茶会に誘われてしまったのだ。バスボムをはやらせたので、一目置かれていたらしい。そのせいか王妃はローザにやたら興味津々だ。
しかし、いつまでも化粧室でだらけているわけにはいかない。
なんといっても、ここは王宮である。
どこに人の目と耳があるのかわからないのだ。
ローザはしぶしぶ立ち上がり、イーサンの元へ戻ることにした。
名目上とはいえ、婚約者と長く離れているのはよくないだろうと思い、化粧室を出て足取り重く、会場へ向かう。
会場に戻ってまず目に付いたのはフィルバートだ。
彼はドレスのカーテンに囲まれていた。
いつもより、フィルバートを囲む女性の数がぐっと増えているのは、イーサンの婚約者がローザに決まってしまったからだろう。
あの場から、フィルバートを救い出すのはもはや不可能だ。
ローザは早くもあきらめた。
次にイーサンを探す。
いや、探すまでもなく、美形の彼はすぐ目についた。
イーサンは再び王族の方々とご歓談中である。
ローザは見なかったことにして、軽食コーナーへ向かう。
(早く、アレックス殿下が婚約してくれないかしら。そうしないと私は、舞踏会のたびに王族の方々と会話をしなくてはならないわ。挨拶ですら面倒だっていうのに)
アレックスとの婚約を狙っていた頃は、そんなこと考えもしなかったのに、今のローザにとっては、王族との歓談はただ面倒なだけだった。
ローザは通りかかった給仕から、よく冷えた果実水を受け取る。
果実水を片手に軽食コーナーを物色し始めた。
テリーヌにローストビーフにカモ肉、サンドイッチにデザートまで、前世でいうところのビュッフェの豪華バージョンだ。
王宮の食材はすべて最高級品で、とてもおいしい。
ローザがサンドイッチをとろうとすると、青年貴族に声をかけられた。
「よろしかったら、僕がおとりしましょうか?」
「あら、ありがとうございます」
ローザは素直に厚意に甘えることにした。
イーサンと婚約が決まってから、ローザに財産目当てで寄ってくる殿方はめっきりと減ったので、安心していた。
(それに、今の私は評判がいいし)
ローザは会場の隅に用意されている、テーブル席に着く。
ほどなくして男性が皿と果実水のお代わりを持ってやってきた。
「緊張で、喉が渇いたのではないですか?」
気が利く青年で、なおかつ感じよく話しかけてくる。
「ええ、少し疲れてしまって」
ローザの場合、疲れたというよりお腹がすいているだけだが、淑女らしい相槌を打っておく。
すすめられるままに食べて飲んでいると、そのうち急速に眠くなってきた。
頭がふらりとかしぐ。
「大丈夫ですか?」
青年の言葉にローザはハッとする。なんだか、眠くて頭がぼうっとしていた。
「大丈夫です。思った以上に緊張していたようです。少し表の空気でも吸ってまいりますわ」
前夜はぐっすり寝たつもりでいたが、疲れが残っていたのか、非常に眠気が強い。
せっかく評判が上がったというのに、この場で失態を犯したくなかったので、ローザは青年に礼を言ってから席を立ち、テラスへと向かう。
テラスから、王宮の庭園へと足を踏み出した。
王宮の庭園は見事で、バラが咲き乱れ、小川が流れるその先にボート遊びができる大きな池がある。
ローザはふらふらと池のほとりのベンチに腰掛けようとした。
ここならば、会場からそれほど離れていないので、安心だ。
ふらふらとしながら、腰を下ろそうとすると、いきなり後ろから背中を強く押された。
「えっ」
足がもつれて転びそうになる。
そのときふわりと体が浮いた。
誰かに抱き上げられたのだ。驚いて、顔を上げると先ほどの青年だった。
「悪いね。こうでもしないと俺はいきていけないんだ」
「……はい?」
意味が分からない。
次の瞬間ローザは放り投げられ、体は宙を舞い、浮遊感の後に落下、そのまま池にばしゃりと投げ落とされた。
(なんで?)




