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【書籍化、コミカライズ】王子様などいりません! ~脇役の金持ち悪女に転生していたので、今世では贅沢三昧に過ごします~   作者: 別所 燈


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漫画にない事実

 昼下がりローザが店に着くと新たに応接室を作るための工事をしていた。


 バックヤードの狭い個室にまで、工事の音が響いてくるが、しばしの我慢だ。

 

 もうすぐ豪奢なビップルームが出来上がる。


(お父様、ポンとお金を出してくれてありがとう! ついでに新しい作業場も!)


 ローザはうきうきしながら、心の中で感謝を伝えた。


 仕事に入ろうとローザが帳簿を広げた時、イーサンがやって来た。


「今日はちょっとうるさくてすみません。今応接室を作っている最中なんです」


 ローザがいつもより大きな声で話す。


「なるほど、確かにこの店には応接室がないね」

 さして気にしたふうもなく答える。


「はい、それで今日はどういったご用件で。そうそう試作品もいくつかできていますが、お持ち帰りになられますか?」

 ローザは、従業員に指示を出し、試作品を持ってこさせる。


 これをイーサンに試してもらい意見を聞いて改良し、バスボムを完成していくのだ。


「ありがとう。もらって帰ろう。実は今日は別件で来たんだ」


「別件? また何かご注文でもありますか?」


 ローザがもみ手をする勢いで、愛想よく応じる。

 なんといってもイーサンはローゼリアンの太客紳士だ。

 

 しかも店に金をかけ過ぎて粗末になってしまったローザの執務室に通されても、文句も言わない稀有なセレブ。


 クレームをつけてくることもなく、その場でニコニコ現金払い、客としては最高である。


「いや、そうではなくてモロー家のことなんだ」

 そうえば、彼は以前マーピンにモロー家を調べさせると言っていた。


(なんだ、新規注文ではないのね)


「いいお話だと、よいのですが」

 ローザのテンションは一気に駄々下がりだ。


「あまりいい話ではないかもしれない」

 イーサンが美しい顔を曇らせる。


「ですよね」

(知ってた。たいてい悪役令嬢の周りって、殺伐としているのよね)


「モロー嬢が、市井で育ったのは知っているよね」

「はい、有名な話なので存じております」

 漫画でもばっちりその様子が描かれていた。けなげな美しい母と娘の物語。


「問題は、そのモロー嬢が伯爵家に引き取られる前に住んでいた場所なのだが、ジリアンと同じ貧民地区の出身だったんだ」

「ええ?」

 ローザは驚きにのけぞった。

(漫画に無かったんだけれど?)


 しかし、よくよく考えてみれば、漫画の世界にジリアンは登場していなかった。

 あくまでも脇役ローザの周りで起こった事件だ。


「まさかジリアンとエレン様に接点があると言うことですか?」

 ローザは首をひねる。


「王都の狭い地区だ。お互いに知り合いであってもおかしくない距離だ」

 ここへ来て、二人が顔見知りの可能性がでてきた。


「ジリアンは、オリバー商会に依頼したのがモロー家だと知っていたか、もしくは気づいた。それでエレンを脅したのではないか?」


 ローザはイーサンの意見に首をふる。


「まさか? もし仮にエレンを脅したとして、誰がジリアンを殺したと言うのです? そもそも事故死なのではないですか? 何を根拠にそう感じるのです?」


 ついついイーサンを責める口調になってしまう。


 別にエレンが好きなわけではないが、彼女は物語のヒロインだ。


 シンデレラストーリーの恋愛漫画なのだから、そんな恐ろしいことが裏で起こっている訳がないし、起こってもらってもローザとしては困る。


 なにせ前世では散々課金して、けなげな主人公になぜか自分を重ね合わせて、涙に打ち震えていたのだから。


「髪飾りがひしゃげていただろ?」


 イーサンが憂鬱そうに指摘する。

 彼自身もこの考えが気に入らないのだろうか。


「それは……川に落ちた拍子に曲がったとか」


「あんなふうにひしゃげるとは思えない。ジリアンが奪い取ったのではないかな」

「まさか! そんなふうに思いたくないです」

 ローザは即座に拒絶反応を示した。

 

 だが、ローザも薄々不自然なものは感じていた。今まで考えないようにしていたのだ。


「君の気持ちもわかるが……。クロイツァー嬢、身辺にはくれぐれも気を付けてくれ」

「どういう意味ですか?」


(怖いんですけど? 今度はなんなのよ! 脅してる?)


「人の嫉妬というのは恐ろしいものだよ」

 美貌はそのままで、さえない表情で言う。


「家が金持ちだから嫉妬されているということですか?」

 それでもローザは今の金持ちという環境が大好きだ。嫉妬がなんぼのものかと思っている。


「金持ちなのは君のせいではないが、世の中そう考える人間ばかりではない。特に家の中で起こる些細な変化を見逃すな」


「はい? それは使用人を信じるなということですか?」


 ローザはイーサンの物言いにカチンときた。

 だいたいクロイツァー家の使用人たちは働き者で気のいい者ばかりだ。


「クロイツァー嬢、私の言うことは腹立たしいかもしれないが、よく聞いてくれ。私は子供の頃から、何度か暗殺されかけてきた」

 

 漫画にそのような描写もあったし、実際に数々の噂もあったので、間接的には知っている。

 

 だが、ローザはイーサンがそんなことを言うとは思っていなかったので驚いた。


「それは、お気の毒としか、言いようがないですが……。というよりかける言葉もみつかりません」

 

 ローザの言葉にイーサンは首を振る。


「慰めの言葉がほしいわけではない。すんだことだ。ただ、暗殺がおこる前というのは、長年勤めていた使用人がなくなったり、新しい使用人が入ってきたりというタイミング多かったように思う」

「え?」

 ローザはドキリとする。


「特にクロイツァー家は使用人の数も多いだろう。常に周りに目を配るといい。私が言いたいのはそれだけだ。目利きの君ならば、きっと些細な変化に気づくだろう」


 イーサンの言葉にローザはごくりとつばを飲み込んだ。


「不快な話ばかりですまなかったね。では今日はこれで失礼するよ」

 


 ほんの少し紫の瞳を揺らし、イーサンはそう言い置いて去っていった。


 (ちょっとやめてよ、もう! マジで怖いんですけど!)


 確かにローザにはない視点だった。 


 ちょうどイーサンが出て行った後に、ヘレナが紅茶を淹れてやって来た。


「閣下はもうお帰りになったのですか?」

 ヘレナが驚いたような顔をする。

 

 いつもは執務室の会話は給湯室まで筒抜けだが、今は工事中でローザとイーサンの話は聞こえなかったようだ。


「ええ、残念ながら、商品の受注ではなかったわ」


 ローザはこの件をヘレナに相談しようかどうか考えあぐねた。



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