新しいバスボムを試す
帰りの馬車で向かい側に座るイーサンがおもむろに口を開く。
「君にそこまでしてもらうつもりはないんだが……。だいたい仮の婚約者じゃないか」
「だからこそ、完璧を演じなければなりません」
ローザが胸を張って答えると、イーサンは「そうか……」とつぶやいた。
「ちょうど年齢層を広げようと思っていたんですよね。子供だから、小さめのものがいいかしら」
ローザの頭は新しいバスボムのアイデアでいっぱいになった。
「なんだか、君に借りを作るようで嫌なんだ」
「いえいえ、借りなんて作っていませんよ。むしろ借りを作っているのは私の方です。ああ、南の島への資産作りご協力ありがとうございますね」
ローザはむしろ彼に感謝している。
「しかしだな。私たちは、いつか円満に婚約を解消する仲だろう?」
イーサンにそう言われてローザはピンときた。
「ちょっとやめてくださいよ。私、別にイーサン様に下心も未練もありません。間違っても縋ったりしませんから、ご安心を!」
きっぱりとローザが言い切ると、イーサンがげんなりし
た顔をする。
「私もそこまで自信過剰ではないよ。ただ、婚約を解消する場合、残念ながら女性の方が被害を大きくうける」
ローザにその発想はなかった。
「なぜです? 南の島に資産を移していただいているではないですか? 私は商売をやってやり尽くしたら、南の島で悠々自適で怠惰な生活を送るので、お気遣いなく?」
イーサンが何を気にしているのか、そもそもわからなかった。
確かに最近ローザの評判は良くなった。だからといって、評判に踊らされるのは嫌だった。
「君って人は……」
「どのみちイーサン様と婚約して株が少しくらい上がったからって、悪女は悪女ですから」
「君は、想定外の女性だな」
ふっとイーサンが口元に柔らかい笑みを浮かべる。
◇
その晩。ローザはヘレナをはじめとするメイドたちにマッサージや風呂の世話をしてもらっていた。
最近では、泡立ちがよい泡ぶろの試作品をいれて風呂で試しているが、今夜は違った。
「ねえ、ヘレナ。これはどう思う?」
そう言ってローザが入れたバスボムは水色で、しゅわっと溶けていくうちに赤に変わる。バスタブの色がうすい紫に変わっていった。
「とても面白いです。子供ならば大喜びですよ」
珍しくヘレナも目を輝かせる。
ほかのメイドたちも不思議そうに眺めていた。
なんだか、欲しそうにしている者もいるので、ローザは後でヘレナも含め彼女たちに配ることにした。
「無香料の試作品も評判がよかったみたいよ。子供たちの皮膚にも刺激が強すぎることもなかったようなの。だから、今度はこれを試作品として納品して、感想を聞きに行くわ」
ローザはゆったりと風呂につかりながら、子供たちの反応が楽しみだなと思った。
「お嬢様……。なんて素晴らしい。アイデアなんでしょう」
ヘレナが感極まったようにいう。
「いやいや、それほどでも」
ほぼ、前世のパクリである。いろいろな種類のバスボムが有ったのでローザはその記憶を引っ張り出しただけだ。
ただ色の調合にはかなり苦労した。
「無償で孤児院の子供たちにバスボムを贈るだなんて、簡単にできることではありません」
(え? そっち)
ローザは首を傾げた。
「やあね。勘違いよ。これ試作品だし、後で金持ちに売れば採算が取れるじゃない。子供たちにモニターをお願いしているだけよ」
実際孤児院の小さな子供たちは、ローザの地位を知らないから、素直に感想を話してくれて大いに役立つ。
「そんなことをおっしゃって、お嬢様が自ら試してから、納品しているではないですか!」
感極まったようにヘレナが言うと、ほかのメイドたちも感動したように頷く。
(え? ちょっと、なんで美談になっているの?)
ローザは、焦った。
「違うわよ。これ以上イーサン様に借りを作りたくない……むぐっ」
そこまで言った瞬間ローザは、ヘレナに全力で口を塞がれた。
「まあ、お嬢様、お口の周りが汚れていますわ!」
ヘレナが必死の形相でローザを見ている。
(危なかったわ! 契約婚約のことはヘレナと私だけの秘密だったのに危うく口を滑らせるところだったわ)
ローザは塞がれた口でもごもご言いながら、ヘレナの機転に感謝した。




