クロイツァー家に暗雲?
なんとなく、イーサンから周りに気を付けろ、なんていう忠告を受けてしまうと気になるもので、ローザは仕事以外で屋敷にいる間、使用人たちを観察することにした。
しかし、自分にかかわりのない使用人のことは意外に知らない。ローザ自身の世話をしてくれている者はわかっているが、父や兄、母の世話をしている者など知らないのだ。
見ていない者で、何か変化があったのかよくわからない。その変化にいち早く気付くものと言えば、父か母だ。
下級使用人には母が常に目を光らせている。
その日の晩餐は母と二人きりだった。父と兄が商談でいないことはよくあることなので、取り立てて気にはならない。
「今日もお父様とお兄様は商談でお出かけですか?」
ローザはサラダを口に運びながら質問する。
「違うわ。今日は二人とも部屋で食事をとっているの」
「え? どうかなさったのですか? 風邪をひいたとか、何かご病気ですか?」
父もフィルバートも家にいるときは必ずと言っていいほど、食堂で家族と一緒に食事をとる。
クロイツァー家は仲良し一家なのだ。
「それが、長年勤めた秘書や、上級使用人たちが立て続けにやめてしまって、仕事に支障をきたしているようなの」
「え……」
ローザはフォークを持ったまま静止した。
「なぜ、そんな急に? うちは条件もいいのですよね」
心臓がバクバクとなる。
「そのはずなんだけれどねえ。下級使用人も幾人か抜けたから急でやとったの。だから、教育もしなくてはならなくて、私もお茶会を開けないほど忙しいのよ」
(え? 何この状況。閣下の予言が的中しているのだけれど)
そして、ローザの行動は早かった。
「お母様、それでしたら、私も明日からお手伝いします」
「あら、あなたは新商品を開発するって張り切っていたじゃない?」
母はローザの事業を応援してくれている。
「家族が大変な時に自分だけが仕事にかまけているわけには行きませんから」
「まあ……ローザったら、いつの間に思いやりのある娘に育って」
母ハンカチで目じりを拭った。
「お母様、大げさすぎです」
◇
翌日から、ローザは母の使用人の教育と管理を手伝った。
本来ならば、各フロアごとに雇われていた使用人頭がやっていた仕事だが、彼らが抜けてしまったので、母がやる以外ないのだ。
大ホールに集めて母が使用人たちに指示を出し、教育係をテキパキと任命している。
ローザはそんな母を見て驚いた。日頃おっとりしている母も仕事となると変わるのだ。
「本当に異例のことよ。家に不幸があったり、突然来なくなったりで驚いているわ」
母は使用人たちを解散した後、ローザに言った。
「この後、何かすることはありませんか?」
ローザはここまで母の仕事を見ていただけだ。
「しばらく観察しましょう。あなたもそれとなく目を配ってね」
「え? それは監視ということですか?」
「もちろんよ。使用人の言うことを鵜呑みにしてはいけないわ。まずは自分の目で見て確かめること、そうして初めて使えるようになるのよ。使用人同士の諍いやいじめもあるから充分に目をひからせてちょうだい」
ローザはびっくりした。
「お母様は新人が入るたびにそのようなことを?」
「もちろんよ。友人を選ぶのと一緒よ。共に生活するのだから、盗人や人を不当に貶める人間と暮らしたくはないでしょう?」
道理でクロイツァー家は居心地がいいはずだ。
「お母さますごいです」
「当たり前じゃない。あなたは店を経営していて従業員をどうやって育てたの?」
いわれてみれば、最初は一から育て、そこからリーダーを決めていった。
面接も自分でやっている。
「確かに、同じようにしていますが、人数が違うではないですか?」
すると母が困ったように頬に手を当てる。
「そこが問題よ。どんなに目を光らせていても盗みをするものは後を絶たないのよ」
「ふええ、そうだったんですか? 初耳です」
驚きのあまり、ローザの口からおかしな声が漏れた。
「ええ、高価な壺や水差し、銀器の食器が偽物とすり替えられたこともあったわ」
そこまで言って母はため息をつく。
「ローザ、ちょっと休憩しましょう。お茶でも飲みましょうか」
とにかくクロイツァー邸は広いので、やることが多い。昼過ぎまで母に付き添ってローザは忙しく家の手伝いをした。
◇
ローザは午後のお茶の時間を見計らって、今度は父の執務室に向かった。今度は父とフィルバートに聞き取り調査をしなければならない。
執務室に入ると二人は忙しく働いていた。
ローザが午後のお茶は自分が淹れるからと言って、すぐに人払いをした。
「お前が自ら茶を淹れるなんて、何かこんたん……話があるのか?」
ローザは父の失言をさらっと聞き流す。
「大ありです。お父様、見知った使用人が減り、新しい使用人が増えたようですが、何があったのですか?」
書類整理の山に埋もれている父にローザは単刀直入に尋ねた。




