バスボム、新しい可能性
「君の気持はわかったが、私は自分の所有している貨物船で運んでいる」
「ええ! 閣下は貨物船を所有しているのですか?」
「グリフィス領には海も港もあるから、便利なんだ。ただし、島に財産を送るとなると私に財産を預けることになる。私はそれについての契約書をかけない。証拠として残るからね。君はそれでいいのか?」
イーサンが真剣な目で聞いてくる。
「では、手数料をお支払いいたします。その領収書はいただきますけれど」
ローザは力強く頷いた。
「わかった。いいだろう。それからこれは誰にも他言しないように。私にとっても命綱であるからね」
「承知いたしました」
これでやっとローザの肩の荷は下りた。
「で、これは君への貸しという事になるのかな?」
そう言ってイーサンが先ほどのカフスをローザに見せる。
「カフスは日頃ドレスや宝飾品をいただいているお礼です」
「それは婚約者として当然のことだから、契約範囲内だよ」
ローザにとっては納得できるような、できないような。いずれにしてもこの婚約関係が終われば、宝飾品はイーサンに返す予定だ。
それはそれとしてローザには一つ疑問があった。
「イーサン様の趣味はとても素敵だと思うのですが、なぜいつも私が着なさそうなデザインをえらばれるのですか?」
ローザの身に着ける服は派手なものがおおい。鮮やかな赤や紫、黒のレースなど定番だ。
悪女のせいか、どぎついと言われている色ほど彼女に似合う。
「いつも君が着るようなデザインの服を贈っても面白くないだろ? 君は自分の気に入った服をいつでも買えるのだから」
なるほど、そういう発想もあったのかとローザは目からうろこが落ちた。
「それと、ローザ。前々から気になっていたんだけれど、君は相当な楽観主義者だよね?」
「はい?」
この人は、いつも毒殺に怯えているローザになんてことを言うのかと思う。
ローザは自分を楽観主義と思ったことはない。ただ前世を思い出したおかげで、突然金持ちになったような気になって、少々はしゃいでいるだけだ。
「君は人を信用しすぎるところがあるし、どうやら性善説の持ち主のようだ。決して悪いわけではないが、もう少し疑うことを覚えたほうがいい」
「は?」
性格が悪いだのわがままだの言われたことは多々あれども、そんなふうに言われたのは初めてのことだ。
「イーサン様ってかわっておられますね」
ローザは不思議そうに首を傾げる。
「君には言われたくないね」
そう言って彼は笑った。
その後、二人は流行りのレストランに立ち寄った。
イーサンはすでに予約を取っていたようで、バルコニーの一番目立つ席に連れていかれた。
「イーサン様って、いつも働いているイメージがあるのですが。実は結構生活を楽しんでいたんですね」
「店にはそれほど来ないよ。外国からの来賓をもてなす時くらいだ」
日頃、彼は地味な生活を送っているようだ。そのせいか今まで浮いた噂す
らなかった。
メニューはイーサンに任せた。フルコースは重いので、アラカルトにしてもらう。
ローザは次から次に運ばれてくる料理に夢中になった。イーサンが選んだだけあって、味も彩も最高だ。
「さすが、王都一です。とてもおいしかったです」
ローザはたくさん並んだ料理をぺろりと平らげすっかり満足した。
きっとこれほど外で食べたことがばれたら、母に『淑女がなんて真似を!』としこたま叱られるだろう。
「さてと、少しやすんだら、観劇だけれど、まだ元気はある?」
「もちろんです。イーサン様との休みを合わせるのはなかなか難しいので、こういう時こそ対外的に婚約者だとアピールしなければなりませんからね」
ローザは挑戦的な笑みを向けた。
観劇も終わり、夜が更けたころローザはイーサンに屋敷まで送り届けられた。
両親に引き留められたが、夜も遅く、明日はローザも自分も仕事があるからと丁重に断り帰っていく。まさに紳士の鑑だ。
イーサンとの関係はさっぱりしていて、ローザにとっては非常にありがたいものだった。
ここで屋敷に上がり込まれて、貴重なバスタイムを減らされたら、イラっときてしまう。
その後も二人は予定を何とか合わせ、二回、三回とデートを重ねていった。いずれも人が集まる観劇や、王宮のそばにある王立の広い公園などにも遊びに行く。
宝飾店で買い物をしたり話題のカフェでお茶を楽しんだりと、とにかく目立つことをする。
そのたびにイーサンと仲睦まじくしているローザの評判は上がっていく。
ローザは笑いが止まらない。
そんなある昼下がり、ローゼリアンにいるとイーサンがやって来た。
このころには家に迎えに来るときはデート、店に来るときは商売や相談事、そんなふうなすみわけができてきた。
なぜかイーサンは新しくできた立派な応接室よりも、雑然としたローザの執務室を好む。
「いいんですか? 向こうにある綺麗な応接室ではなくて」
「ああ、こちらの方がいい。君が堅実な商売をしているとわかるからね」
いわれてみれば、前世の仕事場を彷彿させる。何がどこにあるのか、書類の整理は行き届いているが、色味もしゃれっ気もない。
「今日はどういったご用件でいらしたのですか?」
「子供用のバスボムが欲しいんだ」
ローザはイーサンの注文を聞いて目を見開いた。確かに子供こそバスボムを喜びそうだ。
「ええ、それはぜひ!」
ガタリと椅子から立ち上がった。




