ローザの妄想?
「社交界での力関係は国に影響力を及ぼすが、この国で圧倒的に貴族は少ない。貴族の後ろ盾なしでは、社交の場にすら参加できないから、おもてにはでない噂の入手も難しい」
「では、その足掛かりというか、後ろ盾にモロー卿を選んだわけですね」
「オリバー商会はもともと金貸しをしているから、それでモロー卿と知り合ったのではないか」
「借金って怖いですね」
ローザが身震いすると、父が驚いたような顔をする。
「大丈夫だ。うちはその心配はないから」
「お父様、資産は分散して持っているべきです」
ローザは折に触れ父にその話をする。
没落のへの備えだ。
「またその話か?」
呆れたように言うと、ナプキンで口元を拭い、父は食堂から出ていった。
「みんな、真に受けてくれないのよね」
ローザはふてくされて独り言ちた。
◇
ローザは今日も『ローゼリアン』に行くと、新たに始まった薬草入りバスボムの相談を始めた。
「これは以前ほど、薬草の匂いはしないわね」
イーサンから朝一番で送られてきた薬草の匂いをかぐ。
「お嬢様、閣下専用の作業場を作ったらいかがでしょう?」
「そうねえ、前もいっていたけれど、作業場の増設が必要ね。女性ものを優先に。男性用と閣下用を作りましょう」
ここの所男性用のバスボムも若い人中心に右肩上がりだ。
みな兄の母似の美貌と柔らかい笑みと優雅な所作に騙され、中身がバリバリの商売人だと見ぬけない。
「旦那様のご愛用コーナーも作ってみてはいかがでしょう?」
ヘレナがおかしな提案をする。
「ええ? お父様が愛用していると書いたバスボムが売れるとは思えないわ」
ローザの父は洒落者ではあるが、中年のおじさんだ。
名門貴族だけに顔立ちは整っているが、がめつそうで油断のない顔つきをしている。
嫌なことに、ローザは父似とよく言われた。
「そんなことはありません。商売繁盛で売ってみてはいかがでしょう?」
「なるほど、その発想はなかったわ。じゃあ、ちょっと試験的にやってみましょうかしら?」
ローザは即断即実行なので、その日のうちに父のコーナーを作った。
するとなぜか若者から中年男性まで幅広い層が買っていく。バックヤードでその報告を聞いたローザは驚いた。
「驚いたわ! なんでお父様のバスボムにこれほど需要があるのかしら?」
そこでローザはハッとする。
ある意味、父もインフルエンサーなのだと気づいた。
前世でも中年インフルエンサーの作ったTシャツが売れたりすることがあった。
かくゆうローザも前世ではそんな動画配信者の財力にあやかりたくて買った覚えがある。
「旦那様はこの国の富の象徴ですから」
「すごいわ。ヘレナ! こうなったら、ぜひとも閣下ご愛用のバスボムコーナーを作りたいわ! 協力してもらいましょう」
意気込んで言うローザを前にヘレナは首を振る。
「恐らく嫌がるかと思います」
「そこを何とか、お願いするのよ。」
ローザが目をぎらつかせる。
「今、閣下との関係は商売上良好なのですから、やめておいたほうが良いかと存じます。お嬢様、なにより人の嫌がることをしてはいけません」
久しぶりにヘレナに叱られた。
だが、それは正論であって、ローザはぐうの音も出ない。
「確かにそうね。今はやめておくわ」
ローザは肩を落とし、あきらめることにした。
「お嬢様。今は? ですか」
ヘレナの厳しいチェックが入る。
「大丈夫よ。作らないってば」
ローザはフルフルと首をふり仕事に戻った。
にしても、商売は驚くほど順調だ。
(毒殺の危機が避けられたら、二号店三号店もありかしら?)
「ふふふ、『ローゼリアン』外国へ進出。いい響きだわ」
そんな妄想にひたり、ローザはしばしウットリした。




