こいつも喰えない男でした
「それは……お気の毒に。って、どうして女性限定なんですか? 暗殺を企てるのってたいてい男性ではないのですか」
不躾だと思ったが、どうにも気になってローザは聞いてしまった。
それと今後の参考のために。
「黒幕はそうかもしれないが、毒殺の場合実行犯は身近な女性が多い」
ローザはイーサンに首を垂れた。
「お気の毒でございます。幸多い人生をお祈り申し上げます」
順風満帆そうに見えるが、未だに苦労しているのだろうか。
イーサンが少し気の毒になる。
甥のアレックスはあれだし。
ローザはこれ以上深入りすべきではないと思ったので、そろそろこの場所から去ろうかと思った。
「では、閣下はここで心安らかにのんびりとおくつろぎください。私は移動しますので」
「移動した先で、またアレックスにあったら、どうするつもりだ」
「うっ、逃げます!」
「ずっと不思議だったんだが、君はアレックスが好きだったよね。馬に蹴られた後から、突然見向きもしなくなった。どうしてだ?」
イーサンが訝しげに聞いてくる。
「目が覚めたからです。殿下はたぶん私がお嫌いでしたよね。はっきり言われたわけではないですが……。しばしお待ちください。どう言ったら、不敬罪にならないか表現を考えているところなので」
ローザがシンキングタイムに入る。
するとイーサンがため息をつく。
「いいよ、だいたい何を考えているかわかったから。財産目当てで近づいてくる男たちとかわらないと思っているんだね」
的を射すぎていてローザはドキリとした。
「ええっと、そのご意見には頷けません。言質を取られたくないので」
ローザはきりりと表情を引き締める。
どこに罠があるかわからないのだ。慎重に行かなければならない。
「君はつくづく面白い人だね。もしも、私が君に婚約者を準備すると言ったらどうする?」
「あの、言っている意味がさっぱり分からないのですが?」
ローザが首を傾げる。
「財産目当てではない相手ならばいいのだろう」
「まあ、そうですが、人格破綻者は嫌ですね。できれば私を愛してくれる人がいいです」
イーサンは顎に手を当て何か思案しているようだ。からかわれているのだろうか。
「愛してくれる人は難しいな。例えば、君にとって都合の良い相手ならどうかな。君が真実の愛に目覚めたら、すぐに円満に婚約を解消してくれるとか?」
「それは理想的です! いたら今すぐ婚約して欲しいくらいです。そういう相手なら、別に恋人がいてもいいですよ。できれば、真実の愛うんぬんより、アレックス殿下の婚約がどなたかと整ったら、婚約解消してくださる方がいいです。そのうえ、きちんと契約書を交わしてくれる人がいいです。が……いるとは思えません。あの、もしも、万が一、そう言う方がいらっしゃるのでしたら、外国の方でも構いません」
一瞬、盛り上がったが、ローザは少し冷静になった。
「それはまたすごい条件だね。都合よく便利に使える人間がほしいんだね」
「平たく言うとその通りです。私がどなたかと婚約することで、噂もある程度沈静化できますしね。でもいくら閣下の人脈をもってしてもそんな方いらっしゃいませんよね。実は人を雇うという手もあるかなと考えたんですが」
ローザは言いよどむ。
「確かに雇用関係の方がさっぱりしているね」
「でも契約がむずかしいですし、相手がすんなり解消してくれなかったらと思うと面倒です。それになにより、親にバレますし、世間の評判も落としかねませんから。バスボム販売に影響が出るのは困ります」
ローザはわりと真剣に悩んでいて気付いていなかったが、よく見るとイーサンの肩が揺れている。
「あの、笑ってます?」
やはりからかわれているのだと思う。
「いや、失礼。君の条件はわかったよ。ただ、もし君が相手から同じ条件を突き付けられたらどうする?」
「それはあと腐れなくて最高な関係ではないですか。ついでに契約書もきちんと交わしてもらえれば最高です」
イーサンが不思議そうに首を傾げる。
「君は本当に十七歳なのか?」
「ヘレナにも言われます」
「そうだね。ではそんな都合のいい相手を探してみよう。今度、紹介するよ」
ローザは疑わしそうな目でイーサンを見る。イーサンは微笑んでいるのだ。
「ええ、もしもそんなお相手がいらしたら、ぜひ。では私はこれで帰ります」
今度こそ、ローザはイーサンの前から立ち去った。
◇
果たして三日の後、イーサンがクロイツァー家にやってきた。
ローザの待つサロンに入るなり、彼はバラの花束を差し出し跪く。
「クロイツァー嬢、どうか私と結婚してくれないか?」
(え? そうくるの?)
ローザは思わずのけぞった。
彼がローザを愛していないことは明白であるし、彼の家にも金はうなるほどある。




