私は大丈夫です!
「すまなかったね。ローザ、僕がいながら君にこれほどのケガを負わせてしまうとは」
申し訳なさそうに謝る。
そのアレックスの姿を、苦虫をかみつぶしたような顔でイーサンが眺めている。
(ああ、この展開はやばいかも)
ローザは本能的に危機を察知した。
「いえいえ、たいしたことないですよ」
実際は一生残るような大したケガなのだが、早くお引き取り願いたいので、ローザはなるべく愛想よく振る舞う。
本音をいえば、笑うと傷が引きつれて痛いので、表情筋を一ミリたりとも動かしたくない。だが、笑わらないローザの顔はきつくて怖いのだ。
美しいには美しいが悪女顔。残念ながら、笑顔にも迫力があったりする。もはや邪悪な顔をしているといってもいい。せっかく美人に生まれたのに、非常に残念な顔である。
「傷は残りそうなのか?」
気づかわしげな様子で、アレックスがローザの寝ているベッドに近付いてくる。
かなり焦った様子だ。
父が、アレックスに大袈裟に伝えたのだろう。父は親馬鹿なのでローザの恋を応援しているのだ。
今度父に、心変わりしたから第三王子はいらないと伝えておこう。
しかも漫画の進み具合から行くと、アレックスの心はすでにエレンのものだし、前世の記憶を思い出した以上、他の女の男なんていらない。
「まったくもって、問題ございませんわ」
きっぱりとローザが言うと同時に、イーサンが口を開く。
「本人も問題ないと言っているだろう、アレックス。必要以上に責任を感じることはない」
イーサンの身もふたもない発言に驚いて、思わず彼に目を向けると鋭い視線を返された。
(怖っ、やっぱり『推し』のイーサン様に殺されるのかしら?)
恐ろしさにどっどっどっと胸の鼓動が速くなる。
「では、叔父上、ローザの額の傷は残らないのですか?」
「今のところ、なんとも言えないが、私の腕を信じろ」
それを聞いたアレックスが、ローザに一歩近寄る。
「ローザ、もしも傷が残るような事態になったら、私は責任を取って君を娶ろうと思う」
「はい? なんですって?」
ローザはまだ彼に結婚を迫っていないし、責任を取れとも言っていないので、アレックスの申し出にびっくりした。
「アレックス、突然何を言い出すんだ。少し落ち着いたらどうだ?」
「殿下、私はこの通りピンピンしておりますので、大丈夫です」
本当は頭痛がひどくて顔をしかめたいところだが、ローザは気合を入れて、言い放つ。
「そうだ。早まるな」
イーサンが余計な一言にローザが反応する。
「は? 『早まるな』とは、どういった意味でございますか?」
さすがのローザもカチンときて、眉間にしわを寄せる。
(イケメンでも、その発言は許せない!)
今世のローザの乙女心が、額の傷の痛みをものともせずに荒ぶってきた。
しかし、イーサンはローザの燃えるような怒りの視線をあっさりと無視。
「失礼、クロイツァー嬢。本日の診察はここまでとさせていただく。では後日、また」
そう言って手早く荷物をまとめ、もの問いたげなアレックスを引きずって出ていってしまった。
あっという間に、ばたりと扉が閉ざされる。
「ああ、もう迷惑な人たちだわ。でも残念ながら、閣下はこの国で一番腕がいい治癒師なのよね」
ローザは、ため息をついた。
さすがに額の傷は少し薄くしたいし、痛みもなくなってほしい。
「お嬢様、いったいどうなさったのですか? あれほど殿下にご執心でしたのに」
今まで空気と化していた優秀なメイドのヘレナが心配そうに口を開く。
「ヘレナ、私ね。アレックス殿下にあった瞬間に真実の愛に目覚めたと思っていたの。でも今思うと顔がきれいで優秀な王子様に恋をしていただけだと気づいたのよ。つまり恋に恋する乙女っていうのかしら」
「はあ、恋する乙女ですか……」
ヘレナは、いまひとつピンとこないという表情だ。
「つまり、平たく言うと殿下の婚約者になることで、自分の承認欲求を満たそうと思っていたのよ」
「なるほど! それならば納得です」
結構、失礼なメイドであるが、今のローザはそんな彼女が嫌いじゃない。
「ヘレナ、あなた今までメイドの仕事を首になったことあるでしょ」
「はい、二件ほど首になりました」
ヘレナはあっさりとした口調で認める。
「え? 二件も? それなのに、なんであなたはうちで採用になったの?」
「旦那様が、私の優秀さと鋼の神経を気に入ってくださったのです」
「なるほどね」
合理的な父らしい。
そういう意味ではヘレナは逸材である。
商才のある父の人を見る目は、確かだ。
それに今のローザからしてみれば、本音をそのまま口にしてくれるヘレナはありがたい存在だ。
彼女がいれば、死亡フラグも折れるかもしれない。




