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【書籍化、コミカライズ】王子様などいりません! ~脇役の金持ち悪女に転生していたので、今世では贅沢三昧に過ごします~   作者: 別所 燈


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事件? それとも事故?

 今朝はあいにくの雨だった。


 ローザは、食堂でゆっくりと朝食をとり茶を飲み終えると、やおら立ち上がる。


「さてと、今日は修道院へいかないと」


「新しいバスボムの納品に行くのですね」

 ヘレナの言葉にローザは頷いた。


「そうよ。今から反応が楽しみだわ」

 ローザはすぐに出発の準備を始めた。


 ポーチに馬車は二台用意されている。


 クロイツァー家の馬車と、バスボムを運ぶ馬車だ。


「ヘレナ、また後続の馬車を任せていいのかしら」


 ヒューは護衛なのでローザのそばから離れられないのだ。


「かしこまりました、お嬢様」

 ヘレナは心得たとばかりに頷いた。


「では、ヘレナよろしくね」


 そう言ってローザは篠突く雨の中、ヒューと共に馬車に乗って出発した。


 馬車の中でローザは時間をむだにしたくないので、書類の確認をしていた。


 ヒューは声をかけなければ、影のように気配を消して付き添っているだけなので、集中できる。


 ところが馬車が車道に出て、ほどなくすると珍しくヒューが口を開いた。


「お嬢様、馬車を止めてくださいますか?」

「え? 馬車を? どうしたの?」

 ローザは驚いて目を丸くした。彼がこのようなことを言うのは初めてだ。 


「いつもと音が違うのです」

「音って……?」

 馬車は軽快な音を立てて走っている。

 

 しかし、ヒューが真剣な表情で言うので、ローザは御者に声をかける。


「ねえ、馬車を止めてくれる?」


 ローザがそう言った瞬間、突然馬がいななき、馬車が勢いをつけて走り始めた。


「きゃあ」

 さすがのローザもこれにはびっくりした。


「お嬢様、失礼いたします」

 ヒューが立ち上がり、ローザを抱き上げると、馬車のドアを全開にした。


「俺にしっかりと掴まっていてください。必ずお守りします」


 そう言った瞬間、ローザはふわりと浮遊感があった。ヒューがローザを抱いて馬車を飛び降りたのだ。


「ひいっ!」


 ヒューはローザを抱きしめたまま、車道に転がった。


 彼がクッションになったせいかローザに痛みはない。


 ガタンと大きなな音が響き、猛スピードで走り出した馬車の前の部分の車輪が外れ、御者が放り投げられる。


 馬はそのまま疾走し、馬車は川へ飛び込んだ。

「嘘でしょ……」

 すべては突然の出来事で、ローザはびっくりした。


 驚いた顔で後続の馬車からヘレナが飛び出し、「お嬢様!」と叫んで駆け寄ってくる姿がスローモーションに見える。


 慌ててヒューを見ると痛みにうめいていた。彼の額から血が流れている。


「ヒュー、頭をうったのね」

 ローザは慌てて、ヒューの額にハンカチをあてた。


「俺のことより、お嬢様は、お怪我はありませんか? 危険な目に合わせてしまい申し訳ございません」


 ヒューは自分を恥じているようだった。

 彼は命がけでローザを守ってくれたのに。


「それどころではないでしょ! あなた骨の二、三本は折れているかもしれないわ。じっとして動かないで。私は大丈夫だから!」


「お嬢様! お怪我はございませんか」

 血相を変え息せき切ってヘレナがローザの元にやってきた。


「私は平気よ。ヒューが守ってくれたから。それより、ヒューが大けがをしているわ。すぐに医者を呼ぶ必要があるの。後続の御者に頼んでちょうだい。それから、馬車から投げ出された御者の様子を見てきて」


 車道に転がった御者はみじろいでいる。

 けがはあるようだが、奇跡的に無事のようだ。


 ヘレナが駆け寄り、声をかけ、それに反応している姿が見えた。


 その後は憲兵がきて、兄のフィルバートもやってきて大騒ぎになった。

 

 ◇ 



 事故後すぐにイーサンがローザの元に訪ねてきた。


「イーサン様、ちょうどよかったです。ヒューが私を庇って大けがをしてしまって。すぐに診てやってくれませんか」


 ローザの言葉を聞いてイーサンはため息をついた。


「ヒューならば、大丈夫だ。驚くほど、頑強な男だな。打撲はひどいが、骨は折れていない。二週間ほど休めば、また君の護衛として復帰できるだろう」


「それはよかったです」

 ローザは胸をなでおろす。


「クロイツァー卿は君の護衛として、とんでもない逸材を見つけてきたね」

 イーサンが言うのをきいてローザはやっと安心できた。


「それで、御者の方は?」

「彼は腕を骨折している。全治二か月ほどだ。馬車を操れるようになるまで、しばらく時間がかかるだろう」


 そんなローザをイーサンは心配そうに見る。


「君は額の傷が薄くなったと思ったら、今度は擦過傷と打撲か」


「大したことありませんよ」

 ローザは左手を軽くうちつけ、擦り傷を負った。見た目は痛々しいが傷は浅い。


「そんな訳はないだろう。内出血を起こして手が腫れている。すぐに冷やそう」


 そう言って、彼は手際よく治療を始めた。


「それにしても腹が立ちますわ。誰の仕業かしら」

 ローザがいまいましげに言う。


「すくなくとも君が無事でよかった。それに精神的に落ち込んでいないようだし」


 心底ほっとしたようにイーサンが言う。


「落ち込んでいるに決まっているではないですか! でもそれより、腹立ちの方がどうにもこうにも大きくて。絶対に犯人を捕まえてやります」


 ローザがけがをしていない右手をぎゅっと握る。


「ああ、そのほうがいいだろう。君は確実に命を狙われている」


 ローザは、それを聞いてぎくりとした。


「まさか、イーサン様と婚約したことを嫉妬して誰かが私に刺客を向けたのでしょうか?」


 イーサンはありえないと言うように首をふる。


「それはどうだろう。まずは犯人が誰なのかはっきりさせなければわからない」


「あ、でも、クロイツァー家の馬車で出かけたので、私ではなく、家族の誰かが狙われたという推測もたつのですよね」


 ローザは慎重に答える。


「ローザ、君の乗った馬車は車輪に細工されていたのではないか? 前輪が外れたと聞いたよ」

 そこでローザはハッとする。


「そういえば、馬車が壊れる寸前に、ヒューにおかしな音がするから、馬車を止めてほしいと言われました」


「それで馬車を止めようとしたら、馬が暴れ出してあのような結果に」


 ローザは起こったことを順番に思い出す。


「まったく、優秀な護衛が着いていてよかったよ。川に落ちた馬車は大破していた。あれに乗ったままだったら、おそらく無事では済まなかっただろう」


 ローザはイーサンのそんな言葉にぞっとしつつ。


(やっぱり、私って毒殺以外では死なないようにできるのではないかしら? でも、それで周りの者が傷つくのは腹立たしいわね)


 頭の片隅でそんな苛立ちを感じた。



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