アレックスの動揺
麗らかな昼下がり、久しぶりに王宮に出仕したイーサンは、長く複雑な回廊でアレックスにつかまっていた。
「叔父上、いったいどういうつもりです。ローザ嬢と婚約するだなんて」
いくらアレックスが言っても無駄だった。
国王はあっさりとローザとイーサンの婚約を認め祝福している。
国王からすれば、アレックスがローザと婚約するより、イーサンと婚約したほうがましなのだろう。
なせなら、アレックスとローザが婚約すれば、王子同士の権力争いの火種になるからだ。
それほどこの国でのクロイツァー家の扱いは難しい。
「どういうつもりかと言われても。さっぱりしていていいお嬢さんじゃないか」
イーサンがあっさりとした口調で言う。
「今はそうかもしれませんが、少し前の彼女はそうではなかった。粘着質な女性です。気を付けたほうがいいですよ」
アレックスの言葉は、イーサンを心配しているように聞こえる。
「まあ、確かにわがままではあったが、許容範囲ではないのか?」
ローザの噂は芳しくはなかったが、執拗ないじめをしたり、犯罪まがいのことをしたりといったことは聞いていない。
典型的な金持ちのわがまま令嬢だった。
「人などそう変わるものでしょうか?」
アレックスが疑義を呈する。
「変わってしまったのだから、仕方がない。いや、変わったというより、何かを悟ったようだ。本質はおなじだろう。アレックス、私のことよりも、お前はモロー嬢と付き合っているのだろう? その後どうなんだ」
アレックスはイーサンの言葉にかぶりを振る。
「付き合ってなどおりません。叔父上までそのようなことを」
アレックスがわなわなと震え、端整な顔立ちを歪ませる。
「しかし、私のところまで噂が流れてきているぞ。事実でないならば気を付けるべきではないか?」
「それは、誰かが意図的に噂を流しているのでしょう」
アレックスは苦しい言い訳をした。
「モロー家が意図的に噂を流している、ということか? 最近、モロー家は景気が良いようだな。十分お前の後ろ盾になれるのではないか?」
アレックスは唇をかむ。
イーサンはさらに畳みかけた。
「お前は以前王位には興味がないと言っていたな。好いた女性と一緒になったらどうだ」
「叔父上はもしかして、王位につきたいという野心をお持ちなのですか? それでローザ嬢と」
イーサンは呆れたようにアレックスをみて首を振る。
「話にならないな。私はとっくに離脱しているし、ローザ嬢も王位に興味はないよ。彼女はバスボムづくりに夢中だ」
「そんな! 彼女は王族に入ることをあれほど望んでいたのに、なぜ?」
イーサンは質問に答える気にもなれなかった。
「では、患者が待っているので、私はこれで失礼するよ」
「待ってください。叔父上」
「まだ何かあるのか?」
仕方なく、イーサンは振り返る。
「ローザは、商売や金儲けが大好きです。しかし、叔父上は無料で市井の人々に治癒を施しているのでしょう? ローザの店から買ったバスボムも無料で配ったと聞いています! そんなあなたと贅沢で俗物なローザが、気が合うとは思えません」
アレックスのあがきを悲しく思い、イーサンはふと柔らかい笑顔を浮かべる。
「不思議なものでね。結構うまくいっている。それに彼女は贅沢がしたければ、自分で稼ぐだろう。ではお前も政務に励め」
イーサンは、今度こそ踵を返した。
甥に対して憐れみを感じていたが、アレックスに自分の言葉は響かないとわかっている。
アレックスは明らかに王位を狙っている。それがいつからかはイーサンにはわからない。
だが、クロイツァー家の反対派閥は第一王子派だ。
ローザとの婚約がかなわなければ、彼が王位につくことはないのだ。
◇◇◇
その晩、モロー邸のエレンの元に来客があった。
サロンに入って来たその人を見て、エレンは喜びの声を上げた。
「アレックス様!」
エレンはひしと彼に抱きつくが、すぐに引き離されてしまう。
ローザとイーサンの婚約の話は聞いている。
エレンはてっきり、アレックスが求婚しに来たと思ったのだ。
だが、アレックスの硬い表情を見ていると、エレンの胸に不安が広がっていく。
「エレン、今日は人目を忍んできた。あまり長くはいられない。話があるんだ」
「はい、何のお話でしょう」
なんとなくアレックスの様子からあまりいい話ではない気がした。
「ある人物の噂話を流してほしいんだ。モロー家にはそう言った伝手があるのだろう?」
エレンは下を向く。
アレックスはローザの悪評を流したのが、モロー家だと知っている。
その事実に震えた。
「私は反対したんです。でも父が……」
「エレン、そのことに関してはもういい。説明はいらないよ。僕がその事実を知ったとしてろくなことにはならないからね」
「え? それはいったい、どういう?」
エレンが不安そうに首を傾げるが、アレックスは別のことを口にした。
「そんなことより、僕の叔父上の噂を流してほしいんだ」
「え? グリフィス閣下ですか?」
エレンは戸惑いを覚えた。
「そうだ。今から話すことは断じて嘘ではない。このままでは国が乱れる恐れがある。だから僕は叔父上の目論見を阻止しなければならないんだ。それで君の力を借りたい」
アレックスから説明を聞いていくうちに、エレンの口元にゆっくりと笑みが浮んできた。
(アレックス様のお役に立てるわ)
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