夜会と取引1
夜会では再びフィルバートにエスコートを頼んだ。
行きの馬車で彼は文句を言う。
「おい、閣下と仲良くしているんじゃないのか? なんで僕がお前をエスコートしなければならないんだ」
「お兄様だってお相手がいないじゃないですか。それに閣下はお客様です」
ローザも負けてはいない。
「いつまでも兄妹で舞踏会に出るわけには行かないぞ」
フィルバートが仕方なさそうに肩をすくめる。
「ではお兄様が結婚なさってください。できれば『未婚の義妹』を虐めない人でお願いします」
「おいおい、誰がお前をいじめると言うんだ。そんな命知らずはいないだろう」
かなり引いた様子でフィルバートが答える。
「まあ、失礼な!」
いつものように会話をしながら、兄妹は王宮に降り立った。
もちろん今回は父も母も参加している。受付が終わり会場に入ると、国王夫妻に挨拶を済ませた。
ここまではいつも通りである。
「ああ、囲まれているなあ」
兄が額に手をかざして、会場の中央を見る。なるほどそこだけ妙に人口密度が高く込み合っている。
「何がです?」
「ほら、グリフィス閣下だよ。目の色変えた淑女立ちに包囲されている」
フィルバートのその言葉を聞いてローザは噴き出した。
「おモテになるのもたいへんですね。はやく婚約者を決めてしまえばいいのに」
イーサンは愛想笑いを浮かべ、貴婦人たちに対応している。
「お前はあのギラギラとした淑女の中から相手を選べと言うのか? 酷だな」
「まあ、それも致し方ないのでは?」
ローザにとっては他人事だった。
「僕があのようなギラついた淑女と婚約したら、ローザはどう思う」
「ふつうに嫌ですわね。どこかに屋敷を買って出ていきますわ、そこで一人で暮らします」
ローザはそういいながら、隠し財産をためる予定の南の島を思い浮かべる。
(社交を離れ、毎日おいしいものを食べて海辺を散歩して優雅に過ごすこともいいわね。それこそ最高の贅沢かもしれないわ)
「お前なあ、もう少し言いようはないのか。だが、そういうことだ。あの手の女性と結婚するくらいなら独身をつらぬく」
「まあ、閣下はどうか存じませんが、お兄様はそれでは困ります。家が途絶えてしまいますから。舞踏会や夜会のたびに商談相手を探すのではなく、ご自分でお相手を探してきて下さい」
「手厳しいことをいうなあ」
フィルバートがうんざりとした表情を浮かべる。
「とりあえず私とファーストダンスを踊ってからにしてくださいね?」
「注文が多いいぞ」
二人は手を取り合って、会場を移動していく。
「あ! お兄様! あっちの集団もみてくださいよ。アレックス殿下が囲まれています」
「おやおや、殿下は今日もエスコートはなしかい。なんで婚約しないんだが、お前のことは大丈夫だとつたえているんだがな」
その時ローザはアレックスを囲む貴婦人たちの集団の後ろに、ぽつりと立つエレンを見てしまった。
ローザは急いで目をそらす。
兄妹は今宵もダンスの輪にごく自然に入るのだった。
ローザは一見優しげな兄の美貌をみながら呟く。
「お兄様のような顔に生まれていれば、私の状況も変わっていたかもしれないのに」
「いやいや、お前の場合は顔に性格が出ているのだろ?」
フィルバートが不思議そうに言う。
「はあ? お兄様、私の人格批判はおやめください!」
「大丈夫だ。お前は美人だ」
そんなやり取りを交わしつつダンスを終えて、ローザはフィルバート別れた。
その後、ローザは派閥の若い女性たちに囲まれて、いつもの社交が始まった。
そこには、ちゃっかり中立派のジュリエットと数人の女性たちが加わり、賑やかな集団が形成された。
『ローゼリアン』のバスボムのファンだ。順調にバスボムの布教は進んでいる。しかし、残念ながら、男子禁制な雰囲気を醸し出し、老若問わずではあるが、女性しかいない。
ひとしきり彼女たちと話した後、ローザはひと時、集団を抜けた。
その途端反対派閥から冷たい視線とひそひそ声が聞こえてきた。
どうせ、『馬に蹴られたのは自作自演』という噂でもしているのだろう。噂が広まるというよりはすっかり定着してしまった感じだ。
ここまで来るとなんとしてもローザを悪役にしようとする怨念を感じる。
ローザはさっさと化粧室に向かうことにした。しゃべり続けていたので、少し一休みしたい気分なのだ。
だが、そこでついうっかり、アレックスにつかまってしまう。どうやってあの淑女たちの包囲網を抜け出してきたのだろう。
「ローザ、もしかして僕を避けている?」
(もしかしてなくても避けていますよ?)
「私の自作自演という噂が、とても気になっていますので」
ローザはきっぱりと言う。
この噂はオリバー商会がジリアンに依頼して流したものだが、ローザとしては噂が収まるまでアレックスとは接触を避けたかった。
「しかし、君は噂を気にする人ではないだろう?」
「噂の種類にもよりますね。この噂はすごく腹が立ちます」
「すまなかったね。僕がエスコートしていながら、君にケガをさせたうえ、さらにこのような悪評まで流れてしまうなんて」
アレックスが申し訳なさそうに言う。別に彼を責めているわけではない。避けたいだけだ。
実際のところアレックスはこの噂をどう思っているのだろう。
ローザはちょっと確かめてみたくなった。
「意図的に流している者がいるようです」
「え?」
驚いたようにアレックスが青い目を見開く。
「そんな噂を聞きました」
ローザはアレックスに笑いかける。彼の反応が見たかった。
「それはどこから聞いたんだい?」
「殿下が気にするようなことではありませんわ」
「いいや、噂の出所は気になるよ。そこを叩けば、君の悪評も消えるだろう?」
本当に心配してくれているように見える。
(なんで、王族って本音がわかりづらいのかしら)
「悪評というより、あたかも事実であったかのように定着してしまっているから、火消しに走っても、もう手遅れですよ。私のことは気にせずに捨て置きください」
そうローザは言ってにっこりと笑う。
彼から何も引き出せない以上一緒にいてもいいことはない。
ローザは逃げることにした。
「ローザ嬢、やはり私と婚約してくれないか?」
今度はローザが大きく目を見開いた。
(え? 今、私の話ちゃんと聞いていた? 会話が成立しないんですけど? この王子、打たれ強しっ!)




